5.天使のような笑顔で。






「隊長、あれはさすがに意地が悪いっすよ!」

「だが実際に見なければ、事態を把握するのは難しいだろう?」

「それはそう、かもしれないっすけど――」



 本部に戻ってから会議室で圭司は美鶴に訴えていた。

 彼の言葉にある通り、まったく耐性のない人間にあのような現場を見せるのは酷だろう。しかし美鶴はあくまで冷静な態度で、部下にそう言い返した。

 そのことに圭司は思わず声を詰まらせ、引き下がろうとする。

 しかし、すぐに首を左右に振って叫んだ。



「――いや! もっと相手の立場に寄り添うべきっす! みんながみんな、隊長のように毅然として強い人間ばかりじゃないんすから……!」

「………………」



 それに対して、今度は美鶴が眉をひそめる。

 一瞬だけ何かを言い返そうとし、だがすぐに口を真一文字に結ぶ。そして一つ、気持ちを整えるように息をついてから言った。



「……悪かった。すまないが、彼のメンタルケアを頼んでいいか?」

「ぐ……!」



 素直な謝罪に、今度は圭司が一歩引くことになる。

 さすがに上官に頭を下げられるのは、居心地が優れない様子だった。



「わ、分かりました。でも次からは、ご自分でお願いするっすよ」

「そうだな。私も今後は改めるとしよう」

「そ、それじゃあ……失礼します」



 圭司は視線を泳がせつつ頭を掻いて、会議室を出て行く。

 そんな彼の後ろ姿を見つめつつ、美鶴はまた小さく息をついた。そして窓の外を眺めるが、その際に薄っすら映った自身の顔を目の当たりにして難しい表情になる。

 いつの間にか組んでいた腕をさらに強くし、彼女はこう漏らすのだった。



「『毅然として強い人間』……か」――と。



 前髪で目元が隠れるほどうつむく美鶴。

 そんな少女の声を知る者は、おそらく神以外に誰もいなかった。







「うえ……まだ、気持ち悪い」



 二人と別れた俺は、中庭のベンチに腰掛けつつ深くうな垂れていた。

 この世界の現実を知る必要があったとはいえ、俺のような小市民精神で生きている人間には刺激が強い。まるでネットの海を泳いでいたら、いきなりグロ画像が表示されたような――いいや、この場合はどう考えてもそれ以上か。



「………………おええ……」



 ――などと考えていたら、またあの光景がフラッシュバックした。

 さすがは最新のフルダイブ型VRゲーム。質感やニオイといった五感で得られる情報のリアルさが、他のものとは明らかに違う。

 嫌な意味での感動を覚えつつ、もしかしたらこれが『発売禁止』の原因なのではないかと愚考した。そんな時だ。



「あれ、どうされたんですか……?」

「……ん?」



 ふいにそうやって、俺に声をかける少女が現れたのは。

 どこか聞き覚えのあるそれに面を上げると、そこにいたのは……。



「あ、一ノ瀬朱里さん……だっけ?」

「あはは! 朱里、って呼び捨てで大丈夫ですよ!」



 たしか食堂で出会った補給部隊の女の子。

 小柄で幼い顔立ちをした栗色髪の少女は笑いながら、躊躇うことなく俺の隣に腰かけた。そして、こちらの顔色に気付いたのか今度は心配そうな色を浮かべる。



「真人くん、大丈夫ですか……?」

「あー……大丈夫……じゃ、ないかもね」



 朱里は気遣う言葉をくれたのだが、しかし俺は強がることができなかった。

 思わず苦笑しつつ、一つ胸の中に溜まっていた息を吐き出す。



「ちょっと、怖いものを見ちゃった感じかな」

「もしかしてですけど、任務でひどい目に遭ったんです?」

「……うん。そんな感じ」

「あう……」



 こちらが少しだけぼかして言うと、事情を察したらしい朱里は悲しげな顔になってしまった。明らかに年下とはいえ、彼女はこのゲームの中では大先輩である。

 俺がいったい何を経験したのかは、推して知ることだったのだろう。

 少女はしばし間を置いて、こう言うのだった。



「アタシは補給部隊なので、想像しかできないんですけど。この本部の外では、とても大変なことが起こっているんですよね……?」

「そうだね。……俺も、少し舐めてたよ」

「うー……! アタシも、何か力になれたらいいのに……!」



 俺が思わず弱音で返すと、朱里は何やら腕を組んで考え込む。

 どうやら、少女は少女なりに悩んでくれている様子だった。その姿に俺は、先ほどとは異なる意味合いで感動してしまう。

 この子はきっと、荒んだ世界に舞い降りた天使に違いなかった。



「……あ、そうだ!」

「ん?」



 そう考えていると、朱里は一つ両手をパンと合わせて。

 俺の顔を見ながら愛らしい笑顔で言うのだった。





「やっぱり、元気を出すには美味しいものですよ!」――と。





 先ほどまでの悪夢のような景色が、たちまちに消えてしまうほど。

 朱里の笑顔は、俺にとって眩しいものだった。



 

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【ネガティヴ・マインド:オンライン】 ~どうやら発売禁止になったはずのVRMMOに閉じ込められたらしい~ あざね @sennami0406

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