芙蓉ふようと〈ロゴス〉は即座そくざに同期された。白い騎士が顔を上げ、前を見る。


 正面、十五メートル先。剣と大盾を持った〈ガナン・タイプ〉の虚像きょぞう天使てんしが走りせまっていた。敵のねらいは、強大な奇蹟きせき行使こうしする〈ロゴス〉へと移っている。


「芙蓉……っ」


 七彩ななせが言葉をまらせると、芙蓉はこう答えた。


『なんとかなるよ、きっと』


 〈ロゴス〉がぐっと躯体くたいしずめる。そのまま、クラウチングスタートの姿勢で前をみすえた。


 地面をる。


 どかん、と大きな音がして、〈ロゴス〉が急発進した。純白の騎士はアスファルトの路地をイナズマのようにはしり、その勢いのままに〈ガナン・タイプ〉へと突進していく。


 虚像天使が停止し、その場で大盾をかまえる。衝突しょうとつの直前で、〈ロゴス〉は小さくジャンプして右脚を突き出した。


 インパクト――にぶ衝突音しょうとつおんが響く。


 ほとんど飛ぶようにして放たれた〈ロゴス〉のりが、かまえた大盾ごと〈ガナン・タイプ〉を十数メートルはじき飛ばした。灰色の騎士はもんどり打って地面を転がり、勢いのままに衝突しょうとつした電灯を豪快ごうかいになぎたおす。


『すご……』


 地面をすべって急停止しながら、芙蓉がつぶやく。しかし、


「左見て! 左!」


 七彩が警告けいこくする。芙蓉の元へと、もう一体の〈ガナン・タイプ〉がせまっていた。〈ロゴス〉はあわててバックステップし、長剣の一撃を回避かいひする。しかし、続く大盾の二撃目はけられなかった。


 ばがん、と大きな音がこだました。


 豪快ごうかいに吹っ飛ばされた〈ロゴス〉の躯体くたいがコンクリートへいをぶち抜いて木々をなぎ倒し、家屋の壁に叩きつけられていた。


 そうして動けないでいる芙蓉を、遠くから弓を持った虚像天使――〈トルカン・タイプ〉がねらう。


「よけてっ! 早く!」


 七彩が警告けいこくすると、白い騎士は地面に身を投げた。その背後に赤い光矢が着弾して爆発が起こり、衝撃波しょうげきはで吹っ飛ばされた〈ロゴス〉は、ばらばらになった家屋の残骸ざんがいとともにごろりと地面を転がった。


「立って、次が来る!」


『うわ!』


 きた〈ロゴス〉の目の前を、〈ガナン・タイプ〉の長剣が通りすぎる。芙蓉はその場で反転して、ダッシュで敵から逃げ出した。


『ごめん、やっぱダメだこれ。多分普通に死ぬ』


「だから言ったのに!」


『僕にもすごい力が眠ってるのかと思ってた』


「ちがう、芙蓉はただの人間で……」


『なんかないの? めちゃくちゃ強い秘密兵器とか――うわ!?』


 一瞬、赤い光が見えた。〈ロゴス〉が急停止すると、〈トルカン・タイプ〉の光矢がすぐそばに着弾してアスファルトを爆砕ばくさいした。


 秘密兵器――芙蓉を勝たせる秘策ひさく。七彩はそれを持っているけれど、まだ準備が間に合っていない。こんな風に芙蓉を戦わせるつもりじゃなかったからだ。


「あと十五秒、頑張がんばってえてっ」


『無理かも。もし死んだらお金返さなくていい?』


「あ! そういえば昨日のお金返してもらってない!」


 そんな会話をしながらも、七彩は集中してシステムを構築こうちくする。芙蓉に合わせて躯体くたいを最適化し、秘密兵器の使用準備を完了させる。その間、〈ロゴス〉は敵の猛攻もうこうからかろうじて逃げ回っていた。


