第42話 バック=バグの手紙

 シャルは全てが終わった後、バックの死ぬ前日の夜開いた手紙を読み直して涙していた。

『シャル、いつもありがとう。あなたにも私が誕生日に死ぬことを伝えておくわ。絶対に止めないでね。それとは別に、私はあなたにお礼を言いたい事があるの。実は私、あなたの事覚えてたの。あなたがウェイのサポートに入るずっと前の話よ。五年くらい前かしら。私のサポートにあなたが入った時、私は終わった後あなたの前で泣いたよね。もう死にたい、殺して欲しい、もう嫌だって駄々をこねる私に、能力蝿が出るのも関係なしに一発ビンタしてくれたよね。あなたはこう言ったわ、国を救うまでに死ぬなんて烏滸おこがましい選択肢をとれるなんて思わないでって。本当にその通りだと思ったの。その言葉があったから諦めずにいられた。そしてシャルの過去を知った時、その言葉の意味を噛み締めたわ。あなたの家族を見殺しにしてしまってごめんなさい。でもこれだけは言わせて、私を助けてくれて、救ってくれてありがとう』

 手紙にはキスマークが付いている。


 そしてシャルは、机に置いてあるウェイが受け取った手紙を開いて読んだ。

『ウェイ、いつも守ってくれてありがとう。本当は私、守られるのは嫌だった。私には守られる価値がないから。国を呪って人を死なせる私に生きる価値なんてない。でも私はあなたも守る意志で共にいることを選んだから。正直いつだってすぐにでも死にたかった。でももうすぐ死ねる。長かったよ、十年だもの。最後に沢山の思い出をありがとう。明日生き抜いたらさよならだけど、これだけは言わせて欲しい。あなたの事大好きだよ、女の子同士だけどいいよね? だからって私の殺されるのを止めたりしないでね。残酷な願いだけど、私が死ぬのを止めても絶対許さないから。ウェイ、最初は偽物の愛だと感じていたあなたの私への愛が、とても深い真実の愛だと感じた時、嬉しかった。死ぬ前に愛を知れてよかった。あなたは私に生きて欲しいと思うかもしれないけど、私はもう……皆の死を背負いたくないの。地獄に逃げる私を許して欲しい。愛してるよ』

 この手紙にもキスマークがついている。


 シャルは博士の部屋を片付ける係だった。機密事項は残さない博士だったからという理由で、シャルは様々な物を片付けていた。

 ふとアルバムがあることに気づき、これは捨ててはいけないだろうと思い、こっそり懐にしまった。

 撤収した後、自宅に帰りシャルは博士が残したアルバムを見た。そこには博士の家族写真が載っていた。

 博士の両親は生きているはずなので、いつか博士の両親に渡しに行こうと思った時、カバーに違和感を感じた。

 シャルが取り出してみるとそれは手紙だった。封をし直しているその手紙を見てはいけないと感じながら見てみるシャル。

 それはバックと博士のやりとりだった。


『バック、君はご両親に騙されただけなんだ。罪を背負う必要はない。君が生きたいと願えば私の権限でいくらでも罪名を変えられる。恩赦を与えられるんだ。生きたいと願ってくれないか? 君はよくやってくれている。罪人どころか本当は英雄なんだ。死ぬべきではない。生きたいと……ただ一言、言ってくれないか? 頼む。私は本当は君を殺したくないんだ。──追伸、この手紙は念の為返信と共に送り返してくれ』

 その手紙は濡れた跡があった。


 そしてもう一通の手紙を見る。

『博士、しつこいよ。私は国を呪って、国の人達を死の恐怖に陥れた。そうして何人の人が死んだ? 救えなかったからなんて言い訳は通じない。それ自体に博士には罪はないしね。おまけに博士は奥さんと娘さんが月神会に入って、それで反対運動してたんでしょ? 奥さんと娘さんを殺した私を恨んでいいのに、助けてくれたそれだけでもういいよ。それにね、私まだ夢を見るの。月神会の皆が歓喜の中で死んでいくあの時の夢を。皆、喜んで死んでいく、それを見てるとね、私は皆の罪も背負ってるんだって思ってしまうの。私は皆の罪を背負って生きていけるほど強くない。狂いそうになるの。だから私を赦さないでほしい。恩赦なんて受けたいと思わないし、何ならその恩赦とやらで一思いに殺して欲しい。代わりに私が成し遂げたら……一瞬で葬ってほしい。それが私の願い。博士にならお願いできる、博士ならやってくれるよね?』

 これはあの日の前に行われた手紙のやり取りのようだった。そう言えば、ある日一人の政府関係者が何かを持ってバックの元にやってきていた。

 念の為ウェイはついていたはずだから、これをウェイも知っていたのかもしれない。


 シャルは手紙を握りしめて、もう関係者に見られないように燃やした。心に留めたその燃えていく手紙を見ながら、シャルは思う。

 バックは本当に意固地な子だ。だがそうさせたのは周りの環境だった。

 如何に環境が人の思考回路を決めてしまうものかを物語っているように感じる。バックの人生は両親の狂気に狂わされてしまった。

 そして国を呪ってしまった罪悪感はバックの心を縛り付けた。家族や仲間が喜びながら死ぬところはきっと悪夢だっただろう。

 人が死んでいく中で、助けてと願った神に認められ国を救う事を背負ったバックは生きていくには責を背負いすぎた。

 死を望んだ彼女があの世ではどうしているのか、そんな事を考えながら、バックのおかげで得たこの平和を噛み締め、このまま政府の犬として働く意思を胸に秘めたシャルだった。


――――――


まだ終わりません。最後のあと1話お付き合いください。よろしくお願いします。

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