4
――来てしまった。
すでに日は
ここは
「ここはね、『
「ここに住んでた人たちは?」
「土地をゆずりうけたから
二人は誰もいない
「どうしたの?」
言いながら、七彩は彼と同じ方向を見る。
二人の現在地からまっすぐに伸びる路地――その十メートルほど先に、剣と盾を持った〈虚像天使〉がのそりと現れた。
「――」
七彩が
背後にせまる、
アスファルトを
「やば……っ」
芙蓉が声を上げる。
振り向くと、すぐ後ろに迫った〈虚像天使〉が大盾を振り上げていた。
「……っ!」
七彩が意識を集中させ、『
割れた
七彩が「きゃあっ!?」と悲鳴を上げる。
しかし、直前で敵の攻撃がそれたのは、七彩が二人の存在を『透明化』したからである。透明化と言っても身体が
石像の天使は一時的に七彩たちを見失っていたが、この
「は、はやく……っ」
彼はすぐに立ち上がり、七彩と一緒に全速力でその場を
*****
七彩と芙蓉は、放置された住宅の一つに駆け込んで、
二人は
「ふう……」
芙蓉が息をついて、リビングのソファーに座り込んだ。
「座ってる場合じゃないよ。落ち着いたならすぐに
まだ息の
「なんで? 僕にお願いがあったんじゃないの?」
芙蓉が
彼の声は少しだけ
『普通の高校生には、ちょっと
芙蓉はそう言っていた。やっぱりダメだ、彼には頼めない。
そもそも、七彩を助けたところで芙蓉にはなんの得もない。これは全部
真っ暗な部屋で、二人はしばし見つめ合う。ふいに目を
「最初は芙蓉に頼もうと思ってた。でも、なんか違うのかなって……」
「どういうこと?」
「これはわたしの問題で、芙蓉には関係ない。虚像天使が出てくるのって、わたしを殺すためでしょ。今はまだ
芙蓉はだまって七彩の言葉を聞いている。
「そうなったら、街の人達はパニックになっちゃう。虚像天使は敵意を向けない限り攻撃してこないけど、わたしを殺すまで行動を続けるし、増え続ける。そうなったら、きっとこの街はおかしくなる。全部わたしのせい。わたしがいると人に迷惑がかかる。本当は気付いてたんだ、わたしはいるだけで迷惑な存在なんだって」
ああ、ダメだ――
そう思ったときにはもう遅く、七彩の目からぽろぽろと涙が落ちてきた。
床に
「さっき、もう少しで芙蓉も死んじゃうとこだった。わたしはヒトが好き。この世界が好き。だから何も傷つけたくない……
それは解決のしようがないジレンマだった。
七彩はヒトの世界が好きだが、七彩の存在はそれを傷つけてしまう。その原因は明白だった――
残された道は一つだけ。
「わたしはもう、このまま殺されるべきなんだ」
金色の
「白羽さん――」
芙蓉が言いかけたとき、
壁が
剣と大盾を
七彩は
これで全部が終わる。白羽七彩を排除すれば、敵は目的を失い芙蓉は助かるはずだ。七彩はぎゅっと目をつむった。本当はもっともっと生きていたかったけど――
そこで、彼女の身体を軽い
「え……っ?」
目を開ける。ふりおろされる巨大な剣。倒れゆく自分の身体。そして、必死な表情でこちらに飛び込んできていた芙蓉の姿。
床が
七彩と芙蓉はもつれ合うようにして床を転がる。それはほとんど
「立って!」
気付けば、立ち上がった芙蓉が七彩の右手首を引っ張っている。
「でも――」
「早くっ!」
その勢いに
「……っ!」
七彩が
再び二人の存在が『透明化』し、虚像天使が目標を見失った。しかし、これで二回目だ。一度破られた奇蹟である以上、その効果時間は一回目よりも
芙蓉は七彩を連れて
「どうして……」
七彩が彼の背に声をかけた。
「どうしてそこまでしてくれるの」
引っ込んでいた涙がまた出てきて、じわりと視界がにじんだ。あの
「普通の高校生には、ちょっと
「……え?」
小さな庭に駆け込んだ芙蓉は、そこで足を止めて七彩をふりかえった。
「白羽さん一人でどうにかするのは大変じゃない? だからなにか手伝いたい」
それを聞いた七彩が目を丸くした。
「普通の高校生って、わたしのこと……?」
「そうだけど?」
芙蓉が表情を変えずに七彩を見返す。
人間でもなく、天使としても不完全な七彩のことを、それでも彼は『普通の高校生』と表現する。この世界に
少し変わっているけれど、本質的には
でも、そうだとしても、やっぱりダメだ。
ぜんぶ
「芙蓉はわたしを助けようとしてくれる。それはすごく嬉しい。でも、それであなたが死んじゃったら、どうしていいかわかんない」
「白羽さん」
「わたしが言い出したことだけど、やっぱりこんなのダメ。全部わたしのわがままだってわかったから。もういいの、大丈夫。だからお願い、今のうちに――」
「七彩」
とつぜん名前で呼ばれて、七彩は思わず芙蓉の顔を見返した。
「時間がない。あの白いロボットを
「わたしの話、聞いてた?」
「聞いてた。でも、七彩のことは置いていけない」
「なんで……だって、怖くないの……?」
「めちゃくちゃ怖い。ほんとに死ぬかと思った」
芙蓉は正直にそう言うと、
「だったら――」
「でも、それ以上に、七彩のつらそうな顔は見てられない」
「僕はそんな顔を見るためについてきたわけじゃない。
そう言われて、七彩はあわてて顔を
ぐしぐしと両目をこする七彩を見て、芙蓉が少しだけ
「できることはやる。頼まれたからじゃなくて、そうしたくてここにいるんだ。七彩がどう考えてても、どう言ってても関係ない。僕はただ――」
そこで芙蓉は、赤い光が遠くに見えた気がした。
弓を持った虚像天使――〈トルカン・タイプ〉の狙撃だ。
芙蓉がとっさにと手を伸ばし、
光矢の
爆音と共に家屋が
「……!」
ふりかえると、そこには
〈制圧躯体ロゴス〉。
誰もその名を呼んでいない。しかし、背を向けた巨人は確かに少年と少女を守ったのだ。
そして、〈ロゴス〉の背中がばくりと
ふりむいた芙蓉が言う。
「僕は七彩に死んでほしくない。だから、助ける」
彼は迷わず純白の騎士に飛び込んだ。
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