封印術師の見聞旅行

るうど

第1話

 全身が軋むような痛みで目が覚めた。


 ろくに動かない体を無理やりに動かす。

 目の前に居るのは、仲間。

 否、目の前に在るのは、仲間だったモノ。

 隣に立ち、神へ加護を願う神薙は、願いを伝える喉を貫かれていた。

 中心に立ち、相手の弱所を常に狙い撃つ呪術師は、考える頭を潰された。

 刀を握り、戦友ともへの攻撃の全てを防ぎきる頼もしき益荒男は、握る両手を落とされた。

 そして、ここまで歩みを進めることを止めなかった英雄は、


 その足を切り落とされて。なおもまだ、刀を突き立てんとしていた。


 みんながその血で己を染めながら、無残な姿でこと切れていた。

(いの一番に、俺が意識を失った、そして、俺だけが生き残った。)

 甲高い悲鳴を上げ続ける身体を軋ませて立ち上がる。

 仲間ともの血の池の真ん中で、一人、それと相対する。


 それは額に二つの角を持つ、『戦刃』とまで呼ばれた、有角人ニクトツの大将首。

 この戦争を起こした、仲間ともの仇敵


「……ほう、まだ生きておったとは。ろくに動かぬ故、とうにこと切れていたと思うておったが……」

「はっ、とっくに死に体だ。」

『戦刃』の言葉に軽口を返す。ちぎれるように痛む足を引きずる。

「ならばなぜ立つ、立たねば生きる可能性もあっただろう。」

「立たなきゃ、お前に一矢も報えない」

 籠めた力が穴の開いた袋のように抜けていく膝を酷使して、奴の前に出る。

『アレ』を使うには、まだ遠い。

「ほう、なにが出来るというのだ?その死に体で」


「テメェを殺すこと」


 言いながら右手をムリヤリかざす。

 右手越しの視線は、正確にヤツの関節の動きを止めた。

「!!……ほう……?」

「テメェの四肢の動きを封印した、逃げられても困るからな。」

 それに気づいた『戦刃』が興味深そうに具合を確かめると、くつくつと笑い出した。

「知っているぞ、あぁ知っているとも。この封印は、貴様が死ぬまであろう?いまさら、四肢を封じたところで死なんぞ?」

「あぁ……だからこれは時間稼ぎだ。」

 もはや生きる気力もない体をムリヤリに引きづって、『戦刃』の身体に両手を突き立てた。


「いったい何を……っ!?」

「気付いたな、だがもう遅い。」

 途端、『戦刃』の身体が俺の両手が振れたところから光の粒のように変わり、俺の手のひらに集まってくる。


 封印術によって、俺の身体に何かが入り込み、そして俺の中に沈みこまれていく。


「今からお前の身体を、俺の身体に封印する。俺自身を器にして、お前という存在を飲み込んでやる。」

「っ阿呆が!貴様の死に体の身体など、すぐに内側から破壊してくれるわ!」

「だろうな、だから……」

 俺はさらに封印術を二つ。それによって俺の身体は徐々に石に変わっていく。

「封印した先から、俺の身体を封印する。物として、厳重にな」

「何っ!?」

「さらに、俺の周りの空間も封印する!

さすがのお前も、『お前自身』の封印なら内側から壊せるだろうが、『俺自身』そして『俺の周り』の封印は、俺の内側から対処できないだろ!


全部の封印の強化に、俺とお前の命を使う!」


 それは、全身を縛り上げ、さらに鉄の箱に砂と共に詰めて鍵をかけて納屋に吊るし、窓という窓、扉という扉に鉄の板を打ち据えるような、厳重すぎる拘束術。

 さらにその拘束すべてが、命を削り続けて維持される。

「解除される時、あるのはお前の死体だけだ!


……一緒に死のうぜ、『戦刃』。」


「……ふふ、あっはっはっはっは!」

『戦刃』は消えていく体で大きく笑った。

「俺もろともに死ぬとは考えた者よ!うむ、是非もなし。」

「は……?」

 石と化して薄れていく意識の中で、『戦刃』は吟じる。


「崩れゆく

  石の棺に

   我が身ゆく

 封ぜし意思に

  遺志もあらずや


『戦刃』とうたわれた私が決める。

貴様の勝ちだ、封印術師ミチカゼよ。」


 有角人ニクトツが大将『戦刃』 戦闘不能

 それを契機として、有角人ニクトツと人間の戦争は、人間の勝利で決着した。

 それから何十年。人間と有角人ニクトツがその関わり方を変え、『支配』と『融和』の陣営が争い始めた時代。


 かつて『有角人ニクトツの戦刃』とうたわれた者の城下は、両族融和派の一大勢力『フウセキの国』となっていた。


 この地が融和に舵を切った理由はただ一つ。



 激闘の末、『有角人ニクトツの戦刃』を自らに封印し石像と化することで戦争を終結させた、を、両族融和の象徴を安置しているためである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る