鏡の国のアリス

〇タイトル



〇アリスのお屋敷・茶の間


 暖炉には火が炊かれている。ダイナ、スノードロップの顔を洗ってあげている。キティ、毛糸を崩して遊んでいる。


アリス(声)「こらっ。このいたずらっ子」


 アリス、キティを抱き上げる。


アリス「また悪さして。あたし今、とっても怒ってるんだからね?」


 と、言って、抱き上げたキティにキスをする。


アリス(声)「やれやれ」


 ソファーにごろんして、毛糸玉を元に戻している。


アリス「いいことキティ。これで三回も悪さをしたのよ? ちゃんとお聞き。一つ目は、朝ダイナに顔を洗ってもらっている時、二回もにゃあにゃあ鳴きました。え、なんですって? お母さんの手がおめめに入った? それはお前が悪いのよキティ。おめめを開けていなければ、入らずに済んだの。それから、二つ目!」


アリス「あたしがスノードロップの前に、ミルクの皿を置いてやったら、お前はあの子のしっぽを引っ張って、どかせたわ。え? 喉が渇いていたですって? じゃあ、スノードロップは喉が渇いていなかったっていうの? それから三つ目!」


アリス「あたしが目を離したすきに、毛糸をほどいたでしょ? ほら、三つも悪さをした」


アリス「キティ、罰はね。来週の水曜まで取ってあるの。どんな罰かなあ? おしりペンペンかなあ? 一食抜きかなあ? うふふふ!」


アリス「よし、これでオッケー。ほら、元に戻ったぞ」


 元に戻った毛糸を、キティに見せる。


アリス「ふう。はあ、退屈だなあ……」


 ソファーの上に寝そべる。


 暖炉の上に、チェスを見つめる。


アリス「ねえキティ。チェスって知ってる? 黒か白、どっちか決めて、お互いの陣地を奪い合うゲームよ」


アリス「それぞれ王様がいて、えーっと……。チェックって言えば勝ちなの。パパがよく言ってるでしょ?」


アリス「なんかね、相手のスキを見て、如何に駒を取れるかが重要なんだって。ある意味賢い人がやるゲームみたい。よし、そのチェスをやってる、つもりごっこしましょうよ」


アリス「あたしが白の女王やるから、あなたは黒の女王ね。はい、まずあたしから」


 チェス盤の上の駒を、適当に動かす。


アリス「ほら、キティだよ次は」


 しかしキティ、そのままチェス盤から立ち去る。


アリス「あーっ! こらー!」


アリス「ゲーム中に逃げるとは卑怯なり。罰は今、執行します!」


 キティを捕まえる。


アリス「どうしよっかなあ。うーん。あっ、鏡の国へ放り出してやろうかしら」


 暖炉の上には、壁に鏡が打ち付けられている。


アリス「ほーらキティ。鏡の国で、一人ぼっち、寂しく過ごすんだよー」


 キティを鏡に掲げる。


アリス「あ、でも。鏡の国へ行けるなら、あたしも行きたいかも」


アリス「ちょうど退屈してたとこだし。キティだけ行くのはずるいわ。あたしも行くわよ。でも、どうやって入ればいいかしら?」


 キティを暖炉の上に置いて、暖炉の上に登る。


アリス「鏡は透明だから、触ったらこのまま通り抜けたりしてね。うふふふ!」


 鏡に触れた途端。手が鏡をすり抜ける。


 そして、全身も鏡をすり抜ける。



〇鏡の国・アリスのお屋敷(中)


 アリス、鏡の中の部屋をじろじろ眺める。

   

 辺りは特に、変わり映えのない部屋の中。と思いきや、壁にかかっている絵や、暖炉に置いてある時計に顔があって、アリスの方をじろじろ見ている。


アリス「あらまあ……。ん?」


 暖炉から床に降りたアリス。暖炉の方を振り向く。


王様「ねえねえ」


赤の女王「きゃあ! ちょっと、今着替え中でしょーがっ!」


 暖炉のチェス盤で着替え中の赤の女王が、王様をビンタし、王様が暖炉から落ちる。


王様「けほっけほっ! お、おい! ひどいじゃないか君!」


 全身すすだらけになる。


王様「くっそー……」


 と言いながら、炉格子をよじ登る。


アリス「かわいそうに。それじゃ、上に行くのに時間がかかってしまうわ。助けないと」


アリス「すいません。持ちますよー」


 王様を手でつまむアリス。


王様「うわあああ!!」


アリス「え?」


王様「(絶叫)はわわわわ……」


アリス「(笑いをこらえて)ぷっ。やだ、そんな顔しないでよ……」


赤の女王「おかえり」


王様「き、君!! 怖かったよー……」


 走って泣きついてくる。


赤の女王「なによ気持ち悪い」


 泣きついてくる王様を避ける。王様こける。


王様「(震えて)い、い、今。なにもいないのにっ……。なにかに掴まれた感覚がしたんだ……」


赤の女王「はあ?」


王様「ほんとなんだ! 見て、僕の手がこんなにも震えているのだよ?」


 震えている手を見せる。


赤の女王「あっそ」


 王様から立ち去る。


王様「ほ、ほんとなんだってば! なにも見えないのにさ!」


 赤の女王を追う。


アリス「……。もしかして、あたしの姿は見えてないのかしら?」


アリス「声さえも。不思議ねえ」


アリス「……。んっ」


 辺りを見渡し、なにかを見つける。


アリス(声)「本……」


 暖炉の上の、本を手に取る。


アリス「……。なにこれ?」


 本を開く。


アリス(声)「逆さ文字になって読めないわ」


 ジャバウォックの詩が逆さ文字に見える。


アリス「うーん。おっ!」


アリス「もしかして、こうすると……」


 本を開いたまま、鏡に向ける。


 すると、ジャバウォックの詩が、普通の文字で見える。



ジャバウォックものがたり 語り:アリス


そは(わ)あぶときなり ぬらなやかなる


 トーブらじゃいりぬ まひろきりして


もろじめなるもの みなボロゴーブぞ


 やはなれラースら ほしゃみえずる


「子よ ゆだんすな ジャバウォック


 そはあごもて噛み 爪もてひきさく


心せよ心せよ ジャブジャブ鳥(どり)と


 かのいかりけぶる バンダスナッチに」


手にきよらめく つるぎをばとり


 もとめてひさしき ひとのうの敵(てき)


