第31話 作戦
「そこまでいくと軍団だな。国境警備が主で、魔戦車の配備も少ない辺境方面軍相手に、よくも集めたものだ」
報告を聞いたシャリアは鼻を鳴らして肩を竦めた。
だが、その表情に怯えは見えない。
私達が拠点としているマーサ砦の人的兵力は、一万人規模の師団が二個合わせて二万程度の方面軍規模だ。
リシアの報告にあった帝国の師団とは、兵力一万~一万九千規模で一個と見なされる。
二十師団で三十万を超えるとなれば、一師団は最低でも一万五千規模の兵力があるということだ。
ちなみに、『○○軍』というのは武装した二~四師団で構成されて様々な地域に派遣される部隊のことを指している。
そして、シャリアが率いる軍の正式名称は『マーサ砦辺境方面軍』だ。
正直、隣国であるベルマーサ王国との国境線に沿って延々と続く城壁の監視と修繕を行うには、少々心許ない兵力ではある。
数年前、シャリアが着任当時は四師団で構成された軍だったそうだが、彼女の着任以降は様々な難癖を付けられて兵力を徐々に削られて現在の規模に至るそうだ。
前皇帝を含め、帝国の中央貴族達がシャリアに力を持たせまいと画策した結果なのだろう。
マーサ砦の装備に目を向ければ、大事な国境を守る拠点だというのに最新設備とは言い難い。
自動魔小銃を始め、武器はどれも一世代かそれ以上前の装備ばかりである。
私が帝都内で対峙した警察隊の連中の方が、間違いなく良い装備していた。
帝都は対人装備、マーサ砦は対魔物装備という違いもあるかもしれないが、それにしても武器の性能差はあからさまとしか言いようがない。
「チャールズも後がないことを承知しているのでしょう。国内外に対して自らの存在を誇示させる意図もあるかと存じます」
オリナスが見解を述べると、シャリアは「だろうな」と呟いてこちらをみやった。
「それで、アラン。ここからどうするつもりだ。言っておくが、マーサ砦で籠城することはできんぞ」
「あぁ、わかっているとも」
私はにこりと頷くと、壁に掛けてあった帝国周辺が描かれている地図の前に進んだ。
マーサ砦は国境を監視するだけの拠点ではない。
城壁の向こう、ベルマーサ王国方面の広大な森に潜む魔物達の侵入を防ぐ役割もある。
この城壁がシャリアとチャールズの衝突で破壊されるようなことがあれば、魔物達は瞬く間に帝国内に侵入。
マーサ砦周辺は大混乱に陥り、民間人に多大な被害が発生することは間違いない。
チャールズもマーサ砦の必要性を知らないわけないから、逆手にとってあえて籠城策をとる方法も一応はできる。
しかし、状況的に追い詰められたチャールズは、城壁を破壊してでも己の立場や実権確保に向かう可能性が高い。
支持を得るために高位貴族達の奴隷売買を見逃して彼にとって、城壁を破壊したことで発生する魔物の被害に心を痛めることはないだろう。
籠城中に城壁を破壊されれば、魔物達とチャールズの挟み撃ちに遭ってしまうことも考えられるから、どちらにしてもマーサ砦で籠城戦は無しだ。
加えて言うなら、マーサ砦の兵力を全てチャールズ率いる軍団に充てることもできない。
森に潜む魔物達は城壁を越えようと狙っていることもあるし、ベルマーサ王国の動きもある。
国境全体を警備するためには、一個師団はマーサ砦に残さなければならないだろう。
つまり、私達は魔戦車も少なく旧式の武具ばかりの一個師団で、帝国最新の魔戦車と武具で武装した二十師団を砦を出て相手にしなければならないというわけだ。
私は地図をしげしげと見つめ、「ここで、迎え撃とう」と指差した。
その場所は帝都とマーサ砦の丁度中間地点である。
ここであれば、こちらの進軍に加えて準備する時間も確保できるはずだ。
しかし、聞こえてきたのはオリナスの難しそうに唸る声だった。
「アラン。疑うわけではありませんが、そこがどんな場所かわかっていますか」
「あぁ、良くわかっているぞ。帝都から戻ってくる時、一応は下見したからな」
