4.答え合わせ。
隊長と圭司に連れられて、到着したのは街の裏路地。
そこには大通りのような日差しは入っておらず、昼前だというのに薄暗くて仕方がなかった。そして空気が淀んでいる、とでも表現すればいいのだろうか。腐ったような臭いが滞留して、思わず鼻をつまんでしまった。
それに加えて、どこか底冷えするような寒さもあるように感じる。これは俺自身が無意識に、恐怖心を抱いているからかもしれなかった。
少なくとも、普通に生活していれば足を踏み入れることはない。
そういった場所への偏見や、歪んだ認識がそう知覚させるのだろう。この時はそう考えていたが、後に自身の危機感が警鐘を鳴らしていたと知ることになった。
「あの、ここは……?」
「進めば分かるが、キミには先に説明しておく必要があるな」
「……え?」
沈んだ雰囲気が漂い、耐えきれなくなった俺はそう訊ねる。
すると隊長は至って平静な声色で、淡々と言った。歩みは止めず、あくまで事務的な印象さえ受けたのはおそらく、この先にあるものを知っていたからだ。
圭司の方を見れば、彼は彼で眉をひそめている。
俺だけが状況を理解できずにいると、隊長は背を向けたまま続けた。
「キミは『カニバリズム』というものを、知っているかな?」――と。
それに対して、俺は学友から得ていた知識で曖昧に応える。
「えっと……たしか、要するに『共食い』のこと、ですよね?」
「あぁ、そうだな。もっと具体的にいえば、人間が人間の身体的部位を食する行為、あるいは習慣のことを呼ぶ」
「…………」
せっかくぼかしたというのに、隊長はすべてを語ってしまった。
俺は思わず黙したが、既知のものでもあったので不快感はそれほどない。ただ、いかんせん不意打ちのように投げられたので、受け身にならざるを得なかった。
「特定の地域や民族の間では、そういった『食人俗』が認められていた。それはその社会制度として受け入れられた行為であって、必ずしも悪とはいえない。要するに文化のようなものだからな」
「あ、あの……それが、どうしたんですか?」
一通りの説明を聞いた上で、俺はようやく口を挟む。
すると、ちらりと肩越しにこちらを見やってから隊長はこのように続けた。
「さっき、食堂で話した内容は覚えているか?」
「食堂で……?」
「都市伝説や、噂が顕現化している話だ」
「あ、あぁ……アレですか」
そういえば、そんな話の途中だったかもしれない。
彼女曰く、この世界では都市伝説や噂といった『オカルト』が現実になっているらしい。だけど、それがいったいどう繋がるというのか。
俺が首を傾げていると、声をかけてきたのは圭司だった。
「……なぁ、真人。やっぱり、お前は――」
「彼は、あの方に選ばれた。それならば、知るべきだ」
おそらくは、気遣うものだったのだろう。
しかし彼の言葉は、天道隊長のそれで遮られてしまった。目上の相手に制されては、圭司も言い返せないのだろう。
微かにうつむき加減で、静かに引き下がっていた。
「あの、知るべき……って、なにを?」
そして、ここまできたら引き返せない。
知らずにいるのはむしろ、気分が悪くて仕方なかった。だから俺は圭司に頷いてから、隊長にそう訊ねる。すると、
「キミはこのような『もしも』を考えたことはあるか?」
「え……?」
いっそうの暗がりに足を踏み入れた瞬間に、彼女はそう口にした。
そして、ペンライトを取り出しながら言うのだ。
「そのような『食人族が、近くにいるのではないか』とね」
そして、行き止まりの暗がりに明かりを向ける。
そこにあったのは――。
「…………あ……」
――目玉をくり抜かれ、不自然に肉を削がれた死体だった。
死因は定かではない。しかし確実に人間であったものは、何者かによって所々に肉を削り取られていた。指先はいくつかが切断され、不要であると判断されたのだろう骨は投げ捨てられている。
このようなことは、何か『道具』を使わなければ不可能だった。
「あ、あ……あぁ……!」
足元には何かが焦げた跡。
そして、この場には似つかわしくない『フライパン』があった。
「う、ぐ……!」
その瞬間に、いままでの話が繋がっていく。
理解できるようになってしまった。
つまり、これは――。
「おえええええええええええええええ…………っ!」
不快感。胃酸が込み上げ、耐え切れない吐き気を催した。
俺は情けなく膝を折り、その場でへたり込む。
いまはただ、目の前の『現実』から目を背けるしかなった。
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