第4話

「英雄様、こちらもいかがですか?」

「あ、あぁ……ありがとう」

「相変わらず食べるねぇハナ、ミチカゼも」

「逆にサクラちゃんはそれで足りるの?」

有角人ニクトツの方はようたべるからのぅ」

 社務所として使われている家屋の中で、一つの大きな円卓で全員が食べるという前は見ることも無かった光景に戸惑いながら、オバナ―――愛称がハナというらしい―――が盛り付けた料理の小皿を貰う。

 以前であれば食べ切れなかったような量でもまだ満足感の薄い感覚に、サクラの言葉に我ながら同意する。

「それにしてもサクラよ、英雄様に向かって何じゃその口の利き方は?」

「えぇ良いじゃん!」

「良くないわい!この方はフウセキの象徴じゃぞ!」

「いや、いいよ」

 サクラの言葉遣いに青筋を立てる神主さんの言葉を宥めるように抑える。

「敬られるよりは、自然に接してくれた方がこっちも楽だ。」

「ほらぁ!」

「あはは……英雄様、少しいいでしょうか?お聞きしたいことがあるのですが」

 俺の肯定するような言葉に得意になるサクラを流すように、オバナが片手を上げた。

「……前から思ってたけど、“英雄様”じゃなくて“ミチカゼ”でいい、どうした?」

「ではミチカゼ様、と」

 俺の言葉に素直に返してくれたオバナは、そのまま続けた。


「ミチカゼ様の口調は、いわゆる男除けというものですか?」


「あ、アタシも気になってた、女性なのに男の人みたいな口調だよね。名前も、どっちかっていうと男の人のそれだし。魔除けの意味で男の子に女の子の名前を付けることは多いけど、その逆って珍しいよね」

 言い争いを続けていたサクラも興味を向けてくる。

「あぁこれか、そういうつもりじゃないんだが……うん、言った方が早いか。」

 少し考えた俺の言葉に、三人の顔が俺に向く。

「食事の席で話すことじゃない、そのことを承知の上で聞いてほしい。


俺は人間の封印術師で、男だ。少なくとも、『戦刃』と呼ばれる有角人ニクトツを、この身に封印するまでは。」


 箸を置いた俺は、ゆっくりと語り始める

「名をミチカゼ、かつて有角人ニクトツが大将の一人『戦刃』が起こした大戦争に参加した人間だ。……それは知ってるよな」

「うん、『戦刃』っていう大将首を討ち取った一団の仲間だよね。」

「結果的にはそうだ。……実際には、俺たちが行おうとしてたのはだ」

「暗殺、ですかっ……!?」

「あぁ、戦争末期、鬼岩城と呼ばれる本陣に小数で潜入し、大将首の暗殺を敢行した。」

「そんなことが……」

「ちょっと待って。確か現場は凄惨なものだったって……暗殺ってそんなことになる?」

「俺たちは暗殺に失敗した。あいつの前まで行くことが出来たが、俺たちはたった四人で『戦刃』とやりあうことになったんだ。

俺は、あいつにいのいちばんに吹き飛ばされた、その時に意識が途切れて、その後どうなったかは分からない。


次に目覚めた時には、俺以外の全員が殺されていた」


 全員が息を呑む、構わずに続けた。

「俺は最後の策として、あいつを俺の中に封印した。

その上から、俺自身とその周囲も封印して、あいつを閉じ込めた。

必要以上に厳重に封印して消耗することで、あいつをムリヤリ心中させる心算だったんだ。」

「……それが、儂らの知る英雄像だった、ということですな」

「あぁ、すまないな、飯の席で」

「……っ待って!ってことは、ミチカゼは元々、人間の男だったってことだよね!なんで今は有角人ニクトツの女の人になってるわけ!?」

 乾いた口を潤すように味噌汁をすすると、サクラが納得のいかないと言わんばかりに捲し立てる。


「……おそらく、俺自身に『戦刃』を封印しようとした結果だ」


「……どういうことですか?」

 俺の言葉にオバナが聞き返す。俺はソレに答えるように続けた。

「生物の封印は、非常に難易度が高いんだ。術者の技量も必要だが、それ以上にとの相性がいる。」

「器?」

「封印の際に必要となる、印を刻んだ道具のことだ、物を入れる匣に当たる。非生物であれば、かなり自由が利くんだが、生物の場合はそうはいかない。

……だが、あの時はえり好みできる状態じゃなかった。だからえり好みしなくても封印できる術を使ったんだ。


 術を。」


「……もしかして、種族も性別も変わった理由って……」

「器を作り替えた結果、ってこと?」

「あぁ、おそらく『戦刃』と同じようになったということだと思う。」

「なるほど、それなら合点もいきますな。……このことは、此処だけの秘密の方がいいじゃろうな。国が変わってしまう。」

 オバナとサクラの言葉に結論づけた俺の言葉に、神主さんが結論付けた。

 その結論にサクラが首肯した

「そうだね。国の根幹が崩れちゃう」

「なんというか……すっごい秘密を抱えてしまいました……」

「とにかく、この話は、此処だけの秘密にするぞ。」

 国主……この国の権力者にも秘密じゃ、という第二の権力者の言葉に、俺たちは頷いた。

「はい」

「分かった」

「あぁ……なら、俺は城から出ないほうが良いのか?少し行きたいことがあるのだが……」

 オバナ、サクラに続くように答えてから、俺は質問を返した。

「ふむ……まぁ、大丈夫でしょうな。境内から見えるの後ろ姿のみ、見られるとしても横顔のみでしょう。そこの印象だけ変えれば、すぐに英雄様だとは感づかれないと思いまする。」

 髪を束ねるなどいかがでしょう、という神主のその言葉に胸をなでおろす。昔からちやほやとされるのは苦手だし、変に騒ぎになっても困る。

「じゃあアタシの家から服持ってくるよ。ミチカゼが今着てるそれ、部屋着みたいなもんだし。」

「そうなのか。」

 サクラの言葉に今着ている物を見る。

 着心地の良い無地の浴衣は、今の時代でも外で着るような服ではないらしい。

「昔は旅する時間が多くて、服なんて気にする余裕なかったな。サクラ、頼んでもいいか?」

「まっかせて!とりあえずひと揃え持ってくるよ!」

「とりあえず食べてからにしよう?」

 俺の一声にすぐに立ち上がったサクラの服をオバナが引っ張る。

 それもそっか、とサクラはもう一度席について食べ始めた。


「……ん!?ちょっと待って!ってことは『戦刃』って女だったの!?」

「あぁ、それは俺も驚いてる。」

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