自信満々に頷くが、オリナスの顔色は晴れない。
「あの、質問してもよろしいでしょうか」
おずおずと尋ねてきたのは、チャールズの進軍を報告してくれたリシアだ。
「構わんぞ」
シャリアが許可すると、リシアは私と地図を交互に見やった。
「アラン様が提示された場所ですが、確か平地の開けた草原だったかと存じます。軍を展開するには良いかもしれませんが、それは敵側も同様のはず。正面で打つかり合えば、兵力と装備が劣る我等に勝ち目はないかと。何か、秘策があるのでしょうか」
「リシアの言うとおりです。是非、あるなら聞かせてください」
訝しむようにオリナスが続くと、シャリアも難しい顔でこちらを見やった。
「超越者であるアランの実力は既に良く知っている。しかし、兵達を預かる身としては策もなくその位置に軍を展開することはできん。二人の言うように、策があるなら説明してくれ」
「勿論だとも。ここを選んだ理由はいくつかあるが、一つ目は私の力を存分に発揮するためだ」
そう告げると、シャリア達は顔を見合わせた。
魔戦車の少ないこちらとしては、森の中に潜みながらゲリラ戦を仕掛けるという手がある。
しかし、そうなると、今回の戦は泥沼かつ長期化してしまうだろう。
帝国と周辺国の状況を鑑みれば、戦は長引かせない方がいい。
そのためにも、私の力が存分に発揮できる場所を選んだわけだ。
「なるほど。だが、アランが全力を出せても我等の軍勢が壊滅しては元も子もないぞ。チャールズは実戦経験こそ少ないかもしれんが、無能ではない。我等がその地点に軍を敷けば、向こう軍団を展開して仕掛けてくるはずだ。正面切っての打ち合いとなれば、勝ち目はないぞ」
シャリアが険しい表情を浮かべると、私は「あぁ、その通りだ」と頷いた。
「チャールズが率いる軍団規模であれば、シャリア率いる方面軍と超越者を圧倒できる。そして、この一戦で全てを終わらせることができるはず、と彼は考えるだろう。だからこそ、だ」
「だからこそ、ですか。アラン、勿体ぶらずに教えてください」
オリナスが問い掛けたその時、シャリアがハッとする。
「つまり、アランは『決戦に持ち込みたい』ということか」
「ご名答」
私はにこりと微笑んだ。
戦争というのは勝利すれば終わり、というわけではない。
勝利後には様々な戦後処理をしなければならないし、チャールズを取り逃せば新たな戦火の火種を残すことになりかねない。
シャリアとオリナスの勝利を完全なものにするためには、チャールズ率いる軍団に打ち勝ち、かつ総大将である『チャールズ・ローグスミス』を捕らえる必要がある。
そのため、あえて両軍が展開しやすい位置にこちらが出向くというわけだ。
「圧倒的な兵力があるからこそ、正面で向かい合えば必ず勝てる。チャールズもそう考え、決戦で全てを終わらせようとするはずだ。それこそが、こちらの思惑と気付かずにな」
私はそう言って咳払いをすると、「次いで、防衛策についてだが……」と切り出した。
話頭を転じて説明していくうち、シャリア達の顔に浮かんでいた不安は消えていく。
それどころか、最後は感嘆のうなり声を上げていた。
「……という感じでいいかな」
私が確認するべく尋ねると、オリナスが「あ、あはは」と苦笑した。
「超越者とは、本当に人知を超えた存在ですね」
「そうだな。アランを敵に回すことだけは避けねばならん」
シャリアは肩を竦めると、結果的に会議に参加したリシアを見やった。
「では、アランの策で我等は動く。皆にも伝えよ」
「畏まりました。では、すぐに作戦指示書をまとめます」
リシアは敬礼すると、部屋を退室。
こうして、対チャールズ戦に向けて私達は行動を開始するのであった。
超越の後継者アラン・オスカー ~異世界転移して苦節70年、ようやく私の時代がやってきた~ MIZUNA @MIZUNA0432
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