第4話 消えてしまったもの
辺りを見回せば確かにドラゴンの姿は無い。抹消に成功したのだろう。それでも、めくれ上がった石畳や散乱した長椅子、崩れた壁に割れた窓ガラスなどが、その時の戦いを生々しく物語っていた。
それよりもソフィの受け答えに違和感を覚えた。神話は誰もが知る物だ。そこに描かれているドラゴンをソフィが知らないはずがない。
「さっきまで暴れまわっていたじゃないか。黒くて巨大なあいつだよ」
それでもソフィは小首を傾げるばかりだ。
「頭を強く打ったのね。記憶が混濁しているみたいだわ。でも大丈夫よ。私が授かった治癒があるから」
ソフィが僕に手をかざす。痛みが引いていき、手足も動かせるようになった。
しかし、ドラゴンの事を覚えていないとしたら、この荒れ様をどう認識しているのだろうか。
「じゃあここで何が起きたんだ?」
「急に天井が崩れてきたの。私もびっくりしたわ。しかも崩れた天井とか椅子とかがつむじ風のように巻き上がって飛んできて、それで巻き込まれた人を治癒して回ってたの。ね、ヴィダルも見ていたでしょ?」
気づけばヴィダルも隣に座っていた。無事でよかった。
「ああ、俺もそれに巻き上げられて吹き飛ばされたぜ」
「ヴィダルもドラゴンを覚えていないのか?」
「ドラゴンは知ってるけど、なんでそれが今出てくるんだ?」
「やっぱり君も覚えてないのか」
ヴィダルも同じようにはてなを浮かべているようだ。
二人とも同じものを見ている。だとしたら僕は幻覚と戦っていたのだろうか。いや、ヴィダルははっきりとドラゴンを認識していたし、いの一番に戦っていた。それがまるで記憶からすっぽりと消えたように。
……消えた?
抹消の能力は対象の存在を消す。だとしたら、存在していなかったことにされたということだろうか?
そうすると、この力は非常に使いずらい面がある。まず、力が味方に認知されないことだ。力を使って見せても、消えたことすら認識できないのでは信じてもらえないかもしれない。次に、戦果が残らないことだ。仮に悪魔の手先の襲撃があったとしても、抹消してしまったら襲撃があったことすら消えてしまい、次の備えに繋がらない……。
「大丈夫? まだボーッとするの?」
考え事で黙り込んでいたのを、まだ意識がはっきりしないと思われたらしい。
「いや、大丈夫だよ。それよりみんなは無事?」
「……それが」
ソフィが言葉を濁した。やっぱりそうか……。
あの時一番に逃げようとした彼。そのせいで一番に目をつけられてしまった。もしかしたらああなっていたのは自分だったかもしれない。
彼の事は弔わなければならないし、ここで起きたことを伝えなければならない。
「とにかく村に戻ろう」
教会を出るとその光景に目を疑った。
小高い丘にある教会からは村を一望できるが、……見渡す限り村が燃えている。
居ても立ってもいられず一目散に走った。
家はどうなっている? 妹は?
家々が燃えているだけじゃない。通りがかった家を見てみれば、何か巨大な物が降ってきたように潰れている。畑は踏み荒らされ、大きな足跡が無数に残っている。
それでも、いや、だからこそ足を止めることなく走った。村の仲間と言えど、今だけは気にかけることはできない。
自分の家が見えてきた。家だったものが。
奇跡は無かった。別け隔て無く、潰れ、火の手が上がっている。
「エシカ! エシカ!」
……返事が無い。ここまで全力で走ってきたこともあり、繰り返し呼びかける声も次第にかすれていく。それでも無残な家の前に着くまで呼び続けたが、最後まで応える者は現れなかった。
どうか見つからないでくれ。無事に逃げていてくれ。
今だけは見たくないものを見つけてしまった。愛しい華奢な腕。積み重なった瓦礫の隙間から覗いて見えた。
一刻も早く出してあげなければ。
火の手に囲まれているのも忘れ、瓦礫を押しのける。
エシカだったものは人の形をしていなかった。ひしゃげたスイカのように赤いものをぶち撒けている。
「あ……あ……、うあああああああ!!!」
熱い。目の前の有り様から目を背けたが、その代わりに肌の感覚が戻ってきた。
手のひらが火傷で痛む。痛みが自分のやるべきことを指し示す。
この村に現れたドラゴンは、教会の一体だけではなかった。空には沈みゆく夕陽に向かって飛び去っていく無数の黒い影が見える。
「必ず奴らを消し去ってやる。たとえそれが誰の記憶に残らなくても」
手のひらを見つめ、決意を握り込むように拳を握った。
序幕・了
外れギフト「抹消」は英雄になれない JETSOUNDSTREET @JetSoundStreet
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