第9話 指
そろそろ隣から絶叫が聞こえてきてもいいはずなのに、物音一つしない。あきらかに変だ。
だが一つの可能性を思いつく。
①の檻の子供は大男にやられて虫の息だった。もはや抵抗する力もなくひっそりと
連れ去られて殺されたのかもしれない。そうだ。そうに違いない。
そのときガチャリと音がした。大男が入ってきた。僕の勝利は間違いない。とりあえずは①の檻へと移動しなければならない。
僕は抵抗せず自ら檻を出て、①の檻へと向かった。
しかし、目を疑った。
①の檻の中には男の子がいたのだ。
入口は閉め切られたまま、男の子は檻の中でぽつんと立っている。
僕は大男に羽交い絞めにされた。僕を引き摺り、①の檻の先にある、暗闇に向かって歩き出した。
頭が真っ白になった。
何が起きているのかまるでわからない。
なぜだ──。なぜだ──。僕の指の方が細いに決まってる──。
僕は勝ったのだ──。
そんなはずはない──。
僕は力の限り叫んだ。体をねじり、よじり、死に物狂いで暴れた。僕が勝利し
ていることを訴え、大男が勘違いしていることを叫び続けた。
ぼくはまけてない。まけてない。まけるはずがない──。おまえはまちがえている──。
はなせ──。はなせ──。はなせ──。
最後は言葉にならぬ声で叫んでいた。
そのとき通路にグレーテルの姿が見えた。
グレーテルにたすけてくれ、と懇願する。
だが、グレーテルは何の反応も示さない。
無表情のまま引き摺られる僕を眺めていた。なぜだかグレーテルは右手に大きな包帯を巻いており、それは赤黒く染まっていた。
いつのまにかグレーテルの横には魔女が立っていた。
魔女は、ヒヒヒ、と気味悪く笑った。
さらに、①の檻の子供の姿が、通路のそばに見えた。檻の中から鉄格子に顔を寄せている。
僕は、卑怯な手を使いやがって、と泣き叫びながら罵った。だが男の子も、グレーテルと同じように、何の反応も示さず、ぼんやりと僕を見ているだけだった。
①の檻からもどんどん遠ざかってゆく。
仄かに見える灯りも、もう少しで消えてなくなる。
そして闇に消えゆく最後の刹那、僕には、はっきりと見えた。
檻の中の男の子が一瞬、掲げたその手の中には、透き通るように細い、グレーテルの人差し指があった。
魔女の檻 ほのぼの太郎 @honobonotaro
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