第43話 後日譚、エラの子供

 まるで何事もなかったかのように、日常は過ぎていく。『あの日』殺し屋もかなりの数が減ったらしく、力の継承もされないまま死んでいった殺し屋達のおかげで、ローディア王国はかなり平和になった。

 そういう意味でもバック=バグと、ウェイ=ヴォイスは英雄だろうと考えるエラ=フィールド。

 今日は特別な日だった。彼に呼び出されたエラはおめかしして行って驚いた。指輪を渡され涙を流すエラは彼と結婚した。

 やがて幸せな日々を送る毎日だったが、時々思い出すのだ。バックとウェイと歩んだ日々を、そしてあの日できなかった後悔を。

 時々黄昏れるエラに彼は尋ねる。

「昔の男でも思い出してるの?」


 嫉妬交じり冗談交じりに言う夫に微笑んでキスをするエラは話し始める。

「前に大切な友人が死んだことを言ったよね?」

「ああ、事故だったんだろう?」

 事故ということになっている。

「その二人を思い出すの」

 大切な友人だと語り継ぐエラに困った顔をした彼。

「流石に故人には勝てないかな?」

 エラは笑った。そんなことない、バック、ウェイ、シャル、博士、皆が守った未来がここにある。

「あなたを愛しているわ。あなたとの子供が欲しい」

 エラのその言葉に彼は喜んだ。



 エラのお腹も大きくなってくる。検査結果を聞きながら撫でるお腹を内側から蹴る小さな命。

 今日は父と母もいる。心配で来たようだ。

「先生、娘のお腹の子は何ともありませんか?」

 父が聞くのを叩く母。

「しっかりしなさいよ、あなた。これくらいどうもないわよ」

 検診で少し異常があったものの、順調に成長しているとのこと。異常も恐らく問題なくなくなるだろうとの事に安心するエラ。

 不安な彼女にいつもついてくれる夫はバックの変装前の髪の毛の色ブロンドベージュの髪の毛だ。

 それで決めたわけではない。優しく自分を犠牲にしてでもエラを守ってくれる大切な存在だからこそ、エラは心を寄せた。

「名前は決めてるの?」

「うん、女の子が生まれたら必ずつけようと思っていた名前があるの」

 母に尋ねられて答えるエラ。もう女の子であることはわかっている。つける名前はもう決めている。



 陣痛が始まった。エラは痛みに苦しみながら、病院に運ばれた。エラは必死に願った、この子が無事産まれてきますようにと。助産師の指示に従って懸命に産む。幸い頭から出てきてくれたため、問題なく産むことができた。

 安堵する中、子供を抱くエラ。きっとこの子を大切に育ててみせる。それがこの国を救った人達、亡くなった人達にできる供養。

 未来を創ることが過去の人たちの望みだったから。エラはそう感じていたから、この子に名前をつけた。

 それは過去の証だった。過去から未来へ繋ぐとエラは信じている。

 夫が入ってきて、涙を流しながら喜んだ。夫は婿養子だからフィールド家の名を冠している。

 当然この子は名前にフィールドがつく、それが嬉しかった。

 自分とバックとウェイが繋がったように感じたからだ。

 涙を流したエラは拭いながら、名を呼んだ。

「バックウェイ=フィールド、それがこの子の名前になるわ」

 女の子は泣き声をあげて祝福された。



「子育てって本当に大変ね」

 エラは寝る間もなくバックウェイを育てている。家事は時々夫がしてくれるし、育児も手伝ってくれる。自分は愛されている、それがとても嬉しかった。

 バックウェイはなんでも口にしようとする。その辺は普通の子供なんだなと感じた。二人の名前を取ったからと言って特別な何かになるわけではない。

 ウェイだって普通の環境で育てば普通に育ったはずだ。バックウェイは平和な世界で育ててみせると思うエラ。

 バックや……ウェイのように悲しい運命は辿らせない、幸せにしてみせると誓うエラ。



 大きくなったバックウェイは鞄を持って、学校に行く。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 毎朝夫と娘のお弁当作りに奮闘するエラはすっかりお母さんだ。六歳になった一人娘バックウェイは友達と共に学校に向かっていく。