かれ タムタムの木かげにたたずみ


 しばしいこいて おもいにしずみぬ


あららすおもいの 胸やきしとき


 目を火ともやす ジャバウォックが


なぶやえずりつつ 風まきおこしこし


 ふかつき森より あらわれいでぬ


はっし! またはっし! ひとつまたひとつ


 きよらめくやいば 受けよと切りこむ


はねたる首をば こわきにかかえ


 かれ いきまかけり そぎて帰りぬ


「討ちきたりしか ジャバウォックを


 来(こ)よ わが腕に きんらめく子よ


やんねるぬかな よろぐわしの日ぞ」


 かれ よろこびに わらがいいびきぬ


そはあぶときなり ぬらなやかなる


 トーブらじゃいりぬ みなボロゴーブぞ


やはなれラースら ほしゃみえずる



アリス「うむ。なかなかいい詩ね。ちょっとわかりづらいけど」


アリス「なんか、冒険史というか、そんな感じもするっていうか。あ、そうだ!」


  と、本を閉じる。


アリス「せっかく鏡の国に来たんだから、探訪しなくちゃ。まずはお庭を回りましょっと」


〇同・庭


 アリス、生えている雑草よりも小さくなっている。


アリス「うーん。見えづらいな。あっ、あそこの丘まで行けば、お庭の様子がよく見えるはず」


 アリスの視線の先に、新緑の丘が見える。


アリス「ダーッシュ!」


 走る。


 アリス、走っていつもより大きなお屋敷の門を出て、いつもより大きな道をまっすぐに進む。


アリス「もうすぐ丘に着きそう!」


アリス「はあはあっ……。はあっ!」


 走るのを止める。息遣いをする。


アリス「あ、あれ?」


 前を見ると、元のお屋敷の大きな門である。


アリス「おかしいな。確かに丘まで行ったのに。もう一回行ってみようかな」


アリス「はあはあ……。あれえ?」


アリス(声)「また元の家だ!」


アリス「もう。どうしてよ? ちょっと疲れたんだけど」


 と、言って、庭に向かう。


アリス「ちょっと休も」


オニユリA「どうしたの? そんなに疲れて」


アリス「え?」


ヒナギクA「汗はあたしたちの栄養にならなくってよ」


アリス「お花がしゃべった!」


オニユリB「あら。お花がしゃべるのは普通でしょ? おかしな子」


オニユリA「ところで、なにか急いでいたのかしら?」


アリス「あーえっと。あの丘見えるかしら? あそこから、ここのお庭を見たいの」


オニユリA「見にいけばいいじゃないの」


アリス「行きたいんですけど、なぜかここに戻っちゃうの」


ヒナギクB「ねえ、ここで休憩するなら、私たちとお話しましょうよ」


ヒナギクA「そうね、それがいいわ」


オニユリC「さあ、そこにかけて。地べただけど」


アリス「ううん、いいの。あたし、お花としゃべるなんて想像はしたことあるけど、実際に話すなんて初めて」


 地べたに女の子座りするアリス。


オニユリA「ほんと」


アリス「こんなすてきなことに会えるなんて」


オニユリB「まあ、すてきだなんて! あたしたちみたいなおばさんくさいのにそんな言葉、似合わないわ」


 葉っぱを自分の口元に添えるオニユリB。


ヒナギクA「ねえねえ。歌でも歌わない? ほら、あれ」


オニユリA「あなた、お花の歌をご存じかしら?」


アリス「いえ。なになに? 聞きたいわ」


オニユリA「みんな準備はいい?」


オニユリA(声)「いくわよ」


ヒナギクたちとオニユリたち、準備万端にする。


オニユリA「ワン、ツー、スリー」


お花の歌 作詞:金山アリス


赤、青、黄、白 何色でも


 お花は自由よだって 色々だもの


お花はおしゃれよ オニユリヒナギクチューリップ


 あなたもなりましょ 私たちお花に 


アリス「すてき! とてもいい曲だったわ」


 拍手する。


赤の女王(声)「なにをしているの?」


アリス「え?」


 振り向く。


アリス(声)「あっ。あなたは!」


 赤の女王が、腕を組んで、立っている。


赤の女王「もう一度聞く。なにをしているの?」


アリス「あ、えっと。お花たちとお話をしていました」


 赤の女王に近づこうとする。


赤の女王「ふーん」


アリス「はい……。はい?」


 赤の女王に近づこうとしても、赤の女王になぜか近づけない。


アリスM「なんか、どんどん女王が遠ざかっていくんだけど!」


アリス「じ、女王!」


 走るアリス。


赤の女王「はあーい」


アリス「なんか、女王に近づけないんですけど! 何度、女王に近づこうと、走っても!」


 走るアリス。


赤の女王「当たり前だ」


アリス「(息遣いをして)えっ?」


 膝を抱えるアリス。


赤の女王「この世界では、近づこうとすればするほど、物は離れていく。反対に、離れようとすればするほど、近づく」


 と言われアリス、少し考えて、反対に女王のいないところへかけ出す。


アリス&赤の女王「わあっ!」


 猛ダッシュしたアリスが、赤の女王とぶつかる。


赤の女王「バカ! そんなに勢いよく来ないでよ!」


アリス「す、すみません……」


赤の女王(声)「なに? 丘に行きたいの?」


 庭の生い茂っている雑草から二人の姿が見える。


アリス「はい。ここのお庭をよく観察したくて」


赤の女王「ったく。しょうがないわね。わたくしが連れて行ってあげるわ」


アリスM「(呆れて苦笑い)別にあんたに頼んだわけじゃ……」


赤の女王「さ、行くわよ!」


 アリスの手をつなぎ、全力疾走する赤の女王。アリス、驚く。


赤の女王「ほら、速く。もっと速く走って!」


アリス「ええっ? ああっ……」


 引っ張られるだけのアリス。


アリスM(声)「あれ? なんか、景色が変わり映えしないような」


 庭の草のまま、変わり映えしない景色。


アリス「ねえ! 着くのよね? 着くんですよねこれ!」


赤の女王「もうとっくに過ぎてる! なにもしゃべろうとするでない!」


アリス「へえ?」


アリス・赤の女王「はあ、はあ……」


 座り込んで、息遣い。


アリス「(息切れして)ちょっと……。全く、景色いっしょじゃない……」


赤の女王「それがなにか?」


アリス「や、あれほど走って、どうして? 普通、あれだけ走れば、すぐ丘に着きますよ」


赤の女王「じゃあ、さっきの二倍は早くなくちゃね」


アリス「え?」


赤の女王「なによ? あなたの国ではそうじゃないの? のろまな国ね」


アリス「(唖然とする)」


アリス「はあ。喉乾いた」


赤の女王(声)「はい」


 ビスケットを渡す。


アリス「へ?」


赤の女王「疲れたであろう。褒美のビスケットだ」


アリス「いや、でも」


赤の女王「いいから。ほら」


アリス「(仕方ない雰囲気で)ありがとうございます……」


アリス「……」


赤の女王(声)「どうした? バター味よ?」


アリス「(苦笑い)い、いただきまあす……」


アリス「(渋い顔)はむっ。うう……」


赤の女王「あっ、丘に早く着きたいなら、丘のある方の反対を行けばいいのよ」


アリス「だあーっ!!」


 ズッコケる。


〇丘の上


 爽やかな風が吹いている。


アリス「(感激)わあ……」


 アリスが感激する先は、チェス盤のように模様ができている地面。


アリス「すごーい! まるでチェス盤のようね」


赤の女王「参加するか? チェスに」


アリス「え? できるの?」


赤の女王「できるとも。あなたが白のポーンになればの話だけど」


アリス「でも、どうやって進めるの?」


赤の女王「右から二つ目のマスからスタートして、左ななめ下の八つ目のマスにゴールできたら、あなたは見事、クイーンになれるわ」


アリス「クイーン……」


赤の女王「最初の一手は、一度にニマス進むことができる。だからあなたは、大急ぎで三マス目を通り過ぎなければならない。汽車を使うといいわ。そうすれば早く四マス目に着くけれど、そこにはダムとディーの双子がいる。五つ目は、なんだったかしら? 六つ目はハンプティダンプティが、七つ目は一面の森。けど、一人の騎士が道を教えてくれるだろう。そして、八つ目に来れれば、あなたはクイーンよ。ごちそうしてあげる」


