第3話 戦果

「状況は見ている」


 口を開くより先に、抹消の権能は言葉を続けた。


「我が汝に授ける力は、この名の通り対象を消し去る力だ。汝はもう使い方を心得ている。さあ、行くのだ」


 話が早くて助かる。いろいろ聞きたいことはあるが、今は現実で起きている事の方が先だ。

 次の瞬間には視界は水晶を掴んだ自分の手が映った。戻ったようだ。


「ドラゴンは?!」


 覚醒の儀を傍から見た時、しばらく動きがなかった。とすれば白い空間にいた間も時間が経っているはず。状況確認が先決だ。

 咆哮が轟いた。

 見ればドラゴンが首をこちらに向けている。ヴィダルたちは?!

 しかし確認する余裕は無いようだ。


「そのまま隠れててください」


 視線はドラゴンに向けたまま、ウッラ修道士を下がらせる。


「こっちを見ろ!」


 柱の陰から飛び出し、ドラゴンの注意を引く。ドラゴンは瓦礫となった長椅子や石畳を咥え、投げ飛ばしてきた。

 それを飛び退いてかわし、背後を取るように回り込む。立て続けに投げられた瓦礫はガシャン、グシャンと大きな音を立てて砕け散り、周囲に塵を舞い上がらせていく。


 威勢よく飛び出したはいいが、あんなものを食らっていたら無残な挽き肉になっていただろうと、急に肝が冷えてきた。


 しかし、避けているばかりでは解決にならない。右手の拳を手のひらに打ち付け、気合を入れる。

 ドラゴンに向かって一直線に駆け出す。ドラゴンは首を振りかぶり、次の投擲を放たんとしている。間に合わないか……!


 抹消の力、信じるからな!


 至近距離で放たれた瓦礫に手を伸ばし、払い除けるように触れる。


 抹消の力の条件と効果。『対象に手のひらで触れることで、その存在を抹消する』。一言で言ってしまえばそれだけだが、その効果の働き方は確認の余地がある。しかし今大事なのは、飛んでくる瓦礫を喰らわずに済むかだ。


 瓦礫に手が触れた瞬間、その衝突の力が腕にかかる。が、それは直ぐに消え失せ、腕が潰れることはなかった。

 勝てる! あと数歩踏み込んで鱗に覆われた体のどこかに触れるだけだ。

 衝撃で痺れる腕に力を込めて伸ばす。あと少し。そして。



 全身を衝撃が襲った。



 ……何が起きた?

 周囲を見渡そうとしたが、まぶたが開かない。体を起こそうとするが、指の先まで動く気配がない。明らかに深刻な状況だ。その割には頭が冴えている。

 少しずつ体の感覚が戻ってきた。右腕がヒヤリとした硬い物と自分の体に挟まれている。石壁のような。そこでようやく自分が壁に叩きつけられていたことを理解した。

 それからやっとまぶたが持ち上がった。血が張り付いて開きづらい。目の前の状況が認識できたとき、そこにはソフィがいた。


「目を覚ました! よかったぁ」


 ソフィは安堵したのか、飛びかかるように抱きついてきた。待って、距離が近い近い。

 それよりも先に確認しなければならないことがある。


「ドラゴンは?!」


 あれは尾による薙ぎ払いだった。その直撃を喰らい吹き飛ばされる直前、とっさにその尾に手を伸ばした。届いていればおそらくドラゴンを消すことができている。

 しかし、その答えは予想を裏切るものだった。


「ドラゴン? 何のこと?」

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