#2.03. Dwarf [Ryu]

「こちらが、捜索の令状です」


 白髪の外務省職員が見せた紙には、厳しく「捜索差押許可状」と書かれている。状況から見て、ハッタリではない。

 明らかに警察や検察でない捜査官が1個小隊規模でいる。令状によれば、出入国管理局の警備官たちらしい。


「協力はしますが、何かの間違いではないですか? ここは警察病院で、本国の警察官かその関係者しか来ませんよ」

「ええ。よく存じております。明石あかし海将補。

 しかし通報があった以上、調べない訳にはいかないのですよ」

「それにしても……、こう……。大掛かりですね」


 いかにも事実確認といった体裁で来ているが、裁判所から捜索令状を取ってきて50人、60人の捜査官を連れてくるなんて、明らかに大袈裟だ。


「何しろ、病院の規模が大きいのでね」

「そうは言っても、穏やかではないですよ。どのような通報だったのですか?」

「通報者の保護のため詳細は言えませんが、在留資格のない人物が身分を偽り身を潜めていると」


 朗らかな笑顔を崩さない外務省職員。

 薄々勘付いていはいたが、おそらく、空之御中主を探しに来たようだ。よりによって今日とはな。


「失礼ながらね、あなた。さすがに不法滞在者がいたとしたら気が付きますよ。警察隊の病院ですから。

 警察官として身元が分かっているか、その家族しか診療いたしません。職員だって皆公務員です」

「ええ。わたしもそう思っておりますし、この通報が何かの間違いであればと願っております」


 この若造、顔は和やかだが頑固だ。

 そもそも20代くらいだと思うが、出世が早すぎるだろう。キャリア組だとしても、これだけの捜査官を纏めるなんて……。


 待て。若葉大臣のそばに、白髪の側近がいなかったか?

 いつかの報道で……、そうだ、若葉大臣が連帝の皇族に謁見した時の集合写真に、異彩を放つアルビノがいた!


 それとなく目の前の外務省職員の名札を見ると、「若葉」という名家の名前が書かれていた。



 まずいな。

 若葉外務大臣が身内を差し向けてきた。

 ここを狙い打っているということは、何か情報が漏れている。令状をもぎ取ってくるくらいだ、かなり自信があるように見える。

 そうだ、当たりだ。


 こりゃあかなりキツい板挟みだな。冬月家の副業に巻き込まれたのは確かだが、若葉家がそれを潰しに来たか。

 こいつらにすべてを自供すれば、足を洗える。人の道としてもそれが正しい。だが、冬月大臣を敵に回せば、家族に危険が及ぶ。若葉大臣にかくまってもらうにも、限界があるだろう。

 あの枢機卿に目を付けられれば、末代まで逃げられない。


 俺にとってもっと怖いのは、冬月だ。



「今回の捜索では、職員、患者の身元確認とカルテの確認を行います。ご協力をお願いいたします」


 俺も、狡賢くなったものだ。若葉たちはあくまで人捜しをしている。つまり無人のはずの場所に捜索は及ばない。ここに捜査員を釘付けにすれば、輸送役の時間が稼げる。


「分かりました。病院の運営に支障がない範囲でしたら協力できます。カルテもご覧いただいて結構です」

「助かります。ではわたくしからも、捜査員には医療行為の邪魔をしないよう伝えます」


 若葉はぞろぞろといる捜査員に向き直り、捜索の指揮を執り始めた。とは言っても、事前に打ち合わせていたのだろう。「事前に伝えた通り」と繰り返す。具体的な注意点は先程の「医療行為を邪魔しないこと」というだけだった。

 「ではお願いします」と号令があると、捜査員たちが散開する。担当区画が割り当てられていたのか、迷いなくそれぞれの持ち場に向かっていった。


 目的の区画に一直線に向かう捜査員たちを目で追っていたが、見る限りナースステーションや入院病棟に向かうばかりだ。この様子なら、見つからないだろう。



 俺と同じように捜査員の働きぶりを監察していた若葉は、おもむろに俺に話しかけてきた。


「本当は、国内で活動させる者たちではないのですが……。

 ご家族は、情報統括局のもと、観察しております」


 思いがけないことを言い出すもので、彼の顔を睨んでしまった。

 でも若葉は、穏やかな表情を崩すことなく、部下の働きぶりを眺めながら続けた。


「ご心配なく。情報員たちが観察しているのは、ご家族に近づこうとする怪しい人間です。要人警護を経験している者も配備するよう斡旋しておきました」


 遠くから見ていれば、彼の話す内容が聞こえなければ、平和な会話をしているように思えるだろう。

 さすが若葉家の人間だ。もう外交官として、印象操作のすべを持っているのか。


「わたしとしても、明石将補が傷つくのは困ります。

 例えあなたが罪に加担していたとしても、悪鬼がそそのかしたなら、わたしは悪鬼に罰を与えます。

 あなたは将補で、重要拠点の病院長。簡単には罷免できません。

 それに――」


 若葉は、どこか人間離れした、濁りのない菫色の瞳で微笑みかけた。


「あなたが匿っている子の、データが欲しいのです」


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出入国管理局――瑞穂外務省の外局で、外国人の出入国や在留に関わる行政機関。

国際情報統括局――瑞穂外務省の情報機関。ヒューミントにより各国の大使館などから情報を集める。組織の性質上、瑞穂内閣の諜報活動もある程度担当している。

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ヒューマノイド《冒涜の遺伝子》 Ver.3.0. 園山 ルベン @Red7Fox

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