アリス「ほんとっ? よーし。がんばるぞ!」


赤の女王「ところで、なにか忘れてないあなた」


アリス「え? なにがですが?」


赤の女王「ほら」


アリス「んー?」


 首を傾げる。


赤の女王「(怒り)お礼の一言よ! 教えていただき、まことに光栄でございましたとかかんとか!」


〇駅・ホーム・中


 アリス、いつの間に駅のホームで佇んでいる。


アリス「あ、あれ?」


 無数の動物たちが、汽車に乗り込んでいる。熊の車掌が乗り込むお客におじぎをしている。


赤の女王N「大急ぎで三マス目を通り過ぎなければならない。汽車を使うといいわ」


 アリス、頭の中で赤の女王の言葉をよぎる。そして、汽車に乗り込む。


アリス「……。ここ、空いてるかしら?」


ヤギ「どうぞ」


 コートとシルクハットを纏ったヤギ。アリス、ヤギとは違う、窓際の席に着く。


 アリス、窓際に頬杖をついて景色を見る。同時に汽笛を鳴らし、汽車が発車。


熊「きっぷを拝見致します」


 扉をノックして、アリスたちのいる座席に入ってくる。


アリス「どうしよ……」


ヤギ「ん?」


アリス「あたし、きっぷ持ってないの」


ヤギ「ほう」


熊「困りますねお客さん。もう一度よく、お探しになってくださらないと」


アリス「いや、でも。気づいたら駅にいて」


熊「じゃあ、今ここでお支払いいただければ」


アリス「ごめんなさい。お金も一銭もないんです」


熊「うーん。困ったな」


 顎を手で触り、考える。


ヤギ「車掌さん。きっぷ」


 ヤギは、葉っぱを渡す。


熊「はい、確かに」


アリス「葉っぱ?」


熊「うーん、そうだ。お家の住所はわかるかな?」


アリス「あ、はい」


熊「じゃあ、ここに書いて、君の名前も。そしてそれを、駅の改札で渡すんだ。写してくれるから、控えをお家の人に渡して、また払ってもらうんだよ?」


 紙を渡す。受け取るアリス。


アリス「はい」


ヤギ「どこで降りるんだいお嬢ちゃん」


アリス「えーっと。わかんないんですけど、とりあえず次の駅で降ります」


ヤギ「うんうん。それがいい」


〇駅・ホーム・中


 汽車が駅に到着。


アリス「あんなこと言った手前、ほんとはどうしようか、皆目見当がつかないアリスであった」


アリス「それと。四つ目のマスは、ここでいいのかしら? 汽車は、一駅でも結構長かった気がするけど」


アリス「次の汽車に乗るべきかしら? でも、お金ないし」


〇森・中


 振り向くと、駅がない。辺りは森になる。きょとんとするアリス。


 アリス、辺りを見渡しながら、森を歩く。


アリス「ほんとにここで大丈夫かしら?」


 通り過ぎた茂みの中の、怪しげな目、四つがアリスを追う。

   

