お料理業務は妹と

「早耶香どうしたの? 今日いつもに増してキレッキレじゃん」


 超大手出版社「ヨドカワ」に編集者として努める私。

 初めて担当し、2年経った作家「ねぼけねずみ」事、前川香苗が資料から目を離ししみじみという感じで言った。

 彼女とは児童養護施設「愛誠院」で共に育ち、かれこれ5歳からの付き合いだ。

 文字通り家族同然。

 

 実は彼女の担当になったのも、香苗直々の願いだった。

 読書好きの中学生だった彼女に小説を書くよう薦めたのも私で、当時高校1年生の彼女にヨドカワのサイト「ヨミカキ」への投稿を進めたのも私。

 そこから19歳の彼女がコンテスト「カキコン」で大賞受賞後書籍化し、大学生と平行し作家デビューを果たすと、私も彼女を支えたくて後を追うように大学卒業後ヨドカワに入社した。

 親友ではあるが同時に運命共同体のようなものだ。

 じ、自慢じゃ無いよ。

 えへへ……


「いやいや、全然そんな事無いよ。最近他の書き手さんに結構な暴言言いまくりの人が居て、その苦情処理で忙しくてさ。確か『お昼寝ミウ』って言ってたかな。警告文を送るのってすっごいストレスでさ……」


「そういう人、一定確率で湧いてくるから大変だ……と言いたいけど、その割には全然しんどそうじゃ無いね。なんて言うか……キラキラしてる」


「ええっ!? そんな事は……ないよ。えへへ」


「あんたは分かりやすすぎ。実際、私の出した新作の企画書への意見もスッゴく的を射てるし。凄い有り難いよ。……で、何があったの? 白状しなさい。まさか……彼女?」


 唇を尖らせながら睨み付ける香苗をニヤニヤしながら見返すと、私は理子ちゃんとの雇用契約の事を話した。

 さあ、我が親友よ! 幸福の絶頂にある私を祝福するが良い!!

 ……と、思っていたら予想に反して、香苗はポカンとした後苦々しい表情で言った。


「それ、大丈夫なの?」


「え? 大丈夫って、なにが?」


「アンポンタン! 端から端までに決まってるでしょ。なによその『お姉ちゃんとして時給1500円で雇われた』って。怪しさ100パーセントじゃん。そんなうまい話無いでしょ、普通」


「いや、でも理子ちゃんは本当にいい子だから……彼女に限って大丈夫だよ」


「もう死亡フラグ立ちすぎで、立てる場所が無いくらいだっつうの。いくらカフェの常連だからって、そんな突拍子も無い提案しないでしょ」


「そうだけどさ。でも、彼女お姉さんに出て行かれちゃって辛そうだったんだよ。支えてあげたいと思うじゃん」


「なるほどね。早耶香を突き動かしてるのは、その気持ちが20パーセントで、残り80パーセントは下心ってわけ?」


 ギクッ! なぜそれを……


「分かるって。あんたメチャ年下好きだしね。それに半年前だっけ? 付き合ってた彼女と別れたんでしょ」


「うう、それ言わないでよ。香苗には散々応援してもらってたのにね」


「労力の無駄だった。だからもっと……身近に……」


 香苗はボソボソと何かつぶやいてたけど、小声でいまいち聞き取れなかった。


「ん? 何か言った? とにかく私は理子ちゃんを信じる! ヤバいな~って思ったらすぐ香苗に相談するからさ」


「ヤバいと思ったら、じゃなく会うたびに報告。あと、その理子ちゃんって子に今度会わせて」


「え! 理子ちゃん取ったらダメだよ!」


「馬鹿! 興味ないっつうの」 

 

 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


 そんなこんなでお仕事終了!

 いや~、帰りを待ってる人が居るってこんなに日々がキラキラするんだ……

 時間が一瞬で過ぎたよ。


 いそいそとお店に向かうと入り口にかかった「臨時休業」の看板をチラッと見る。

 店主のお姉さんが居なくなり、流石に現役女子高生の理子ちゃんがお店を定期的に行うのは厳しいので、目処が立つまで長期休業となったのだ。

 

 通い慣れたお店だけに一抹の寂しさも無くは無いが仕方ない。

 ただ、理子ちゃんとより密なお付き合いとなった事で、その若干の喪失感を補ってあまりある幸せがもたらされているんだ!