「……できた!」


 七彩が言った。


 それと同時に、白い騎士は両足で地面をっている。


「ロゴスを最適化したの。芙蓉のとして」


 宙を舞った純白の騎士が、夜の闇に溶け込んでいく。


 いや、違う。


 躯体の色が変わったのだ。白から黒へ。じわりと染み出るように黒色が広がり、〈ロゴス〉は漆黒しっこくの騎士へと変化した。


「――芙蓉には、その色の方が似合ってる」


 漆黒の騎士は屋根の上へと着地した。紫の光輪こうりんを輝かせた黒い〈ロゴス〉が、ゆらりとその場で立ち上がる。


『いいね、黒。かっこいい』


 〈ロゴス〉が自分の躯体をながめながらそう言った。


「専用のコードを書き込んだから、芙蓉は強力な奇蹟きせきを使えるようになった。なんとなくわかると思うけど、できそう?」


『多分』


「試してみて」


『わかった』


 跳躍ちょうやく


 〈ロゴス〉がものすごい勢いで空中へとはじき出された。うなりを上げる風を切って、ぐんぐん高度が上がっていき、その高度は五十メートルに到達とうたつする。


「いい、芙蓉。見たいものをイメージして、集中して“る”の」


 七彩が言うと、〈ロゴス〉は躯体くたいひねって空中で下を向く。そして、芙蓉がその能力を発動させた。


 それは、アクションゲームにおける『ポーズ画面』のようなものだった。


 それがえるのは時間としては一瞬である。しかし、それは時間や空間にしばられない、事象じしょうレベルの視覚しかくだ。次の瞬間に起こりうることをじっくりと吟味ぎんみして、自分が次に起こす動作の準備を完璧かんぺきに整えることができる。いわば、敵に気付かれず自分だけ『一時停止』が使えるチート能力だ。


 その視覚しかくで、芙蓉は三体の虚像天使を確認していた。


 弓を持った〈トルカン・タイプ〉が、滞空たいくうする〈ロゴス〉に光の矢を放とうとしていることも把握はあくできた。


 ――そして、時が動き出す。


 遠くの住宅街の一点が、ちか、ときらめき、赤いレーザービームのような光がびてきた。〈トルカン・タイプ〉が放った光の矢だ。


 しかし、黒い騎士は身体をひねり、その攻撃をなんなく回避かいひした。光の矢は、〈ロゴス〉の胴体どうたいの数センチ横を超高速で通りすぎ、夜の空へと吸い込まれていく。


「よかった……ちゃんとできたね」


 ほっとした七彩が言う間にも、黒い騎士は地面へと自由落下していく。轟音ごうおんを上げ、〈ロゴス〉がアスファルトの路地をたたりながら着地した。


「それが芙蓉にあげた力――“事象視覚アブソリュート・ビジョン”」


 これこそ、七彩が芙蓉を選んだ理由の一つだった。彼の身体はハードウェアとしてその能力に適合てきごうできたのである。足りない運動能力は躯体性能でいくらでもおぎなえる。最も重要なのは、天使の力を使いこなせるかどうかなのだ。


「次は武器だね」


 〈ロゴス〉がひらりと跳躍ちょうやくし、屋根の上に飛び乗った。屋根から屋根へと飛び移り、虚像天使たちの位置を見つつ住宅街を移動していく。


「すっごい武器があるんだけど、わかる?」


『なんとなく』


「呼んでみて」


 〈ロゴス〉はソーラーパネルを叩き割りながら屋根上に着地し、そこで停止した。


 そして、芙蓉がその武器の名前を呼ぶ。


『来い、“シェキナー・セヴディス”』


 すると、〈ロゴス〉が突き出した左手が陽炎かげろうのように揺らぎ、巨大な弓が出現した。


 〈光弓シェキナー・セヴディス〉。


 本来は智天使ちてんしおさケルビエルが所有する、高位の天界てんかい兵装へいそうである。さすがにその原型オリジナルではなく劣化コピーだったが、それでも破格はかくの性能を持つ狙撃武装には違いない。


 ボディと同じ漆黒の大弓を携え、〈ロゴス〉がかがむ。そして、全力で両脚をりだした。


 足場にされた住宅がばらばらにはじけ飛ぶ。漆黒の騎士がすさまじい速度で空中へとおどり出た。高度は三十メートルに到達とうたつし、虚像天使たちがその姿を見上げている。


 〈ロゴス〉が空中で弓を引く。燃えるような光の矢がバレルに装填そうてんされた。ぎりぎりと音をたて、大弓シェキナーがエネルギーを蓄積ちくせきしていく。


『まず一体』


 発射。


 ぶん、という重低音がして、金色に輝く光矢がレーザービームのようないきおいで解き放たれた。一瞬いっしゅんで地面に到達とうたつした光矢は、路地を走っていた〈ガナン・タイプ〉に直撃とうたつ。灰色の天使を中心に光球がふくれあがり、その躯体くたいは粉々にはじけ飛んだ。


 射撃しゃげきを終えた〈ロゴス〉が、住宅街の路地に着地した。


 そこへ、もう一体の〈ガナン・タイプ〉が突進とっしんしてくる。輝く剣と大盾を構えたその虚像天使は、重々しい見た目にはんして素早すばやかった。


 あっという間に〈ロゴス〉に接近した〈ガナン・タイプ〉は、アスファルトの地面をって空中にび上がり、大きな盾を振り上げた。


 そこで、〈ロゴス〉は絶妙ぜつみょうなタイミングでとびすさる。


 次の瞬間、虚像天使がふりおろした大盾が、アスファルトの路地を粉砕ふんさいした。轟音ごうおんと共に、瓦礫がれきが四方八方にはじけ飛ぶ。しかし、大盾をふりおろした〈ガナン・タイプ〉はすきだらけだ。