 その茂みから、かすかにガサガサと言いながら、アリスを追う。


 そして茂みから出てきたダムとディー、アリスの後ろに立つ。


アリス「うーん。やっぱ引き返そうか。いや、駅がなくなってるもんなあ」


 後ろで、ダムとディーが顔を向き合う。


アリス「……。ひゃっ!」


 体を後ろに向けたアリス。ダムとディーに驚く。


アリス「な、なに? いつの間にいるし」


アリス(声)「左がダム。右がディー」


 服の肩の方に、双子のと付け足され、名前が書いてある。


アリス「双子なのね」


ダム「僕たちを人形だと思ったら、見物料払って」


 しゃべったと同時、アリス、驚く。


ディー「人だと思ったら、挨拶して」


アリス「あ、えーっと、その。しゃべれるのね」


ダムとディー「どっちか決めた?」


アリス「こ、こんにちはお二人さん! あたし、今迷子になっていて。道を教えてほしいんだけど」


ダム「その前に一つ、お話を聞いてくれよ」


ディー「とってもおもしろい話だからさ」


アリス「ごめんなさい。それどころじゃないの」


 アリス、この場を離れようとする。


ダムとディー「たった十分のことさ!」


 そんなアリスを押して、倒れた木の幹に座らせる。


アリス「あたし急いでるの。だから、お話は聞かない」


 立ち去る。


ダム「カキもそうだったなあ。お母さんの言うことさえ聞いていれば、食われずに済んだのになあ」


ディー「セイウチのやつの言うことなんて、聞かなければなあ」


ダムとディー「なんて悲惨なことだあ……」


 帽子を脱いで、お互い肩を組みあう。


アリス「ねえ、なんの話なの?」


ダムとディー「教えなーい」


 アリスから離れる。


アリス「ねえ、教えてよ。お願い」


 ダムとディーを追いかける。


ダムとディー「先を急いでいるんだろう?」


 アリスを無視して、歩く。


アリス「少しだけなら」


ダムとディー「ほんとっ?」


 アリスの方を向いて、笑顔を見せる。


ダムとディー「それじゃあ!」


 アリスを押して、倒れた木の幹に座らせる。


ダムとディー「カキとセイウチの話!」


〇タイトル


〇海・砂浜


ダムN「ある日、杖をついたセイウチのおじさんと、大工の兄ちゃんが、浜辺で歩いていたんだ」


 歩いていると、おなかの音が鳴る。セイウチ、おなかに手を置く。


セイウチ「うーむ。腹が減っては戦はできぬだ」


大工「でも、この辺はなんにもないぜ?」


セイウチ「なにを言っとる? あるだろ。なんでも揃ってる、究極のバカンスが」


大工「ああ?」


 と、言うと、セイウチに首を持って、海の方を見せられる。


大工「ああ! 海か」


セイウチ「今に見てろ。今から、食材を調達してきてやる」


 と、言って、海へ向かう。


〇海・中


セイウチ「(歓喜)おー!」


 びっくりしたカキたち、殻に隠れる。


セイウチ「やあ、カキ君。世間話をしよう」


セイウチ(声)「わしといっしょに楽しい話をしようじゃないか」


 カキの子供たちが殻から顔を出す。


カキA「ほんと?」


セイウチ「もちろんさ。しかも、海より楽しい陸でね」


カキB「海より楽しい?」


セイウチ「ああ。例えば、森というところや、砂浜という場所。他にもたくさん楽しいところがある」


セイウチ「海なんて、魚かサンゴがいるくらいだろう。陸はいろいろなものがある。今日は君たちを、陸へ案内することにしよう」


カキの子供たち「わーい!」


カキたちの母「待って坊やたち! 陸は危険がいっぱいだって、前に話さなかったかしら?」


カキたちの母「陸には、いろいろなものがありふれてるからこそ、危険がいっぱいなのよ。例えば、私たちカキを、取って喰らーー」


 言い終わらないうちに、セイウチの杖で、殻を閉ざされる。


セイウチ「さあついといで。陸へ行こう!」


 後に続くカキの子供たち、ウキウキしながらついてくる。


〇海・砂浜


大工「……。お、セイウチ! 食材をよこしてーー」


 砂浜に座って待っていた大工、口を押えられる。


セイウチ「さあさあ。そこに並んでかけて」


セイウチ「さあてと。まずはどうするかな?」


 ニヤリとカキの子供たちを見ながら、舌なめずりをする。


 セイウチ、大工を睨んで合図。大工、ウインクして、走り去る。


セイウチ「よーし、おっほん。じゃあ、まずこの話からいくかな。えーそれは……」


 と、話そうとすると、おなかが鳴る。カキの子供たち、顔を合わせる。


セイウチ「もうーっ、我慢できん!」


 カキの子供たちを一気に抱きかかえる。カキの子供たち、悲鳴を上げる。


〇台所


大工「パンだろ? それから、酢だ。えーっとえーっと。あ、コショウ!」


 台所をぐちゃぐちゃにしながら、見つける。


〇海・砂浜(夕方)


大工「セイウチのだんな! 用意しったぜー!」


セイウチ「(泣いて)おーいおいおい! おーいおいおい!」


大工「おいおい。らしくねえな。なに泣いてんだよ?」


セイウチ「(泣いて)なんてみじめなんだ、ひっく! ごめんよ、君たちを、ひっく! そんなことする気はなかったんだ。天に召しても許してくれよ?」


ディーN「大工の兄ちゃん、覗いたならば」


ダムとディーN「カキは一匹残らず食われてる!」


 カキの子供たちの空の殻。


大工「おいおい。俺のも残しといてくれよ、この大飯喰らい」


 泣いているセイウチとその肩に両手を置く大工のシルエット。バックに夕日がある。


〇森・中


ダムとディー「めでたしめでたし!」


アリス「どこがめでたしよ?」


ダムとディー「教訓もあるだろ?」


アリス「まあ、そうだけど」


ダムとディー「じゃあ次のお話いってみよう!」


アリス「あ、でもあたしもう行かなきゃ」


ダム(声)「これは昔々、あるところに」


 飛んできた鳩が、フンをダムの頭に落とす。


ダム「お? ぎゃあああ!!」


 フンがついて、発狂。


ディー「なな、なんて鳩だあー!」


アリス「ちょっと」


ダム「(怒り)許さねえー! あの鳩め!」


ディー「(怒り)成敗してくれるわ!」


アリス「そんなに怒らなくても!」


ダムとディー「ふんっ!」


 鍋を頭にかぶり、毛布が鎧に、テーブルクロスがマントに、鏡を腹に巻き付けて、木の棒を持つ。 


ダムとディー「今こそ決闘だ!」


アリス「鳩でしょ相手は」


 呆れて、手を腰に当てる。


ダム「ディー。お前は鳩の後ろから狙え」 


ディー「ダム。お前は前からな。よーし」


ダムとディー「いくぞーっ!」


 かけ出す。


アリス「……。やれやれ」


アリス「とりあえず先を急ごう。こんなところで、えーっとえーっと……。アブを売ってる場合じゃない!」


 胸を張る。


アリス「ん?」


 胸を張るアリスの頭上に、白いショールが舞う。


白の女王(声)「待ってー。待ってー」


 アリスの目の前に、白いショールが来て、アリス、ショールを手に取る。


アリス「あの!」


白の女王(声)「っ! これはこれは。大変助かりました」


アリス「(顔をしかめて)げっ。その頭……」


白の女王「え? ああ、全くですわ。櫛ったら、髪に絡むのですのよ?」


 ボサボサでくるくるぱーな頭をしている白の女王。


白の女王「おまけにこのショールときたら。ピンで止めようにも、バタついて言うこと聞きゃしないの」 


アリス「そりゃ、風が少しありますしね」


アリス「手伝いましょうか。あたし、おしゃれは得意なので」


白の女王「まあ、なんてやさしい子。じゃあ、お言葉に甘えて」


 切り株に腰をかける白の女王。


アリス「うわあ……。ずいぶんと派手にボサボサに」


白の女王「ねえ? あなた、わたくしの言うことを聞かない悪い髪を、叩いてやって」


アリス「いや、それは……」


アリス「女王様! 髪は、まず水で濡らすと、櫛でとかしやすくなりますよ?」


白の女王「濡らす? ひゃっ! お、お風呂でもないのに?」


 と、スプレーで髪を濡らされる。


アリス「いや、お風呂とは違いますよ。こうすると、すぐ整うんですから」


 白の女王の頭を、櫛でとかす。


白の女王「へえー」


アリス「ほら、整ってきましたよ」


白の女王「ほんと? 嬉しいわ」


 アリスに白の女王、ショールをかけてもらう。ピンで止めてもらう。


アリス「これでいいですか?」


白の女王「上出来! さすが、初めて会うのに立派なものだわ」


アリス「こちらこそ光栄です」


白の女王「あなたを召してあげる。お給金は、毎週二ペンス、一日おきにジャムを支給するわ」


アリス「あ、いや。別に雇ってほしいとは……」


白の女王「だって気に入ったんだもの」


アリス「いや、しかし……」


白の女王(声)「最高級のジャムよ?」


アリス「(困惑)いや、あの女王様……」


アリスM「第一、あたしはまだ子供よ? そうだ!」


アリス「今日はどのみち、ジャムはいりませんので。さよなら!」


 と言って、回れ右する。


白の女王「昨日と明日のジャムをあげるのよ? 今日あげるわけないじゃない」


アリス「はあ?」


白の女王「一日おきのジャムですものね。今日はないわよ?」


アリス「はあ。でも、あたしどのみち雇われる気は……」


白の女王「きゃああああ!!」


アリス「え、な、なになに!」


白の女王「ゆ、指があ……。指があ……」


 左指を押さえ、呻く。


アリス「あの、どうしたんですかっ? お医者様呼びましょうか?」


白の女王「(苦しみながら)いえ……。それはわたくしがケガをしてからで……。いいわよ?」


アリス「(困惑)はあ……」


白の女王「(苦しみながら)わたくしは、先に起きることを記憶することができるの。もうすぐこのショールのブローチが外れる。そして、不意に受け取ろうと手を取った時! ケガをする……」


