名探偵以外は全員バカで集められた究極の難事件

ちびまるフォイ

理解と納得が前提の名推理

「みなさんに集まってもらったのはほかでもありません。

 この館にいる殺人鬼"漆黒の甘蕉"はこの中にいる!」


「な、なんだと!?」

「そんなバカな!?」

「それは誰なんだ!」


「これからトリックを解説します。

 いきなり犯人を名指してもシラ切られるだけです。

 まず最初の殺人からお話しましょう」


「あのときはシャンデリアが落ちてきて……。

 どうみても事故じゃないか」


「いいえ事故じゃありません。

 これを見てください」


「それは……?」


「これはシャンデリアを支える金具です。

 なにか見えませんか?」


「なにか壊れた装置のように見えるが……?」


「そうこれは"量子エンタングルメント装置"です。

 一定量の量子状態を検知することで粒子が結晶化。

 シャンデリアを支える支柱の鎖部分を破壊します。

 

 ではそのタイミングをどう行うのか。

 あのとき、じつは食堂の床には量子センサーが埋め込まれ

 食堂の量子状態を検知できるようにしていたんです。

 

 そう。そこで気になるのは量子マーカーをどうするか、ですよね。

 簡単なことです。私たちがトリガーとなれば良いんです。

 

 私たちがこの館に訪れたとき、クラッカーで歓迎されました。

 あの紙吹雪の中に実は量子マーカーが含まれていたんです。

 

 量子マーカーを付着させた我々が食堂へ集まると、

 一定上の量子状態を検知したセンサーがシャンデリアの装置を起動。

 シャンデリアは全員が集まったタイミングで、誰の手を汚すことなく

 狙ったターゲットの頭上へ落下させられる、というわけです。

 

 そんなことができるのは……ただひとり!!」


名探偵は勇ましく指に力を入れた。

犯人の名前を高らかと叫ぼうとしたそのとき。



「「「ぜんぜんわからない!!」」」



参加者全員がポカンとしていた。


「……ん? 何が?」


「量子が……なに? 途中からお経みたく聞こえたんだけど」


「いやだから、量子状態を把握するセンサーが……」


「もっとわかるように言ってよ!」


「みんな集まる、センサー起動する、シャンデリア落ちる、おーけー?」


「そんなにうまくいくわけ無いでしょうが!」


「うまくいくようなトリックなんだよ!!!!」


「じゃあわかりやすく解説してよ!!」


「ああもうめんどくさいな!!」


かつてあらゆる難事件を解決した名探偵を師に持つ、

IQ400超えの天才である名探偵。


一方、館に集められたのは犯行を絶対に気づかれまいと

選別に厳選を重ねられた底なしのバカたち。


名探偵のご講説はまるで耳に入らなかった!


「もういいよ、トリックはわかってもらえなくて結構。

 ただ、このトリックが実現できるのはただひとりなわけ。ね?

