第2話 すべて計画通り
クッソ、どこで何してるんだあいつ。
昨日あんなことを言っておいて、次の日学校に来ないとはどういう了見なのだろうか?
念のためうずらに探しに行ってもらっているが、正直うずらだしなぁ。無理だと思うけどやらないよりはマシである。
ポケットのスマホが鳴り、ホーム画面にはうずらの通話が来ていた。
『た、大変です!』
「何がった⁉」
『スーパーの卵白の卵がタイムセ――』
通話を切り空を見上げる。
もしかしたら、ワンチャン、万が一いや億が一でも役に立つと思っていたが……無理だったかぁ。
再度ポケットのスマホが鳴り、ホーム画面にはうずらの通話が来る。
「はぁ、タイムセールはもういいぞ」
『すいません間違えました! 純白ちゃんの居場所がわかりました!』
「ど、どこだ!」
『学園の一年生男子寮、倉庫内で監禁されています!』
「――ッバカ野郎なんでもっと早く言わなかった!」
通話を切りすぐさま走り出す。
朝から学校に来ていないということは、通学中に拉致られた可能性がある。
そうなれば現在時刻は午後四時、学園が八時間だとしても優に六時間は監禁状態なはずだ。
俺は焦りを覚えながら一年生寮の倉庫のカギをスペアで開ける。
するとそこに――
「あら、早かったわね」
監禁されたはずの純白が優雅に午後のティータイムを楽しんでいた。
「え……? 監禁されてたんじゃ」
「今もされてるわよ? でも長い間つかまってて疲れちゃったから今は休憩中よ」
えぇ……
いや割とマジで、俺の心配を帰してほしい。
「縛られてた紐は⁉」
「もちろん雀にほどかせたわ」
「お嬢様いるところに私ありですから」
俺要らなくね?
「それと、あと少ししたらもう一回結び直してもらうわ」
「な、何で」
「私を拉致した一年生が来るからよ」
「なら逃げればいいだろ!」
「それじゃダメなのよ」
何で! そう言おうとした瞬間後ろの倉庫の扉が開く。
「声が聞こえると思ったら、城宮先輩じゃないですか」
まずい、純白はまだ優雅にティータイムしている途中。そんなのを見られたら――あれ?
いつの間にか、手足を縛られ布の猿ぐつわまでされていた。
相変わらず仕事早いなァおい!
「あれぇ? 何でここに卵白のトップの城宮先輩が居るんっすかねぇ? もしかして、まさかと思うっすけど助けに来たなんて言わないっすよねぇ?」
いきなり核心を突いてくる後輩。
どうする。
「まし……輝実月に何でこんなことをした」
「俺の方こそ疑問ですよ。何であなたは早くこうしなかったんすか」
ゆっくりと歩きながら、俺と純白の間に入ってくる。
「拉致して有無を言わさず卵白を使った料理を食べさせ、卵白を好きだと洗脳すればよかったじゃないですか?」
「そんなことで出来るわけないだろ!」
「大丈夫っすよ。女子はスイーツに目がないっすからね。メレンゲのふわふわパンケーキでイチコロです」
「そんなわけ――」
おい! 純白あいつ布の猿ぐつわが濡れてる! 濡れ始めてる! よだれで、びちょびちょだよあれ!