アリス「じゃあ、今から取れないようにしましょう」


白の女王「ダメよ!」


アリス「な、なんで?」


白の女王「未来は変えられないわ。変えたら、過去が崩壊してしまうもの……」


アリス「(困惑)崩壊?」


白の女王「だから、お嬢さん」


アリス「は、はい」


白の女王「わたくしを……。笑って見届けて!」


 キラキラと輝きながら、笑顔を見せる。


アリス(声)「おっしゃってることが、よくわからないのですが」


白の女王「取れた!」


 ショールを止めているブローチが取れる。


 落ちるブローチを、手で受け取ろうとする白の女王。アリス、口をあんぐりして見る。


 そして、グサッと音を立てる。


白の女王「ほら。なぜ血を出したか、わかったでしょう?」


 やさしい笑顔で、指から出た血を見せる。


アリス「(唖然)あ、は、はい……」


アリス「でも、どうして今悲鳴を上げないんですか?」


白の女王「もう済んだことでしょ?」


白の女王「めえええ! めえええ!」


アリス「え?」


 白の女王、羊の鳴き声を、だんだん甲高くしながらする。


〇雑貨屋・中


羊「いらっしゃい」


 カウンターに、羊のおばあさんが編み物をして座っている。


アリス「あ、ども」


アリス「どういうこと? さっきまで、森の中にいたのに……」


 アリス、店内をぐるりと見渡すと、店の商品たちは、そろそろとアリスから逃げるように、動き回る。


羊「あんたは子供なのかい? 駒なのかい?」


 5,6個の毛糸をいっぺんに編みながら、聞く。


アリス「すご……」


羊(声)「あんた、ボートは漕げるかい?」


アリス「ん?」


〇池


 アリス、羊を乗せて、ボートを漕いでいる。


アリス「(キョロキョロして)あれ? えっ?」


羊「ほら、櫂だよ。しっかり掴んでないと取られてしまうじゃないか」


アリス「貝?」


 頭に、海の貝を思い浮かべる。


羊「ほら、櫂だって」


アリス「どこにあるの?」


羊「櫂と言っとるのに聞こえんのかい?」


アリス「だからどこにあるの?」


羊「はあ。まったく〝かい〟がないねえ、あんたって子は。何度注意しても聞きゃせんのだから」


アリス(声)「あ、トウシングサ!」


 遠くから見える。


アリス「ねえ。トウシングサがあるんだけど。取ってもいい?」


羊「ボートを止めることにゃ、私にはできないね。止めたきゃ、あんたが漕ぐのをやめればいい」


 編み物をしながら言う。


 アリス、櫂を持つ手を止めると、流れのままに船は動き、トウシングサの間に来る。


 船が寄ると、アリス、水に腕を付け、トウシングサを抜く。


アリス「やった!」


 しかし、トウシングサは、雪のように溶けてなくなる。


アリス「あらら?」


羊(声)「さて、お嬢さん。なにを買うつもりだい?」


アリス「なにを?」


 振り向く。


〇雑貨屋・中


アリス「またいつの間に……」


羊「この卵なんてどうだい? 今ならたったの二つで、二ペンスだよ」


アリス「じゃあ、卵をいただくわ。一つでいいの」


 財布を出すアリス。


羊「一つだと高くなるよ? 五ペンス一ファージング」


アリス「なんで?」


アリス「まあ、じゃあ二つでいいわ。その方がお得だしね」


羊「でも、二つ買ったなら、卵を二つ食わなくてはならない」


アリス「じゃあ、一つでいいわ。懐に余裕はあるもの」


〇雑貨屋・外


アリス「あら?」


 一つ卵が、アリスの白いエプロンのポッケから、逃げる。


アリス「ったく。こんなおかしな雑貨屋。初めて来るわ。待ってー!」


 呆れて、卵を追いかける。


〇お屋敷の外塀前


アリス「……。まあ!」


 ハンプティ・ダンプティ、足を組んで塀の上に座っている。


アリス「卵が、ハンプティ・ダンプティになっちゃった……」


ハンプティ・ダンプティ「(怒り)だーれが卵じゃーい!!」


 驚いて、目を丸くするアリス。


アリス「え?」


ハンプティ・ダンプティ「俺は怒っているんだぞ? きさま、よくもこの俺様を卵呼ばわりしてくれたな。ああん?」


 アリスを上から睨む。


アリス「いっ……」


 少しドキッとするアリス。


アリス「ごめんなさい。あまりにも似ていましたから。でも、卵にも、可愛いものがあるんですよ?」


アリス(声)「あれ?」

   

