第8話 生贄

 そして食事を運んできたグレーテルに対して、僕は言った。


 グレーテルは泣きながら拒否した。僕はグレーテルを殴った。


 するとグレーテルは、とぼとぼと歩き、檻の入口を塞いでいる大男の前に立ち、薄汚れた腰巻を下ろし、その股間に顔をうずめた。


 最初、大男は驚いた風だったが、すぐにそれは、変態野郎と同じ淫猥な表情へと変わった。僕はスープを飲むフリをして、少しずつだが、中身を地面にこぼした。大男は、チラチラとこちらを見ていたが、快楽に溺れるのに夢中で、僕の行為に気づいていない様子だった。

 僕は空になったカップを掲げて、大男に見せた。ようやくグレーテルは顔を上げた。ゴボゴボと咳をして、激しくむせていた。

 大男は何も言わず去って行った。僕は地面にこぼしたものをかき集め、汚物入れに投げ捨てた。

 この方法で僕は何度か食事を回避した。これで次の検査に向けてだいぶ有利になったはずだ。

 だが絶対ではない。もしも相手よりも指が太かったら──その敗北は死を意味するのだ。できることはすべてやらなければならない。僕は、またグレーテルを殴り、命令を出した。

 グレーテルは命令に従い、頼んだモノを持ってきた。グレーテルの、手の中にあったモノは、子供の、右手の人差し指だった。魔女に気づかれないようにして、切り刻まれた子供の、人差し指だけを盗んでくるよう、命令したのだ。

思ったとおりだった。その青白い指は血が抜けて、僕の人差し指よりもかなり細い。グレーテルの指までとはいかないが、①の子供の指の太さに負けるわけが無かった。


 そのとき、①の檻で叫び声が聞こえた。


 身をかたくする。何が起きたのか──。だが、その声は恐怖に怯えるような声

音ではなかった。例えるなら、何かに立ち向かっていく雄叫びのような──。

 僕は立ち上がり、鉄格子に顔を押しつけて、①の檻の様子を窺った。入口に大きな影が見えた。どうやら①の子供は食事中のようだ。鈍い音がして、床か壁に何かが勢いよくぶつかる振動が伝わる。


 次にグレーテルの悲鳴が──。その後、グレーテルはしくしく泣いていた。二人が去った後、耳をすますと①の檻から子供の呻き声が聞こえた。

 どうやら生きては、いるようだ。

 何が起こったかは、だいたい想像がついた。おそらく大男は、我慢できなくなりグレーテルを求めたのだろう。その姿を見て、①の子供はグレーテルを助けようと大男に立ち向って行ったのではないだろうか──。そうだとすれば、何て馬鹿なことをしたのか──。

 これは命を懸けた戦いなのだ。その状況で、なすべきことはグレーテルを助けることじゃない。それを利用して僕のようにスープをこぼし、食事を誤魔化し、数ミリでも指を細くすることなのに──。僕に負ける要素は一つも見つからなかった。


 そして魔女が現れた。


 僕は切り刻まれた子供の、右手の人差し指を、魔女の前へ出した。魔女がその指を握る。魔女の目は相変わらず、皺に埋もれている。魔女はすぐに握った指を放し、そのまま①の檻へと向かった。うまく誤魔化せた。僕は①よりも指が細いことを──勝利を確信した。


 しかし──様子がおかしかった。

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