「もしそうだったとしても、こんなことで従えても意味はないだろ!」
「きれいごとっすね。勝った方が正義なんすよ」
クソ、何言っても動じないぞコイツ。
その時、純白と目が合いこちらに何かを訴えかけてくる。
な、なんだよ。一体俺に何をしろって言うんだよ。俺はお前と違って頭が良い訳でもないし、何かをなせる力があるわけでも――
「駄目だ……」
「え?」
考えるな、世界を変えるんだろ。ならまずは俺自身の考え方を変えるんだ。
確かに俺は頭良い訳でも、俺一人で何かをする力も発想もない。
でもそんな俺でも一つだけ出来ることがあるとするなら。
「聞こえなかったか? 駄目だって言ってんだよ!」
圧をかけろ、大きく見せろ。はったりでいい、目の前にいる奴は強者だと思わせろ。
見本は小さい時から見てきた俺を振り回す女の子だ。
後輩は少し後ずさる。
「お前は本当の意味で卵白を愛していないよ」
「なッ――お、俺のどこが愛がないって言うんすか!」
「全部だよ」
後輩は俺の胸ぐらを掴んでくる。
「さっきも言いましたけど! 本当に愛があるなら行動してるって言ってるんすよ! 今の俺の様に!」
「俺なら卑怯な手を使わない」
「これは戦争だ! 卑怯だとか言ってる場合じゃないでしょ!」
「気づけ、今のお前は卵白を卵黄に勝てないって自分で言ってるものだぞ」
「――――ッ」
その言葉ではっとしたように手を放す。
そうだ、こんな卑怯な手をしないと卵白は好きになってもらえない。そう言っているようなものなのだ。
そしてそれに気づいた後輩は見る見るうちに顔が青ざめていく。
「どうせ、入学式で卵白はメレンゲしか価値がないとか、透明で存在感がないとか言われたんだろ?」
「な、何でそれを……」
「俺も言われた」
優しく微笑みながら、相手をやさしく包み込むように話す。
「でもな、卵黄より卵白の方がカロリーが少なくて太りずら買ったり、卵黄だけのマヨネーズは真っ白な雪の様で高級料理店にだって使われてる。でもわかるよ、卵黄って奇麗だよな」
まるで宝石の様に輝くそれは白米の上に乗せるだけで、一つの芸術かのような輝きを放ち。濃厚な味わいで口の中を駆け巡る。
「卵黄にだって卵白にだって良いところはあるんだ。その上で俺らは卵白を好きになった。この気持ちは嘘じゃないはずなんだ」
純白の紐をほどきながら話を続ける。
「だからさ、胸張って行こうぜ。俺らの好きな卵白ってすごいんだぜって」
「せ、先輩お、俺ッ」
「さっきはああいったけど卵白の為に行動してくれて俺は嬉しかったぜ」
「う、うぅ……」
泣き始めてしまう後輩の肩を叩きながら思うのだ。
なーに言ってんだろ俺。
はたから見たらいい話ぽくなっているが、卵黄と卵白の話なんだよな!
気のせいじゃなければ後ろから冷ややかな視線も感じる。
「感動の所悪いが卵黄側トップの私が監禁されたのは事実だ。明日この件に関して処置をとる」
「わかったす……」
「いや、今回の罰に関しては卵黄側トップの城宮に取ってもらう」
「な、何でですか!」
「ことが事だからだわ」
「ど、どうにかなんないんすか。やったのは俺なのに」
「いや、いいよ。俺が全責任を負う」
「で、でも!」
「お前は今回の失敗から多くを学んだ。そして今後そういう人材が絶対に必要になってくる。だからお前は何もしなかった。いいな?」
「は、はいっす! ぜ、絶対今後役に立ちます!」
「あぁ、そしたら早く行きな。ここにいるところ見られたら俺が責任を負った意味がないからな」
「ありがとうございました!」
勢い良く頭を下げて出ていく後輩。扉がぱたんと閉まり、先ほどと変わって緩い空気が流れる。
「私の作戦が伝わって良かったわ」
「作戦? なんだそれ」
「え⁉ 何もわからないのにやってたの」
そりゃ何もわからない事だらけだ。
でも昨日言われたからな、私を信じてと。
「小さい頃から一緒に居るからな。何をしたいかは今でも分からないけど、俺に対して何を求めてるのかだけは分かるようになったよ」
「呆れたわ」
「でも世界を変えるんだろ? 俺と」
俺は力ずよく純白を指さす。
「えぇ、そうよ? 私でね」