 ハンプティ・ダンプティ、そっぽを向いたままである。


ハンプティ・ダンプティ「きさま、名はなんだ?」


アリス「え?」


ハンプティ・ダンプティ「名はなんだと申しとるのだ」


アリス「ああ。アリスと申しますけど」


ハンプティ・ダンプティ「アリス。バカげた名前だな」


 言われて、ムッとしたアリス。


ハンプティ・ダンプティの詩 語り:アリス


ハンプティ・ダンプティ 塀の上


 いばりくさって 座ってた


ハンプティ・ダンプティ ずってんどう


 まっさかさまに 落っこちた


王様のお馬が 出向いても


 家来が総出で 引っ張っても


ハンプティ・ダンプティ どうしても


 元通りには 戻せなかったんだとさ


アリス「うーん。詩にしては、おしまいの行が長すぎるわ」


ハンプティ・ダンプティ「なんだそれは?」


アリス「ふん。あなたに対して思ったことを、率直に歌った詩だわ」


ハンプティ・ダンプティ「そんなことより用件を言え。俺様の前に立っているということは、なにか用件があるということなんだろ?」


アリス「えー?」


アリス「じゃあどうして、一人でそこにいるの?」


ハンプティ・ダンプティ「簡単なことだ。だあれもここにいないからだ。それしきのなぞなぞ、答えられぬとでも、思ったのか?」


アリス「地面の方が安心じゃない? ほら、あなた丸いし」


ハンプティ・ダンプティ「じゃあ、次の質問へいけ」


アリス「えー?」


アリス「じゃあ、ジャバウォックの詩の意味を、教えていただけるかしら?」


ハンプティ・ダンプティ「おお、いいだろう。俺は言葉の意味なら、なんだって訳すことができる」


ハンプティ・ダンプティ「どら。その詩とやらを見せてみろ」


   アリス、ジャバウォックの詩が書かれた本を見せる。


ハンプティ・ダンプティ「うんうん。うむ……」


アリス「どう?」


ハンプティ・ダンプティ「わかったぞ。順を追って、説明しよう。耳の穴かっぽじってよおく聞け」


ハンプティ・ダンプティ「そはあぶときなり。この、〟あぶとき〟とは、午後四時のことだ。晩飯の準備で、いろいろあぶり始めるだろ」


アリス「なるほどねえ。じゃあ、ぬらなやかは?」


ハンプティ・ダンプティ「ぬらぬらでしなやか。すばしっこいという意味だ。旅行鞄のように、二つの意味が、一つにまとまってると、思えばいい」


ハンプティ・ダンプティ「トーブはアナグマみたいなもんだ。トカゲにも似ているし、コルク抜きにも似ている生き物だ」


アリス「じゃあ、ずいぶんへんとこりんな恰好してるのね」


ハンプティ・ダンプティ「やつぁ、日時計の下に巣をかけて、チーズを食用としとる」


アリス「で、じゃいりぬは?」


ハンプティ・ダンプティ「ジャイロスコープみたいに、ぐるぐる回った、という意味さ」


アリス「じゃあ、まひろは、日時計のまわりの芝生のことね。でしょ?」


ハンプティ・ダンプティ「もちろんそのとおり。真ん前にも、真後ろにも。広々と広がっているから、まひろという」


アリス「真横にも、広がってるのね」


アリス「じゃあ、次は」


ハンプティ・ダンプティ「ここから先は自分で考えろ」


アリス「え? でも、あたし」


ハンプティ・ダンプティ「もう三つも答えたぞ質問に。暇なら他に当たれ、さあ!」


アリス「えー……」


ハンプティ・ダンプティ「おわっおっとっと! うわあ!」


   風が吹き、塀から落ちるハンプティ・ダンプティ


アリス「きゃっ!」


   ぐしゃっと音がする。


アリス「あらまあ」


 ハンプティ・ダンプティは地面で割れてしまう。


アリス「……。ん?」


 遠くから、なにかが迫る、足音がする。


兵隊たち「わあーっ!!」


 鎧を着た兵隊たち、馬に乗って走ってくる。


アリス「え?」


 振り向くと、反対からもやってくる。


アリス「ひえーっ……」


兵隊たち「わあーっ!!」


 兵隊たち、剣を突き合い、戦をする。


アリス「な、何事かしら? とりあえず、この場は逃げた方がよさそうかも」


 茂みに隠れたアリス、コソコソしながら去る。


〇街


ライオン「おーおー! 言ってくれるじゃねえか。だがな、白のキングの王冠を手に入れるのは、この俺様だぜ!」


ユニコーン「甘いですね。白のキングの王冠は、この私が手に入れてみせますよ?」


ライオン「っ! 決闘だ!」


 かけ出す。


ユニコーン「負けても恨みっこなしですよ?」


 かけ出す。


 他の動物たちに紛れて、アリスもその決闘を覗く。


 ライオンとユニコーン、木の棒でチャンバラをしながら、戦う。


ライオン「きさまのシンボルである、その一角を折ってやらあ!」


ユニコーン「あなたの自慢である歯を折ってあげますよ!」


ライオン・ユニコーン「たあーっ!!」


 お互いに向かい、走る。


アリス「木の棒でどう折るのよ?」


 すると、太鼓の大きな音が、鳴り響く。動物たちが去る。ライオンとユニコーン、戦いを止める。


ライオン「続きはナイトがしてくれるのか」


ユニコーン「そのようですね」


 と、言って、二匹も去る。


 そして、まわりはアリス以外、誰もいない。


アリス「……。あっ」


 アリスが向く方は、赤のナイト、白のナイトが、お互いに馬でやってくるところ。


 赤のナイト、白のナイトは馬から降りて、もっとお互いの距離を近づける。


赤のナイト「久しぶりだな、白」


白のナイト「お主こそ、赤。老けたな」


赤のナイト「ふっ。それはお互い様だろが」


白のナイト「王の王冠は、命に代えても守る」


赤のナイト「命に代えたら守れんだろが。まあ、わしは……」


 と言って、剣を抜く。


赤のナイト「五十年前の、落とし前をつけるためにも来たからな!」


 赤のナイト、白のナイトに剣を振りかざす。間一髪で、白のナイト、剣を出し、ガード。鋭い音を鳴らしながら、決闘する。アリス、陰で決闘を見ている。


赤のナイト「はあーっ!!」


白のナイト「くっ」


 白のナイト、剣をはじかれて、剣が遠くへ飛ぶ。


赤のナイト「はっはっは! どうした? 腕が鈍ったか?」


 白のナイトの首元に、刃を向ける。


アリス「ぴやあ……」


 手で顔を覆う。


赤のナイト「さあ、これで終わりだ。わしの勝利だ!」


白のナイト「……」


赤のナイト「五十年前の勝利。わしが取ったり!」


 白のナイトに、剣を刺そうとする。


 が、白のナイトがとっさに避け、赤のナイトの剣を奪っている。


赤のナイト・白のナイト「……」


 白のナイト、赤のナイトの後ろで背を向けて、剣を持っている。


赤のナイト「そんな、バカな……」


 赤のナイト、たんこぶを付けて倒れる。


アリス「峰打ち!?」


 白のナイト、赤のナイトのいる方を向く。


白のナイト「最愛の友、赤よ。お前のことは、一生たりとも忘れんぞ」


白のナイト「また、天で会おう」


 赤のナイトの剣を、倒れている赤のナイトの横に置く。


アリス(声)「あ、あの!」


白のナイト「ん?」


白のナイト(声)「君は……」


アリス「あ、えっと、その……。道に、迷っちゃって」


白のナイト「なら、ついといで。わしの相棒に乗って、案内してやろう」


 馬に乗る。


アリス「(笑顔)わあ……」


〇森


アリス「ねえ。どうして戦っていたの?」


白のナイト「王。すなわち、我々白の王様の、王冠を狙って、赤の軍団が攻めてきたのだ」


アリス「なんで?」


白のナイト「権力を奪うためだ。権力さえ取れば、彼らは天下一になれる」


アリス「ふーん。それで、あの赤のマント着たおじさんと、戦ってたんだ」


白のナイト「赤のことか」


白のナイト「赤のナイトは、わしの旧友だった。五十年前、まだ二十歳だった頃、わしらは剣の腕で争う仲だった。だが、ある日。腕を認められ、 お互いに城の軍として、配属されることになった。わしは白で、あいつは赤。それから、わしらは仲良くしてはいけない者同士となった」


アリス「なんてかわいそうなの。そんなの、断ればいいのに」


白のナイト「はっはっ! 王には逆らえんからな」


アリス「そうなの?」


白のナイト「だが、赤のやつ。最後までわしと交わした約束を、忘れなかったようだな」


アリス「約束?」


白のナイト「ああ」


〇草原(回想)


T『五十年前』


若い赤のナイト「いいか。俺に勝ちたきゃ、すぐ勝てる発明をして、俺に勝つんだな」


若い白のナイト「ええ? ただ剣を打つだけじゃダメなのか?」


若い赤のナイト「当たぼうよ!」


若い白のナイト「よーし!」


若い白のナイト「お前にわざと剣をはじかれる。そして、剣がなくなった俺に、お前が刃を向けようとして、俺はお前の剣を奪い、峰打ちする。どうだ、りっぱな発明だろ?」


若い赤のナイト「果たして、それができるかな?」


若い白のナイト「問題は、お前から剣を、奪えるかだ」


若い白のナイト・若い赤のナイト「あっはっはっはっはっは!」(回想終わり)