 などと考えながら私はお店の裏に回り、玄関から家に入った。

 お店は英国風建築だが、裏の玄関は誰の好みなのやら生活感の無い、オシャレな和風の作りになっている。

 土間は広いし、吹き抜けになってるしショッピングモールでは見たことも無いようなオシャレな照明が優しく照らしているその様子は、まるでテレビで見た高級旅館だ。


 その脇の小さなドアを開けると、中の極めて小さなスペースに置かれているタイムレコーダーをガシャリと押す。


 これで私は「理子ちゃんのお姉ちゃん」になるのだ。


 高級感満載の室内にホッとため息をつきながら、私はリビングに進む。

 するとドアが開き、中から理子ちゃんが「ぴょこ」と言う擬音が似合いそうな感じで顔を覗かせた。


「お姉ちゃん、お帰り」


「う、うん、ただいま」


 可愛い……可愛すぎて心臓止まるかと思ったよ。

 

「お姉ちゃん、もうお腹空いちゃった。何作ってくれるの?」


「うん、今夜はチキンのトマト煮とクリームチーズとかぼちゃのサラダにしようと思って」


「えっ! 凄い! 理子、チキン大好きなんだ。お姉ちゃん、分かってるね」


 そう言ってニヤリと笑うと、理子ちゃんはパタパタと駈けてきて、私の腕にしがみ付いてきた。


「理子も手伝うよ。一緒に作ろう」


「うん、ありがと。でも課題とかいいの? 残ってたらそっちは……」


「お姉ちゃん待ってる間に終わってる。だって一緒にご飯作りたかったんだもん」


 「もん」って……!

 私が言ったら張り倒されかねないような言葉も、この子が言うとなんたる破壊力。

 幸せに包まれながら、早速エプロンを着けて準備を始める。

 

 そうしてせっせと下ごしらえをしていると、急にスマホのシャッター音がしたので音の方を見ると、理子ちゃんが私を撮っていた。


「えっ!? ちょっと……撮るならもっとちゃんとした……」


「いいの。お姉ちゃんがお料理してるの初めて見たけど、凄く綺麗……ね、待ち受けにしても良いでしょ?」


 い、いやいやいや!

 自分で言うのもだけど、こんなどこにでも居る容姿の女を待ち受けなんて恐れ多い…… 

 ん? じゃあ……これって。


「ねえ……じゃあ、私も……理子を待ち受けに……いいかな?」


「えっ!? ……いいけど……恥ずかしいな」


 理子ちゃんは顔を赤くすると、ポツリと言った。


「じゃあ、後で自撮りして送るね」


 やった……ずっと理子ちゃんの作ってくれたハムエッグを待ち受けにしてたけど、やっと夢にまで見た本人を使える。


 それからは二人で料理をしながら、できあがった物を一緒に食べた。

 料理は趣味だから作るのは好きだったけど、平日の夜なんて時間も無いし味気ないしで作る気にもならなかった。

 それがこんなに楽しく出来るなんて……


「あ、お姉ちゃんチキン全部食べちゃったんだ」


「うん、ごちそうさまでした」


 理子ちゃんは私のお皿と顔を交互に見ると、ニッと笑って自分のチキンを取った。


「お姉ちゃん、あーん」


 へっ?

 

 言われるままに口を開けると、理子ちゃんは自分のチキンを私の口に入れた。

 驚いてポカンとしている私に理子ちゃんは言った。


「今度は理子の口に入れて。お姉ちゃんのかぼちゃ」


 へっ。

 焦る私に構わず理子ちゃんは小さく口を開けた。

 ううう……か、顔がメチャ脈打ってるよ。


 手を微かに震わせながら、カボチャを差すと理子ちゃんの口に入れた。

 しまった、ちょっと口が汚れちゃった。


「ご、ごめんね……口にチーズ付いちゃった」


「いいよ、全然。こうやって交換するの大好き。お姉ちゃんと一つのを食べてる、って感じがする。ね、明日は理子が作るよ。一緒にシェア出来るのでもいいよね?」


 そう言って口の周りのチーズをペロリと舐め取った。

 何か……めちゃドキドキするんですけど……

 口元をじっと見ていると、理子ちゃんが気付いたのか恥ずかしそうに言った。


「もう、口元ばっか見ないでよ」


「あ、ごめん……」


「それか……舐めたかった?」


「え!? ええ……!」 


「ふふっ、冗談」


 そうイタズラっぽい表情で言うと、理子ちゃんは食べ終わった食器をいそいそとキッチンに持っていった。


「洗うのはやるね。お姉ちゃんお仕事で疲れてるでしょ。良かったら先にお風呂入ってきて」


 あ……お風呂。

 この家のお風呂は初めて見るな。

 お風呂好きの私はワクワクしながら頷いた。

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義理の妹は私の推し 京野 薫 @kkyono

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