 だからトリックがわからなくてもいいけど、犯人は……」


「ちょっと待ってよ! そのトリックも

 あなたがでっちあげたっていう可能性はないの!?」


「いやでっちあげるにも俺には実現できないでしょうが。

 だって俺がみなさんより先に館に入って、

 装置をセットする時間がないでしょう?」


「たしかに……。今この場にいる全員が理解できないトリック。

 それをひらめくなら犯行を重ねることもできるはず」


「おい聞けって」


「そうよ! きっとこの人が犯人よ!!」


「なんで俺が犯人ならわざわざトリック解説するんだよ!」


「それは罪の意識とかなんかそんな感じよ!!」


「そんなわけないだろ!?」


「だいたいIQ400の人がこんなへんぴな館に来るなんて

 連続殺人をくわだてること以外に理由ないじゃない!!」


「名探偵だってバカンスくらいするからね!?」


「そうだそうだ! 俺達じゃそんな奇想天外なトリック思いつかない!」

「やっぱりこの人が犯人なのよ!!」

「拘束しろーー!」


「ええええ!?」


名探偵は探偵稼業をスタートしてからはじめて。

トリックを解説したタイミングでしばり上げられた。無情。


「犯人もこれで拘束できたから安心だな」

「あとは数日後に島へやってくる警察を待つだけね」

「こいつを突き出せば終わりだ」


「ちがうんだって! "漆黒の甘蕉"は他にいるんだって!!」


「その"しっこくのバナナ"だって、読めたのはお前だけじゃないか。

 みんな"うるしぐろのあましょう"って読んだじゃないか!」


「それはお前らみんなバカだからだろう!?」


「あ! バカって言ったーー!」

「バカって言うほうがバカなんだーー!」

「ばーかばーか!!」


小学生男児のようなやりとりに名探偵はげんなり。

IQ400の頭脳はそれを正しく評価できる場にいないと意味がない。


しかし名探偵もここで引き下がるほどバカではない。


「……じゃあいいよ、俺が犯人ってことで」


「お。ついに認めたか」


「ただし、ひとつだけ言わせてもらう。

 警察がきたらお前らみんな後悔することになるからな」


「はあ? 連続殺人鬼を捕まえてなんで後悔するんだよ?」


「警察はお前らほどバカじゃない。

 俺が警察に捕まって、これまで語ったトリックを話し

 そして真犯人を特定できたとしたらどう思うかな?」


「真犯人を特定できたって思うんじゃないか」


「いやほんとお前らバカだな!!!!」


名探偵は質疑応答で話を進めるスタイルは

この場においてだけはまったく有効じゃないことを悟る。


「真犯人のトリックをつまびらかにし、

 真犯人を特定して捕まえることができたにもかかわらず、

 お前らときたら無罪の人間を拘束したばかりか、

 真犯人を取り逃がした共謀犯ってことになるんだぞ」


「なんでそうなるんだ! 犯人はお前でちゃんと捕まえただろう!」


「だから別にいるんだって!

 なんで前提をいちいち解説しないとわかってくれないかなぁ!!」


「お前の説明が下手だからだろう!!」


「ちがうわ!! お前がバカなだけだ!!」


「またバカって言った! いーーってやろいってやろーー。

 しーーんはんにんに、いってやろ~~♪」


「いつ言いましたぁ?

 何時何分何秒? 地球が何回回ったときですかぁ?」


周りにひっぱられて名探偵の頭脳もすっかり男児に回帰する。

人は限界までストレスを感じると幼児退行するのだ。名探偵も例外ではない。


「ふん。なーーにが"きょうぼうざい"だ。

 私たちみんなそこまで凶暴じゃない。温和そのものだ」


「ああもうそこの漢字からわかってもらえてなかったのね……」


「それに警察がきたら、お前のことを突き出して

 お前が犯人だってみんなが言えば信じてもらえる」


「警察は理論的だぞ。理由を説明しなきゃ逮捕できない」


「それを今から聞くんじゃないか」


拘束されたままの名探偵の周りに、バカが集まってくる。


「トリックも何もかもこの場で洗いざらい吐いてもらうのさ。

 そしてそれを警察に話せばそれでいい」


「なんだと……」


「言え! 殺人の動機はなんだ!!」


「この館の空調温度を下げたから」


「なるほど! ではシャンデリアを落としたトリックは!?」


「シャンデリアの上に用意していた小さいおじさんが揺すって落とした」


「そうか! じゃあ2つ目の殺人のトリックは!?」


「むっちゃ気合入れて壁を通り抜けて灰皿ワープさせて撲殺」


「そういうことか! 最後に教えろ! 殺人の動機は!!」


「さっき話したよね!?」


「ごまかすな! 動機は!?」


「便座のフタを開けっ放しにしていたから」


「ようし! これですべてのトリックがわかったし、

 動機もきちんとメモに取ったぞ!!

 これで警察がきても理路整然と説明できるな!」


「そうね! これなら警察も納得してもらえるわ!」


「それどころか犯人を捕まえたと褒められちゃうかも!!」


みんなが手をつないで喜びのフォークダンスを踊り始めたとき、

真犯人はヒザから崩れ落ちた。



「もう私のトリックを陳腐ちんぷな事件にするのはやめてくれ……。

 私が犯人だ。どうか真相を語らせてくれ……。

 手を尽くした計画が汚されるのはもうガマンできない……」



やがて真犯人は自供とともに、すべのトリックの解説をはじめた。




まあもちろん誰ひとり理解はできなかった。ばーかばーか。

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