〇森


白のナイト「というわけなのだ」


アリス「はあー?」


白のナイト「他にも、わしオリジナルの発明を紹介しよう」


アリス「あ、いや。もういいですよ?」


白のナイト「ぱんぱかぱーん!」


 小箱を掲げる。


アリス(声)「小箱?」


白のナイト「なにに使うかな?」


アリス「さあ?」


白のナイト「小箱なんだ。物入れに決まっとる」


アリス「ですよねー」


アリス「でも、下がぽっくり空いてません? これじゃ、物を入れても、こぼれちゃいますよ」


白のナイト「ハチの巣になるんだよ。ほれ、こうやって木にかけると……」


 馬から降りて、木の枝に縄をくくって小箱をぶら下げる。


白のナイト「これで、ハチが巣をかけるであろう」


アリス「まあ、はい。うん……」


アリス「早く行きましょう。あたし、クイーンになるために、先を急いでいるんです」


白のナイト「ほう、そうかそうか。では、相棒に乗って」


白のナイト「まだまだこの先まっすぐだ。着くまでの間、歌でも聴かせてやろう」


アリス「え、ほんとですか?」


白のナイト「ああ。目を閉じて、木の葉が風で揺れている音を、メロディーにしながら聴くといい」


『年取ったじじいの老人』われすべてを捧ぐ これぞわがすべて 作詞:金山アリス


話をしよう それは昔々のお話


 昆虫採集に 出かけた時に 


木戸の横木に じじいが座ってた


(おいじじい。どうやって暮らしを立てている?)


(街角に出て、パンを売っとる。船乗の男しか買わねえ。)


だけど、話中 わしは発明中で


 じじいの話なんて 素通りしてた


だけど、じじい 静かに微笑んで


(見ろ。ローランド印の髪油は、こうやって作るのさ。これでも、たったの二ペンス半。ははっ!)


