金色に光る猫のマスコット

 おばさんは立ち上がると、私に一礼してみせた。どこかぎこちない芝居がかった一礼だった。照れ隠しなのかな。何となくそう思った。

「へへ、ありがと。私、実家に帰ることにする」

 帰れる実家があるんだったら、コンビニで偽札偽造なんてやろうとする前に帰れば良かったのに、と思ったが、言わずにおいた。

「なんかヤケになっちゃって、偽札事件でも起こして刑務所に入ってやろうって思ってたんだけど、そんなの親不孝だもんねえ。夫に仕返しすることばっかり考えてて、お母さんのことを忘れちゃってた。あ、そうだ。これをお礼に受け取って」

 おばさんが差し出したそれは、茶色い猫のマスコットだった。

「遠慮しないで」

 遠慮っていうか、私は金猫のハナちゃん派だから……。あんまり欲しくないなと思ったのに、意思に反してなぜか手を出して受け取ってしまった。

「ありがと、受け取ってくれて」

 おばさんはほっと息を吐くと、顔全体で笑った。そのときの笑顔ときたら! まるで別人、顔に光がさしたかのよう! 人間ってこんなにいい顔をするのか。

 私はこれまで、雷に打たれたなんていう陳腐な表現を馬鹿にして生きてきた。

 でも、そうだった。

 まさに雷だった。

 痺れた。

 全身くまなく痺れた。

 そうか、これが人生の喜びというものか。誰かの役に立てるということは、これほど人間に喜びをもたらすものなのか。ずっと他人とかかわらずに生きてきたから、そんなことちっとも知らなかった。

 私は医者になるためにこれまで勉強してきたけれど、それは自分のためでしかなかった。でもそうじゃないんだ。人をこういう笑顔にするために、私は精神科医になるんだ。それが私の目指すべき道なんだ。今初めて、そんなことを思った。

「私、あんたのおかげで犯罪者にならずに済んだよ。本当にありがとね」

 店員が、わっと声を上げて泣いた。きっと故郷の誰かを思い出しているのだろう。犯罪者になりかけの親族でもいるのかもしれない。

 コンビニを出ていくおばさんを見送ってから、目を赤くしている店員に「ハナちゃんのチョコって入荷してますか」と尋ねたら、「朝に売り切れましたね。夕方に買いにくるとか遅すぎない? 舐めてますか?」と言われた。それでも心は晴れたままだった。

 鞄につけたハナちゃんのマスコットの隣に、茶色い猫のマスコットをつけてみた。私の鞄で二匹の猫がじゃれあうみたいに揺れた。思ったより、悪くない。


 コンビニを出たところで、

「見てたよ」

 知っている声がして、不吉な予感に弾かれたように振り向いた。

 昼間私のおにぎりを馬鹿にしたクラスの女子の一人――茶髪おかっぱキツネ女の栗原が駐車場に立っていた。にやにやしているせいで目が細くなり、ますますキツネっぽい。こいつコンビニでのやりとりを見ていたのか。何か嫌味でも言うつもりか。不愉快だから無視して通り過ぎることにした。

「変なおばさんにおにぎりをあげるなんて、いいところあるじゃん。もっと意地悪なやつかと思ってた。見直したよ」

 それは予想していた言葉とはあまりにかけ離れた言葉で、その上声音も柔らかかった。びっくりして振り返ると、彼女は私に何かを差し出した。

「今朝、学校に行く前に買っておいたの。おあんたにお裾分け。一個だけだけど! 朝5時起きでコンビニ回ってゲットしたやつなんだから感謝してよ?」

 それは予想どおり、ハナちゃんのお菓子で。見下している相手とはいえ、喉から手が出るほど欲しいやつで。

「もらっても、いいの……? あ、代金は支払うから、ちょっと待って」

 私がバッグの中を漁って、お財布を出そうとしていたら、彼女はそこにお菓子をねじこんできた。

「いいよ、あげる。っていうか、何その顔。びっくりしすぎじゃない?」

「いや、だって、いろんな意味でびっくりしたし……」

「なにそれ」

 栗原はあまりにも面白そうに笑うので、私もつられて、ちょっと笑ってしまった。

「じゃ、またね」

 そう言って、栗原は帰っていった。別れ際、「明日さ、お昼を一緒に食べようよ。もう馬鹿にしたりしないし、っていうか今まで馬鹿にしててごめん。なんか見下されてるような気がしててさ」なんていう言葉を残して。

 見下していたのは本当だから、とっさに返事ができなかったけれど。でも、あしたからは、もしかしたら今までとは違った視点で栗原を見られるようになるかも。ハナちゃんの新作お菓子を人にあげるなんて、私にはとても信じられないことをやってのけた栗原。朝五時起きでコンビニを回って手に入れたと言っていた。それをどうして私にあげられるんだろう。親しくもないのに。ああ、だけど、私があの変なおばさんにおにぎりをあげたことも、もしかして同じことなんだろうか。あの全身痺れる雷を栗原も知っているのだろうか。

 彼女のバッグにも金色に光る猫のマスコットがついているのに気づいて、なんとなく、あしたは学校に行くのが楽しみのような気がした。

<了>

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おにぎり一つ、猫のマスコット二つ、笑顔は三つ ゴオルド @hasupalen

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