 時間にして一秒以下。


 すばやくんだ〈ロゴス〉が、全力のまわりをたたきつけた。


 そのりで勢いよくふっとんだ〈ガナン・タイプ〉は、コンクリートのへいをぶち破り、壁をぼろくずのように破壊しながら家屋へとさる。直撃ちょくげきを受けた住宅は、がらがらとはげしい音をたてて崩壊ほうかいした。


「芙蓉、後ろっ」


 七彩が警告けいこくする。


『やば』


 振り返らず、芙蓉が言った。百メートルはなれた住宅の屋根上から、〈トルカン・タイプ〉が〈ロゴス〉のことをねらっていたのだ。


 黒い騎士が躯体くたいを地面に投げ出した。前転ぜんてんした〈ロゴス〉の躯体をこするように、赤い光矢がかっとんでいく。それはとなりの家のコンクリートへいと駐車場を爆砕ばくさいすると、そばにあった乗用車や電柱をおもちゃのように空中高くへ吹き飛ばした。


『二体目』


 〈ロゴス〉が膝立ひざだちの状態で振り向き、弓を引く。


 即座そくざ照準しょうじゅん、発射――黒い騎士は、〈トルカン・タイプ〉を正確に狙撃そげきし返した。夜空を金色の光が横切って、石像のような天使をばらばらに粉砕ふんさいする。


 漆黒の騎士の背後で、乗用車や電柱が落下する。がん、がらがらと激しい音をたて、それらが地面にぶちまけられた。


 光弓シェキナー、そして事象視覚アブソリュート・ビジョン


 芙蓉はその二つをうまく使いこなし、次々と敵を撃破げきはしていく。七彩の見込んだ通り、園見そのみ芙蓉ふようの戦闘適性はばっちりだった。


「フレア形態を使ってみて! 最後の一体は正面からぶっとばそう」


 遠くで〈ロゴス〉の戦いを観測かんそくしながら七彩が言った。


『わかった』


 芙蓉が返事をする。彼が先ほどり飛ばしていた〈ガナン・タイプ〉が、家屋の残骸ざんがいからしてきた。敵は上体を起こし、地面に剣をついて立ち上がろうとしている。


『“形態変化フォームシフト――シェキナー・フレア”』


 芙蓉が命じると、構えた大弓が変形した。バレルが展開し、各部がスライドして放熱板ほうねつばん露出ろしゅつする。高火力射撃形態、〈シェキナー・フレア〉。連射がきかない代わりに超威力ちょういりょくの射撃ができる、文字通り一撃必殺の形態だ。


 〈ロゴス〉が大弓を引いた。甲高かんだか騒音そうおんをたてて、莫大ばくだいなエネルギーがシェキナーに集積しゅうせきする。態勢を立て直した虚像天使が、大盾を構えてその正面へと突っ込んでいく。


『――これで、三体』


 発射。


 地をゆらす重低音じゅうていおんとどろき、大弓から破壊の光がほとばしる。あっというまに閃光せんこうふくれあがって、進路上の何もかもを破壊しつくした。


 爆風が吹き荒れる。


 〈ガナン・タイプ〉は構えた盾ごと『蒸発』していた。アスファルトの地面はめくれ上がり、焼けげた瓦礫がれきが強風にあおられて乱舞らんぶする。


 くずれおちる家屋、ばらばらと落下する瓦礫がれき。シェキナーの冷却機能が作動し、勢いよく蒸気じょうき噴出ふんしゅつした。


「すごい……やっぱり、芙蓉にお願いして正解だったんだ」


 そうつぶやきながら、七彩は〈ロゴス〉の方へと歩いて行く。三体の虚像天使は、芙蓉と〈ロゴス〉によってあっという間に殲滅せんめつされたのだ。それは七彩にはできない芸当げいとうで――住宅街に立ちつくす黒い騎士は、この上なくたのもしいものにみえた。


 七彩が近づくと、〈ロゴス〉は少しだけこちらを見た。さすがに芙蓉も疲れている様子で、躯体くたいしに聞こえてくる彼の息はあらかった。


「ちょっと疲れた?」


 そう聞くと、芙蓉はぜえはあ言っていた息を少しだけ整えてから、


『……ぜんぜん大丈夫』


 と強がった。それがひどくいとおしく感じて、七彩はきゅんと胸が高鳴たかなったのを自覚する。ほおが赤くなるのにもかまわず、七彩は顔をあげ、芙蓉にほほえみかけた。


「そっか」


 何百年、何千年たっても、どこにいたって何をしていたって、この胸の高鳴りを忘れることはないだろう。そんなふうに思いながら、白羽七彩は再び歩き出した。



〈エンゼリックエンドロール おわり〉

・ノート:https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093090371586447

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エンゼリックエンドロール こぱか @kopaka

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