わしはやっぱり 発明に夢中


 結局じじいのことなんて 知る由もなかった


あの日のことを 思い出すたんびに


 わしは幼かったと 泣けてくるんだ


あのじじい 今は


 木戸に座っていた あのじじい


白のナイト「もう何ヤードもない。丘を降りてあの小川を越せば、君は女王になれるはずだ」


アリス「ほんと? ありがとう、おじいさん」


白のナイト「長くはかからん。最後に、一つだけお願いがある。わしがあの角まで行ったら、ハンカチを振ってくれ。そしたら、勇気が湧くことだろう」


アリス「ええ、約束する。今日は送ってくださってありがとう。あと、歌とってもすてきだったわ」


 白のナイト、微笑む。そして、馬に乗って、去る。アリス、ハンカチを振っている。


アリス「さようならー!」


 ハンカチを振りながら別れを告げる。


アリス「ふう。さて、行きますか。これで、八つ目のマスに行けたってことかしらね。よーし!」


 アリス、走る。小川を越え、丘のてっぺんに向かって。


〇丘の上


アリス「頂上だあー!」


 そよ風が吹く中、大声で叫び、こだまする。


アリス「ん? なんか頭が重い」


アリス「なんなのよもう」


 頭の上のものを、持ってみる。


アリス「(驚いて)こ、これは……」


 アリスが手にする物は、金の王冠。


アリス「クイーンに。クイーンになったんだ!」


アリス「あら? 女王様?」


 いつの間にかアリスのわきに、ぴったりくっついている赤の女王と白の女王をキョロキョロ見つめるアリス。


赤の女王「話をするのは、誰かが話をした時だけにおし」


白の女王「ねえあなた。パンをナイフで割る。答えはいくつ?」


アリス「そんなのわかりませんわ」


赤の女王「あなたはわり算ができないの? 答えはバタつきパンでしょ?」


白の女王「もう一問! 犬から骨を引くと、なーんだ?」


アリス「いや、その……」


白の女王「答えは、犬の“われ”でしたー!」


赤の女王「あらあら。ひき算もできないのね」


アリス「そんな問題初めて聞くわ。わり算とひき算とは、とても思えませんでした」


赤の女王「もっと勉強をおし。それじゃあ、りっぱな女王になれないわよ?」


アリス「ええ?」


アリス「えへへ、女王様。あたしも、あなたたちと同じ、女王になりましたよ」


 前に立って、王冠を被った姿を見せる。


白の女王「おめでとう!」


 拍手する白の女王。


赤の女王「ほう。ひき算わり算ができない割に、よくやった」


アリス「今までいろいろな不思議な出来事にあったわ」


赤の女王「どんな?」


アリス「えーっと。まず、赤の女王様と会う前に、おしゃべりができるオニユリやヒナギクと出会い、それから汽車に乗りました。切符がなくて、途中で降りたんですけど」


 オニユリ達と会ったシーンや汽車のシーンが出てくる。


アリス(声)「それから、双子のダムとディーに会いました。彼らからは、楽しいお話を聞かせてもらいました」


 ダムとディーニュ出会ったシーン。


アリス(声)「その次は、ハンプティダンプティに会いました。ジャバウォックの詩を、解読してもらいました」


 ジャバウォックの詩を解読してもらっているシーン。


アリス(声)「最後に、白の騎士に出会いました。歌を聴かせてもらいました」


 白の騎士に馬に乗せてもらっているシーン。


アリス「そして見事、女王の座に立てたのです!」


 いつの間にか、赤の女王白の女王が、アリスの膝を枕にして、寝息を立てて寝ている。


アリス「(困惑)あ、えっ? はい?」


アリス「あ、あのー。女王、様?」


 困惑するアリスに寝息を立てる女王たち。


アリス「もう。一体なんだってのよ。ん?」


アリス(声)「アーチ? なんでまた」


 目の前に、花のアーチ門がある。


アリス「……。あれ、女王がいない。あれ? あれ?」


 いつの間にかいなくなった女王をキョロキョロ探す。


 アリス、アーチ門に近づく。


アリス「あっ、なんかある」


アリス(声)「アリス女王。あたしのことね!」


 表札がある。


アリス(声)「なになに。お客様用、召使い用?」


 アリス女王の表札から目線を移動して、左右の表札を見る。


アリス「なるほど。左がお客様、右が召使い用の入り口ってことね。でも、女王はどこから入ればいいのかしら? きっと、女王様用があるはずよ」


アリス「あ、すいません。女王様って、どこから入ればいいですか?」


 通りすがりのカエルに聞く。


カエル「は?」


 耳をすます。


アリス「女王様は、どこから入ればいいですか?」


カエル「なんて?」


 耳をすます。


アリス「(ムッとして大声で)っ! だから、女王様はどこから入ればいいのーっ!」


カエル「(聞こえて)ああ! そうね」


カエル「招待されてるに越したことはないから、こっちじゃないかい?」


 お客様用の表札に指差す。


アリス「あ、そっか。ありがとう」


カエル「は?」


耳をすます。


アリス「よーし。さっそく入るぞ」


 アリス、そのアーチ門をくぐる。


〇パーティー会場・中


 扉を開けて、アリスが佇んで見るのは、テーブルを囲んで、動物たちや花たちがワイワイしている情景。


 アリス、自分の座る席へ移動。席は、上座。


アリス「まあ。女王が来たってのに、誰もなにも言わないのね」


赤の女王「皆の共、注目!」


 号令をかけると、一気に沈黙。


赤の女王「ではさっそく。アリスの女王になった記念として、ディナーパーティーを開始する。始めに、料理だ。持ってきてまいれ」


アリス「……。まあ!」


肉「どうも」


 肉が机の上で二足で立ち、会釈。


肉「では、一切れ致しましょうか」


赤の女王「紹介した者を切るのは、エチケット違反だ。下がれ」


アップルパイ「どうも、一切れ致しーー」


アリス「待って待って。紹介はいいわ。食べられなくなるもの」


 アップルパイの紹介を遮るアリス。


赤の女王「下がれ!」


アリス「ええっ?」


アリス「あの、これじゃいつまで経ってもごちそうにありつけないんじゃ……」


赤の女王「なら、お祝いの賛歌といくか」


アリス「賛歌?」


赤の女王「皆も歌うのだ。ほら、席を立って」


 他のお客さん方、わらわらと席を立つ。


赤の女王「アリス、女王に昇進を祝って」


 白の女王がピアノを弾く。


アリス、おめでとうの賛歌(ともだち賛歌の替え歌) 作詞:金山アリス


アリス おめでとう アリス おめでとう


 ここまで来れたのは 君の努力


へんてこてこてこりんの 仲間たちに出くわしても

 

 よくここまで来れた すごいぞアリス


今日はとことん食べよう 今日はとことん飲もう


 今日はとことん楽しもう 女王アリス


アリス「ブラボー、ブラボー!」


 拍手する。


赤の女王「赤ワインを持ってまいれ!」


アリス「あっ。あたし、お酒は飲めませんわ」


白の女王「まあかけて。アリス、なぞなぞを一つ、出題しましょう」


アリス「ええ、ぜひ」


 上座にかける


ピアノでなぞなぞ 語り:白の女王、赤の女王


「はじめにお魚つかまえな」


それは簡単、赤とんぼだって止まれする


「お次はお魚買ってきな」


それは簡単、一ペニーあれば買えまする


「それからお魚料理しな」


それは簡単、ちょいちょいちょいと料理して


「済んだらお皿に盛り付けな」


それは簡単、はなからお皿に入っている


「こっちによこしな食べるから」


それは簡単、お皿をテーブルにちょいと乗せ


「お皿の蓋を取り除けな」


これは大変、硬くてわたしゃ外れない


中にお魚閉じ込めて


これは大変、蓋がお皿にぴったんこ


謎はおしまいさてみなさん


どっちが簡単? 蓋を取るのと謎を解くのと


白の女王「一分待ってあげる。はい、答えはなんでしょうか」


アリス「(慌てる)え、ええっ?」


赤の女王「ほら、これで先ほどのひき算とわり算ができなかったことが、帳消しになるわよ?」


アリス「あ、やあ、えっと……」


 動物たち、グラスを頭に逆さに置いて、逆さのグラスに注いで流れ出たワインを舐める。瓶をひっくり返して、テーブルから流れ出るワインを飲むものもいる。羊肉の皿にある、おつゆを舐めているカンガルー一家。


アリス「うわあ……。なんてお行儀の悪い」


赤の女王「あんたね、歌まで披露してもらったんだから、感謝の言葉を考えてるでしょうね?」


 アリスに左からくっついてくる。


アリス「えっ?」


白の女王「感謝の“か”の字もないの? いけない子」


 右からアリスにくっついてくる。


アリス「あ、あの。苦しいですぅ……」


アリス「わ、わかりましたわかりました! 今から皆様に、感謝を述べたいと思います」


赤の女王「皆の共! 女王アリスから、感謝のお言葉だ!」


 アリスが席を立つと、みんなが注目する。


アリス「(感謝のお言葉をアドリブで)」


 話している途中で、白の女王が後ろからアリスの髪を引っ張る。   


アリス「な、なにっ?」


 アリス、前を見ると、ろうそくが竹のように巨大化しており、お皿がフォークを足にして、走り回っていた。


アリス「っ! し、白の女王?」


 ハッとして、後ろを向く。が、そこには先ほど会釈した肉がいる。


白の女王(声)「ここですよー」


アリス「ええ?」


 振り返るアリス。白の女王、テーブルにあるスープから顔を出しており、たちまち沈んで消える。他にも、そのスープの中には、お客さんである動物や花が沈んでいる。


アリス「きゃっ!」


  しゃもじが、飛んでぶつかってくる。


アリス「(ムッとして)もうー、許さないわよ!」


 怒ったアリス。テーブルクロスを引いて、上にある食器たちを床に落とす。食器はすべて割れる。ろうそくも、アリスとは反対側に、倒れる。


アリス「(怒り)もう、あんたったら!」


 ぬいぐるみサイズの赤の女王。テーブルの上で、飛んでいるショールを楽しそうに追っかけている。


アリス(声)「(怒り)あんたったら!」


 赤の女王を抱き上げる。


アリス「(怒り)あんたなんて、子猫にしてやるから!」


アリス「ぐぬぬぬぬ~!」


 赤の女王を揺する。だんだん視界がぼやける。


〇アリスのお屋敷・中


 アリス、キティを抱き上げている。


キティ「にゃあ」


アリス「……。赤の女王陛下が、“にゃあ”と言うんじゃありません!」


アリス「すてきな夢から覚ましちゃって。キティ、ちょっとこっちいらっしゃいよ」


 キティを抱いて、ソファーに来る。


アリス「あんたは赤の女王だったのよ。よくも、あたしのことひき算ができないおバカさん呼ばわりしてくれたわね」


アリス「ダイナ、まだスノードロップの顔を洗ってあげてるの?」


 ダイナ、スノードロップの顔を洗ってあげている。


アリス「あのね、白の女王に顔を洗ってあげてるのよ? もう少し、やさしく洗ったげてね」


アリス「ダイナは、夢の中では誰だったと思う?」


 ダイナの方まで近づき、肘をついてうつ伏せになる。


アリス「ハンプティダンプティになったんじゃなあい? ごめん、やっぱ自信ないや。でも、まあいっか!」


〇同・外観


アリス(声)「お前たちに、大工とセイウチの話をしてあげるよ。ほら、キティも足舐めるのは、後でいいでしょ? ダイナも顔洗い終わった? じゃあ、集まって。って、おいおい。ダイナ、どこ行くのかな? スノードロップちゃんも。ちょっと、あたしのお話聞きなさいよ!」




               THE END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みまちよしお脚本大全集 みまちよしお小説課 @shezo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