第29話 号外

ローグスミス帝国に激震が走った。


次期皇帝にチャールズ・ローグスミスを支持していた高位貴族達による非合法な地下競売場が摘発。


違法な各種種族の人身売買を始めとする警察隊と貴族の癒着、汚職など数々の悪事が発覚したという号外が帝都中に配られたのだ。


しかし、帝国民達を驚愕させたのはそれだけではない。


競売形式で行われた人身売買に参加していたとされる高位貴族達は、『生皮と骨』だけという陰惨な状態で全員死亡していたのだ。


そして、それを実行したのが、帝国の何処かにいると噂されていた超越者アリサ・テルステッドの弟子、超越の後継者アラン・オスカーなる人物だというのである。


『超越者は世界に十人しかいないとされ、人知の及ばぬ力を有している。故に決して手を出してはいけない』というのが誰もが知る常識で不文律だ。


また、十人の超越者は決して互いに干渉しないようにしており、手を出さない限りは何もしないというもの良く知られていた。


それなのに、超越の後継者アラン・オスカーは高位貴族と一部の警察隊員を殺害したというのだ。


帝国民は『何故、超越者が表舞台に出てきたのか』と戦くが、その理由も号外に記載されていた。


『恩には恩を、敵意には敵意を。チャールズは私を殺そうとした。だが、シャリアとオリナスは私に服と温かい食事を与えてくれた。故に私アラン・オスカーは、チャールズと彼に与する者を決して許さない』


地下競売場に残されていたというアラン・オスカーの置き手紙には、以上の内容が残されていたそうだ。


通常であれば、このような号外を信じる者は少ないが、『号外の記事は全て事実である』と帝国貴族レベッカ・ローザ伯爵の直筆サインに加え、唯一生き残ったとされる警察隊幹部『アーノルド・フラージュ』も全て事実であると罪を認めたと全面に載っていた。


なお、地下競売場に居た少年少女はレベッカ伯爵が責任を持って保護し、過去の競売で高位貴族達に買われたとされる人々も現在、保護するために動いているという。


帝都に配られた号外の情報はすぐに近隣諸国に伝わった。


様々な種族の人身売買を帝国貴族が行っていたこと、次期皇帝としてチャールズ・ローグスミスの資質に強い懸念を各国が表明。


次期皇帝で間違いないと目されていたチャールズだったが、その立場と求心力は急激に失われつつあった。


「おのれ。アラン・オスカーめ」


帝城の自室にて、チャールズは机を両手で叩き怒号を轟かせた。


地下競売場が摘発時、関係者のほとんどが死亡していた結果、様々な責任の所在はチャールズにあるという見方が帝国内外で広まっている。


まだ彼の影響力は残っているが、次期皇帝は『シャリア・ローグスミス』もしくは『オリナス・ローグスミス』であるべきという声が大きくなりつつある。


レベッカ・ローザ伯爵に至っては、『貴族の不正、腐敗。警察隊の癒着、汚職。これらを黙認していたチャールズ殿下に皇帝の資格はない』と断言。


一部の貴族は、彼女に同調し始めている。


「何か、何か早急に手を打たなければならん」


チャールズが頭を抱えていると、「入るわよ」と扉が叩かれる。


次いで、返事をする間もなく部屋に二人の男が入室してきた。


「アイビルとメイビルか。どうした」


「どうした、じゃないわよ。帝国中の貴族達が『超越者に手を出したのは本当か』って騒いでいるわ。ザクスからの報告はどうなっているのよ」


「お兄様の言うとおりだわ。僕達が抑えるのにも限界があるのよ」


二人が甲高い声で捲し立てると、チャールズは眉間に皺を寄せて頭を振った。


「死んだ」


「は……?」


二人がきょとんとすると、チャールズは勢いよく立ち上がった。


その衝撃で、座っていた椅子が後ろに倒れてしまう。


「何度も言わせるな。ザクスは死んだ。おそらくな」


「死んだって。じゃあ、どうするのよ。ザクスが勝てないなら、アランとかいう奴に勝てる奴なんていないわ」


「そんなことわかっている。だから、こうして考えているんだろうが。そもそも、あの地下競売場はお前達の管轄下にあったんだろう。こちらとしては、お前達の尻拭いをさせられているんだぞ」


アイビルの狂乱的な物言いに、チャールズが怒号で返して睨み付けた。


しかし、アイビルは怯まず「は……」と肩を竦める。


「尻拭いですって、言ってくれるわね。元々、貴方が超越者を怒らせて、その事実を隠蔽したのが問題でしょう。それに、誰のおかげで次期皇帝と呼ばれるのようになったのか、もう忘れたようね」