「月日は早いものね。あの時はあんなに長く感じたのに」

 歳をとったせいもあるだろうが、あの数ヶ月は本当に長かった。三つの顔の月は今思い出しても恐ろしい。もうあんなことが起こってはいけない。


 バックウェイは友達とお喋りしながら学校へと向かっていた。毎日が楽しい、お父さんとお母さんも優しい、意地悪する人なんていない、そう思って過ごしていた。

 今日は全校朝会、体育館で行われるらしい。友達と共に上履きに変えて体育館の中に入っていく。

 朝会では校長先生の話が始まっていた。入学式の時にも挨拶していた校長先生だ。

 やがて女の人が紹介されてやってきた。

「今日はこちらの月について研究している、ミナ=ホロボさんにあるおまじないを教えてもらいます」

「紹介を受けました、ミナ=ホロボです。今日は月祝法というおまじないを紹介します」

 バックウェイは興味を持って撮影していた。



 バックウェイは学校であった事を沢山喋る。明るい女の子に育ってくれた。だが今日だけは看過できなかった。

「……バックウェイ、体育館で何を教わったって言ったの?」

「だーかーらー! 月祝法っていうおまじないだよ! 深夜零時に、祈りながら、ある踊りをすると国を助けられるんだって!」

 エラは頭を抱えた。まだ生きているのか、この呪いは……どうしたらいい? 自分が何を語っても説得力はない。あの時の皆はもう……。

「あっ!」

 エラは何かを思い出し、携帯電話を取り出した。そしてある人に電話をかける。

『……エラ、久しぶりですね。まさかあなたの方からかけてくるなんて』

「シャル! お願い、助けて! 実は……」

 エラはシャルの番号を消していなかった。消せずにいたのだ。それが幸をなした、シャルは事情を聞いてくれた。

『事情はわかりました。メールアドレスを送るので何か情報となるものがあったら、そこに送ってください。今後も顔を出す可能性があるので』

 エラはそれを聞いて安心した。一般人の自分では何もできない。だがシャルならば……。

「シャルは今も政府に仕えてるの?」

『ええ、息子も無事独り立ちしましたし。月呪法の脅威は去っていませんので』

 エラは聞きたいことがいっぱいあった。だが今はもうただの一般人だ。最後にエラは謝った。

「あの日、拒絶して別れてごめんなさい。シャルもきっと同じ気持ちだったんじゃないかって、今なら思う」

『……その言葉だけで救われました。娘さんを大切にしてください。素敵な名前だと思いますよ。それでは』

 そこで電話は切れた。エラはバックウェイに何かその女の人の名前とか覚えてないか聞いた。

「カメラで撮ったよ」

 その動画をシャルに送るエラ。バックウェイは尋ねてくる。

「いけないことなの?」

 エラは迷う、自分の娘を巻き込むべきかどうか。まだこんなにも幼い我が子を巻き込んでいいのか。

 だがこれも運命だとエラはあの頃の話をバックウェイに話し始めた。



 未だに御伽噺おとぎばなしだと感じているバックウェイを休日にある場所へと連れて行った。二人の墓を見たバックウェイは驚いてエラを見た。

「二人の墓だね」

「バックウェイ、この話は絶対に他の人にしては駄目。信じられないだけじゃないの、巻き込んでしまうの。私はあなたを巻き込んでしまった。ごめんなさい……バックウェイ!」

「お母さん……」

 バックウェイを抱き寄せるエラに抱き返すと笑って言った。

「お母さん、私この秘密大切にするね。未だに御伽噺のようにしか感じないけど、お母さんが真剣だから信じる。お父さんは知ってるの?」

 エラは首を横に振る。

「じゃあ私とお母さんの秘密だね」

「念を押したくて、ある人を呼んでるの。会ってくれる?」

 バックウェイは驚いた。まだあるというのか?


 黒い車が停まっている。中から女性が出てくる。

「シャル! 変わらないわね」

「エラは少し太りましたか?」

 失礼な話に小突くエラ。バックウェイは驚きの連続だ。

「はじめまして、バックウェイ。私はシャル=ムース。これからある場所に連れていきます。来ますか?」

 バックウェイは目をキラキラさせていた。車に乗せられ移動すると、エラの家から近いビルに着いた。

 中に入ると道場のようになっている。

「ここを政府が買い取りました。表向きは道場ですが、希望者には私の部下になる事を確約します」

 正直エラはここまでして欲しくなかった。だがシャルはもう既に、すぐそこまで月呪法の危機はきていると言う。ならば戦える力を培わせたい、そう思ったエラ。


「いつでも逃げる、辞める事を許します。強要はしません。私もエラの子供にキツくあたりたくは……」

「やらせてください!」

 バックウェイはハッキリとそう言った。

「……では、エラは契約書にサインを、バックウェイはここで体づくりからしましょう」

 そうして学校へ行きながら、訓練するバックウェイ。エラは不安になりながらも、シャルに任せられる安心感もあり、再び一般人として、そして一児の母として我が子の成長を見守るのだった。


 いつか再び三つの顔の月と戦う日に備えて。



~完~


――――――


これにて終わりです。お読みいただきありがとうございました! メリーバッドエンドとして終わらせてください。ハッピーエンドにはできませんでした。悲しい物語ですが心に響いてくださると嬉しいです。

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バック=バグと三つの顔の月 みちづきシモン @simon1987

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