第30話 報告
「……アラン。私は腐敗した貴族達を粛正するだけだと聞いていた気がするんだがな」
「あぁ、粛正してきたぞ。ついでに世論も多少誘導したがな」
執務室の椅子に腰掛けて呆れ顔を浮かべるシャリアに、私はにこっと白い歯を見せた。
マーサ砦に帰って来た私は、執務室でシャリアとオリナスに帝都サンカリンでの活動を報告。
手土産に直近で配布された帝都での号外や新聞を手渡していた。
私が帝都にいたのは約三週間だが、その間に次期皇帝を巡る帝国世論は大きく変化している。
当初は第一子のチャールズ・ローグスミス皇子を推す声が大半だったのだが、彼を支持していた高位貴族達が違法な人身が行っていた売買地下競売場で暗殺され陰惨な最期を迎えた。
これが明るみに出たことを切っ掛けに現政権での腐敗、警察隊と高位貴族達の癒着を始めとする数多くの罪が次々と発覚したのだ。
彼等の支持で次期皇帝の座が確実視されていたチャールズは、高位貴族達の腐敗と見て見ぬ振りをしていたと、帝国内外から激しい批判に晒されている。
特に問題視されたのが、表向きは帝国でも禁止している他種族の奴隷売買を帝国の高位貴族達が嬉々として行っていたことだ。
帝国の国土は広く、一部の犯罪組織が秘密裏に奴隷売買を行っていることは良く知られており、各国では子供や女性を中心とした拉致問題が多発。
国同士で奴隷売買を国際犯罪に指定している状況があった。
にもかかわらず、帝国の高位貴族達が主導して奴隷売買を行っていたという事実は大陸に存在する十大国の中で立場を崩し、影響力や発言力の低下に繋がってしまう。
まぁ、実は奴隷が好きなあくどい権力者ってのはどこの国にもいることは良く知られていることで、帝国の高位貴族達が特別に悪いってわけじゃない。
しかし、表沙汰になってしまった以上、此処ぞとばかりに槍玉になるのは間違いないだろう。
また、地下競売場で高位貴族達を暗殺したのが『超越者』というのも、チャールズが次期皇帝として疑問視されている理由の一つだ。
『超越者には誰であっても手を出してはならない』というこの世界における暗黙を破って、超越者を怒らせた人物が皇帝となれば帝国そのものが滅びかねない。
帝国内ではそうした世論の勢いがどんどん増している。
『帝国内に存在する超越者はアリサ・テルステッドのみである。超越の後継者を名乗るアラン・オスカーはあくまで自称しているに過ぎず、真意は定かではない』
チャールズは世論を少しでも抑えようと見解を公表したが、高位貴族達が常識は考えられない陰惨な死を遂げた事実もあって事態の収拾は未だついていない。
そして、つい先日、『どのような経緯や意図があろうとも、法を無視して多数の帝国貴族を殺害したことは帝国に対する敵対行為に他ならない。従って、アラン・オスカーなる者を逆賊とし、彼が潜伏していると思われるマーサ砦に対し帝国軍による攻撃を開始する』という声明が出された。
この件に関して、今や世論を味方にして飛ぶ鳥を落とす勢いを持った反チャールズ派筆頭のレベッカ・ローズ伯爵はすぐに異議を唱えている。
アイビル・ローグスミスとメイビル・ローグスミスもチャールズを支持しつつも、それぞれに懸念を表明しているようだ。
いざという時の逃げ道確保というところだろう。
一方、シャリアとオリナスはマーサ砦でこの状況を静観しており、まだ何も声明を出していない。
「これが多少、ですか……」
オリナスはため息交じりに切り出すと、シャリアに視線を向けた。
「現在の帝都では、この砦に差し向ける軍を編成中のようです。高位貴族達の有様を見て、誰も彼もが及び腰らしく、チャールズ自ら先頭に立って指示しているようですね。我等に勝利した暁には、相当の謝礼と昇進も餌にしているようです」
「有力な支持者を失った挙げ句、彼等が遺した負の遺産を背負わされた、か。チャールズも大変だな」
シャリアは肩を竦めておどけると、一転して真面目な表情を浮かべた。
「チャールズが軍の編成を終え、動き始めたところでこちらも声明を出す。鼠を個別に叩くより、まとめて叩く方が楽だろうからな」
「畏まりました。では、そのように手配いたします」
オリナスが一礼すると、シャリアはこちらを見やった。
「アラン、お前に言われた『兵達の強化訓練』だが相当な成果を出している。チャールズとの戦いにおいて、良い切り札となりそうだ」
「そうか。そいつは良かった」
私はニコリと微笑んで頷いた。
マーサ砦から帝都に出発する前、要人暗殺とは別にシャリアとオリナスに提案したことがある。
それがマーサ砦に駐在し、かつシャリアが信用できる兵士達の強化訓練だった。
私と師匠が不老不死の研究開発資金を得るため、生み出した魔法こと『段位測定』。
当初は一般人に向けのつもりだったんだが、実力上限のような考え方になってしまうとは想像もしていなかった。
帝国全土で見れば、兵士達の平均的な戦力が上がったかもしれないが、その代わりに突出した者が居なくなってしまったのだ。
帝都滞在中にも感じたことだが、これは国として、人々の発展として由々しき事態である。
チャールズと軍を構えて対峙するとなった場合、壊滅させるだけなら私一人でも何かとかなるだろう。
しかし、仮にシャリアとオリナスが勝利しても帝国軍が壊滅状態であれば、立て直しには莫大な費用と時間が必要となる。
そうなれば勝利したとしても、近隣諸国に隙を見せることになりかねない。
高位貴族達と世論の誘導に使うため、表沙汰にした人身売買と地下競売場の件もある。
勿論、対策は考えているがシャリアが次期皇帝、いや女帝となったとしても帝国の負債として処理しなければいならないことだ。
帝都で調査した限りだと、人身売買の県は氷山の一角に過ぎず、様々な問題が山積みである。
だからこそ、チャールズと対峙した際には帝国軍に出来る限り損失を与えず、主要人物だけに倒すという戦い方をしなければならない。
従って、私がチャールズ率いる帝国軍を戦闘続行不能状態にする時間を稼げるだけの耐久力がマーサ砦には必要なわけだ。
「さて、アラン。チャールズはどれぐらいで動くと考えている」
「そうだな……」
シャリアの問い掛けに、私は口元を押さえて思案した。
「まぁ、早くて一週間。遅くても二週間後には動き出すだろうよ」
時間が経てば経つほど、掌を返してシャリアとオリナスに手を振る貴族達も現れるだろう。
政治基盤が崩落し始めたチャールズは、まさに一刻を争う状況だ。
私が答えたその時、執務室の扉が叩かれた。
オリナスが返事をすると、「失礼します」とシャリアの近衛騎士リシア・チェンバーズが入室する。
「ただいま、帝都の協力者から入電がありました。チャールズ・ローグスミスによる軍の編成が近日中に完了。一週間後には帝都を発ち、マーサ砦に進軍を開始するだろうとのことです」
「そうか。それで、数はどれぐらいだ」
シャリアが動じずに淡々と尋ねると、リシアの表情が強ばった。
「歩兵、数多の魔戦車からなる混合二十師団。兵力数にして三十~四十万程度と思われます」
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