「でも今回で痛感したわ。俺一人じゃ何もできない」
「そんなことない、現にあなたは――」
「いや、何もできないよ俺はいつも振り回されるだけ。でも今回もそれまでだ、次からは自分の意志で振り回されるよ」
「何よそれ」
あぁ、とても俺らしくない。でも今は気分が良いんだ。
初めて純白に近づけた気がして。
「純白は頭はいいのに不器用で、自分の犠牲もいとわないバカだから」
「おい待て」
「あと時々何考えてるかわかんないし」
「待てって」
「だから、俺を使え純白。今日からお前は俺の脳、そして俺はお前の体」
いや違うな。
「お前が卵黄で俺が卵白だ」
ふふふと不敵な笑みを浮かべる純白。
「最高だよ本当に」
こうして本当の意味で俺は純白の共犯者になった。
〇 〇 〇
『朝早くに集まってもらって申し訳ございません。ですが今日は報告があって集まってもらいました。』
次の日の朝礼。
スピーカーを持った純白が、全校生徒の前に立ち話始める。
内容はもちろん拉致された事。しかし、拉致したのは俺と言うことになっている。
『昨日私はとある場所に監禁されていました』
ざわめく生徒達。
それぐらいの事が起きたのだから当然なのだが。
『実行犯は城宮です』
更にうるさくなり、野次すら飛んでくる。
『ですが、私はとある条件を吞んでもらう代わりに許しました。それはこの城宮と同じ場所で暮らし相手の作った料理を食べるということです』
待って! 俺知らない! 何それ聞いてない初耳だよ純白ちゃん⁉
『彼はこう言いました。私を堕とすと』
言ってないィ!
明らかに女子生徒の悲鳴が聞こえる。
『すいません間違えました。私に卵白の凄さを知ってほしいと』
どこをどう間違えたらそうなったんだよ!
『確かに今まで食べる機会が少ない環境にありました。なのでお互いを食べ比べ相手を堕とす環境として私は彼と、どうせ――暮らします。もしこれでどちらかが落ちれば、その瞬間にこの戦争は実質的に終わります』
今、何言いかけたコイツ?
『そして徐々にこの学園に、その制度を導入していく予定です。言葉や暴力などではなく相手を屈服させた方が勝ち。シンプルでしょう? 以上でお話は終わりです』
生徒たちの歓声が聞こえてくる。これは、卵黄卵白の戦争に終止符を打つ可能性のある政策。
間違いなく歴史が変わる瞬間を目の当たりにしているのだ。興奮もするか。
「これが私のやりたかったことよ」
「ここまで計算のうちかよ。やっぱ純白怖いわ」
「そしたらいったん戻りましょうわが家へ。多分、広羽とうずらさんが色々やってくれてるでしょうから」
「え、もしかしてうずらもグル?」
「そうですね」
「知らなかったの俺だけかよ……」
「最初から言っていたでしょう。君は顔に出やすいんだって」
そんなに出やすいんだろうか?
そういえば一つ思い出したことがある。
「純白の本当にやりたかったことって何なんだ?」
「世界を変える事って言いましたよね?」
「いやそれ過程だろ。言ってじゃん。こんな世界どうでもいいけど、このままじゃ私のしたいことに支障が出るわって」
少し先を歩ていた純白は俺の方に振り返り、驚いた表情をする。
「覚えていたのね」
「一応な。で、何なんだ?」
「そうね、覚えていてくれたことだし、恥ずかしいけど言ってもいいわね」
純白は頬を赤らめ、もじもじしながら俺の目を見る。
「昔から言ってたけど……君が好きよ」
あぁなんだ。そんなことなのか……
「あぁ、黄身も好きだ」
「ん?」
「ん? なんか変なこと言った?」
「君も?」
「黄身も。だってそうだろ俺は黄身も好きだけどやっぱ白身派だからさー」
ん? 純白の肩が震えているような……
「そ……」
「そういうことじゃなーい!」
「グェッ」
純白の右アッパーにより俺の体は宙に舞う。
純白頼む教えてくれ、俺は何を間違えた?
俺たちの学園生活ラスト一年。
そして、世界を変える一年が始まった。
白と黄色の共犯者 ねこくま @nekokumakanran
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