第2話

 祈願城

 かつて『有角人ニクトツの戦刃』の城郭、『鬼岩城』と呼ばれたここがそう呼び改められたのは、私が生まれるずっと前のこと。

 今では、この『フウセキの国』の一大名所、ある人物を祭る大社だ。

「サクラちゃ~ん」

 そんなお城の正門の前で小石を蹴っていると、見知った声が聞こえてきて顔を上げる。


 耳が見えるほど短く整えられた黒髪に、腰に短い刀を差した、焦げ茶の上衣の黒野袴。

 そして、額の二本角。

 アタシの親友であるオバナが手を振りながらやって来ていた。


「遅いよハナ!もうお茶屋さんに行っちゃうところだったよ!」

「ごっごめんなさい、市場でリンゴを沢山落としちゃった人を助けてて……」

 少し怒ったように腰に手を当てていうと、わたわたと言い訳を始めるオバナ、そんな彼女の姿が可愛くてついつい笑ってしまう。

「アハハっまだリンゴの時期じゃないでしょ。だいじょーぶ、私が早すぎただけだから。ほら、いくよ!」

「えっ、あっ……もう、サクラちゃんったら……」

 揶揄われたことが分かったオバナが呆れた顔で、跳ねるように門をくぐる私を追いかけるように付いてくる。

 本丸へ続く坂道で、私たちは笑いあった。


 かつて二種族間で争われた戦争――人間と有角人ニクトツの間の優劣が決定づけられた戦いは教科書の中の出来事だ。

 教科書は、有角人ニクトツの大将が討ち死にし、それを契機として人間は有角人ニクトツに勝利し、有角人ニクトツが人間の下に従うことになった、と書かれている。


 他の国から取り寄せる本には、有角人ニクトツは人間に従うべき存在であると書かれている物も多いけど、私はそう思ってない。

 だって、この『フウセキの国』じゃあ身分の差に種族は関係しない。人間も有角人ニクトツも、同じように暮らしているし、人間アタシ有角人オバナも、同じように笑っている。


「どうしたのサクラちゃん、額にしわが出来てるよ」

「え、ホントッ!?」

 本丸の入り口、覗き込むオバナの言葉にアタシは慌てて眉の間を伸ばし始める

「それ、意味ないと思うけど……何か考え事?」

「あ、うん……昨日読んだ本にさ、また有角人ニクトツは人間のやつこだって書いてあってさ」

「あぁ……納得できてないんだね」

 その言葉にうなずくと、オバナが続けた。

「フウセキの国は、融和派の中でも一番友好的だからね。サクラちゃんがそう感じるのも分かるかな」

「ハナは外から来たんだもんね」

「うん、外様なわたしにも優しくて、本当に、良くしてもらってる。それもこれも……」

 外から移り住んできた女の子が本丸の建物に入る。

 そこは、開けた部屋を木の柵で二つに分けた場所だった。

 入り口側、つまりアタシたちがいる側には、賽銭箱と釣り鈴だけの開けた部屋。

 そして柵の向こう、一段高くなった上座には


 血に染まったボロボロの旅装束で、両手を前に突き出した状態の、有角人ニクトツが注連縄によって守られていた。


「おや、お二人さん、また来たんだね」

「あ、神主さん」

「お邪魔してます」

 アタシたちに気付いた神主が声を掛けてきたので挨拶を返す。神主さんはうんうんと頷きながら話し出した。

「よいよい、此処は万人に開かれておる。

……かつての戦争において、戦刃の城であったこの本丸。ここでは凄惨な戦いがあった。少人数で侵攻した人間の一団を、戦刃はたった一人で迎え撃ち壊滅させた。

その中で、たった一人生き残った封印術師が、己の命を使い果たし、戦刃を自分ごと封印した。

その封印術師は驚いたことに「有角人ニクトツの女だった。」

 ここに来るたび神主さんがする話をアタシが続ける。

「つまりこれは戦争の起きる前には、いや起きている間も、人間と有角人ニクトツは手を取り合い共に進むことが出来るという証明。」

「故にこそ、かの者果てしこのフウセキの地は、戦争が終わっても共に進む道を歩む。ですよね?」


「うむうむ、よく覚えておるな」

「毎回いうじゃんその話、耳にタコができるっての」

「あれ、そうじゃったっけ?」

 とぼける神主さんを放っておいて、アタシたちは石像の前に行く。

 2人で賽銭箱に銅銭を投げ入れ、鈴を鳴らして二礼二拍。

(これからもハナと一緒にいれますように!)

 目を閉じ、毎日の願いを祈ると、


目の前からドサリという音がした。


「……?」

 疑問に思って目を開けると。


 石像がヒトに変わってへたり込んでいた。


「……っ!?」

「えっっちょ、はぁ!?」

 思わず柵を飛び越えて駆け寄る。

「ちょっとアンタ、大丈夫!?」

 息をしてるのは肩を見ればわかるけど、声を掛けても揺すって見ても反応しない。

「意識、まだ覚醒しきってないみたい。半分寝てる感じ」

「と、とりあえず……神主さん!休める場所って何処かある!?」

 オバナの言葉にひとまず安静に出来る場所を探して、彼女を背負って神主に叫ぶ。

「う、裏に小屋がある!そこを使いなされ!」

「ありがと!」

 神主さんの指を刺した先にあった戸に走り、裏にあるという小屋を目指す。




「伝説が……伝説が復活なされた!」


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