「そうよ。お兄様と僕が高位貴族達に根回しして、貴方に会わせて支持を約束させた。その見返りとして、あの地下競売場を設立したの。つまり、チャールズお兄様の今の立場は僕達のおかげでしょ」


「く……⁉」


アイビルに続きメイビルにも指摘され、チャールズは苦虫を噛みつぶしたように顔を顰めた。


殺伐とした雰囲気の中、チャールズはため息を吐きながら倒れた椅子を元に戻し、

腰を下ろした。


「……奴は、アランは俺に向かって『戦争』だとほざいた。ならば、こちらも予定を前倒しにするまでだ」


「予定を前倒しって、まさか貴方」


アイビルが目を瞬くと、チャールズは口元を歪めた。


「あぁ、その通りだ。シャリアとオリナスがいるマーサ砦に俺自ら帝国軍を率いて、引導を渡してやる。その際、必ずアランが出てくるだろう。しかし、超越者と言っても所詮は一人。数多の兵力と兵器をつぎ込み、シャリア達諸共消し炭にしてくれる」


「で、でも、大義名分はどうするのよ。それに、超越者に銃を向けるなんて、正気の沙汰じゃないわ」


アイビルが困惑した様子で答えると、チャールズは鼻で笑った。


「大義名分ならあるじゃないか。どのような理由があったにせよ、アランは帝国の高位貴族達を殺した大量殺人鬼。そして、彼女をけしかけたのはシャリアとオリナスだ。反逆罪でも何でも、言いようはいくらでもある。目障りなレベッカや他貴族達も、反逆罪で捕らえてしまえばいい」


「本気で、言ってるの」


「勿論だともアイビル、私は本気だ。現状、もっとも有効な手立てだと考えているよ」


三人の間に重い空気が流れる。


チャールズと睨み合っていたアイビルは、程なくため息を吐いた。


「わかったわ」


「お兄様、本当にいいの」


メイビルが心配顔で尋ねると、アイビルは肩を竦めた。


「地下競売場の件が世間にばれた以上、いずれ私達のところにも辿り着くわ。もしその時、政権がシャリアとオリナスだったら逃げ道はないから極刑。良くて、軟禁で終身刑かしらね。だから、私達はチャールズと同じ船に乗るしかないのよ。例え、沈む豪華客船だったとしてもね」


「流石だな。良くわかっているじゃないか」


チャールズが満足そうに笑うと、アイビルはため息を吐いて踵を返した。


「色々と根回しがあるから、これで失礼するわ」


「あぁ、よろしく頼む。頼りになる弟達よ」


チャールズの返事に、アイビルとメイビルは気付かれないよう小さく舌打ちするのであった。



「お兄様。本当に超越者と一戦交えるの」


「メイビル、しょうがないでしょ。今更、シャリアとオリナス側についたところで、人身売買の責任を取らされて他国の目を剃らす『生け贄【スケープゴート】』に使われて処刑されるだけよ」


アイビルは執務室に向かう足を止めず、吐き捨てるように答えた。


地下競売場と人身売買は、二人が裏で手を引いていた案件である。


資金調達、高位貴族達や裏社会との関係構築、趣味など様々な目的で行ってものだ。


よもや超越者の怒りの矛先になるとは、アイビルは想像もしていなかった。


しかし、帝都に住まう魑魅魍魎と言うべき高位貴族達が死んだということは、それだけ政権運営に影響力を持つ『椅子』が空いたという見方も可能である。


その点を前面に出せば、次期皇帝としてチャールズの支持者は維持できるだろう。


「でも、お兄様。超越者と手を組んだシャリアとオリナスと戦争すると言ったとして、貴族達はチャールズ兄様を支持するかしら」


「シャリアとオリナスが帝都に戻ってきたとして、二人がどんな政策をしていくのかわからないわ。少しでも後ろ暗いところがある奴には、戦争に勝たないと後がないと言うしかないわね」


執務室に辿り着いて部屋の電気を付けたその時、扉が強い音を立てて閉まると同時に凍てついた。


二人がハッとして部屋の奥を見やると、背面を見せていた執務机の椅子がくるりと振り向く。


そこには浅葱色の長髪をした幼女が足を組み、頬杖を付いて不敵に笑っていた。


「お初にお目に掛かります。アイビル・ローグスミス殿下。そして、メイビル・ローグスミス殿下。超越の後継者アラン・オスカーです。以後、お見知りおきを」


可愛い容姿と声とは裏腹に、幼女が発する殺意と圧は凄まじい。


アイビルとメイビルは押しつぶされそうな感覚を覚え、全身に戦慄が走って息を呑んだ。





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