第28話 人か、餌か
「さぁ、皆。手を合わせて」
「はーい」
ラースの声かけに明るく返事をした十数人の子供達は、揃って合掌する。
「ご馳走様でした」
「ごちそうさまでした」
彼等はそう言うと、生皮と骨だけになって地下競売場の彼方此方に転がる亡骸に向かって会釈した。
当初は禍々しい欲望の熱気が漂っていた会場だったが、今は観客が一人も居なくなって静寂そのものである。
ちなみに『ご馳走様』の概念は、私がラースに昔伝えたものだ。
「じゃあ、そろそろ時間だ。皆、お家に帰るよ」
ラースの声が合図となって、何もない空間に渦巻く黒い次元の狭間が現れる。
子供達は羽を羽ばたかせながら和気藹々と笑い声を発し、次々と次元の狭間に飛び込んでいった。
「今日は助かったよ」
私が礼を告げて右手を差し出すと、彼はその手を握り返しながら頭を振った。
「いやいや、お礼を言うのはこっちさ。子供達が満足してくれたからね。ただ……」
「ただ……?」
首を傾げて聞き返すと、ラースは口元を歪めて裏に続く扉を見やった。
「次は、あの奥にいるような子達を用意してほしいね。量は少ないけど若い子の方がやっぱり美味しいからねぇ」
「……機会があればな」
ラースにとって他者は友人か食料のどちらかでしかない。
もし、奥に通じている扉を塞がずに対象を指定しなければ、彼等は容赦無く扉の奥にいる子供達を食料としていたことだろう。
私が顔を顰めて肩を竦めると、彼は目を細めて「ところで、アラン」と話頭を転じた。
「今更だけど聞いてもいいかい」
「……なんだ?」
今度は何を言ってくるつもりだ。
身構えると、ラースは私を足下から顔まで舐めるように見つめてから首を傾げた。
「君、どうして裸なんだい。まさか、そういう性癖があったのかな」
「違う違う」
本当に今更だな。
私は力が抜けてがっくりと肩を落とした。
「この姿に事情があってな」
私は地下競売場に来るまでの経緯を簡単に説明していく。
今回の目的は地下競売場の秘密を曝き、世間に知らしめることである。
密かに潜入するための光学迷彩魔法を効率良く使用するためには、衣服が邪魔だったのだ。
決して趣味で裸体を晒しているわけじゃない。
「……というわけでな」
「へぇ、面倒臭いことしてるね。君の力を使えば、こんなところ一瞬で破壊できるだろうに」
「破壊することが目的じゃないからな。帝国世論を動かすこと。そして、師匠との約束を果たすため、私はここにいる」
「義理人情というやつかな。アラン達の考えることは面白いねぇ」
ラースは鼻で笑って肩を竦めると、ゆっくりと宙に上がり始めた。
「じゃあ、僕もそろそろ行くよ。また、呼び出してくれるのを楽しみにしてるから」
「あぁ、その時はよろしく頼む」
「うん、じゃあね」
彼は手を小さく振ると、渦巻く黒い次元の狭間の中に消えていった。
間もなく、次元の狭間が消えて地下競売場はしんとした無音が訪れる。
私は右手で親指を鳴らし、シャリア達に繕ってもらった衣服を纏った。
「さてと、アーノルド君だったか。少し話をしようか」
「は、はい。何でも、何でも話します。ですから、どうか、どうか命だけはお助けください。あんな、あんな死に方だけはお許しください」
会場の隅で震えて小さくなっていた司会者は、シルクハットと目元を隠していたマスクがいつの間にか何処かに消えて素顔を露わにしていた。
ただし、顔色は血の気が引いて真っ青である。
「……どこかで見た顔だな」
首を捻ると男の顔、アーノルドという名前、ザクスの記憶から脳裏でとある人物が導き出された。
「お前、アーノルド・フラージュか」
「左様でございます。私でできることなら何でもいたします故、どうかどうか」
彼はその場で畏まると、自らの額を床に叩きつけるようにこすりつけて震えながら固まった。
アーノルドは、私が協力を求めた警察隊に所属する『ゲイリー・ドルゴン』の同期である。
清廉潔白で癒着や汚職を嫌うゲイリーとは真逆で、アーノルドは帝国貴族達の汚職や癒着を見逃すことで若くして異例の出世を果たした人物だ。
地下競売場に武装した警察隊が配置されていたのも、こいつの根回しだろう。
私は地面に額を擦りつけ、惨めに震えるアーノルドの横にしゃがみ込む。
次いで、彼の髪を鷲づかみにして顔を持ち上げた。
「何でもする、そう言ったな。その言葉に嘘はないな」
「も、勿論でございます。ですから、どうか……」
「ならば此処で何が行われていたのか。そして、超越の後継者アラン・オスカーにチャールズが喧嘩を売ったこと。それらを洗いざらい、今からここに来る連中に話せ」
アーノルドの言葉を遮るように告げると、彼はきょとんして首を捻った。
「今からここに来る連中に、ですか」
「そうだ。お前の同僚ゲイリー・ドルゴンとレベッカ・ローザ伯爵の一行だ」
「な……⁉」
彼の目が大きく見開き表情が固まった。
「それだけは、それだけはお許しください。そんなことになれば、私は死罪になってしまいます」
彼は再び額を床に叩きつけるように擦りつけた。
全く、甘い汁を吸うことになれた連中は本当に横行際が悪い。
私はその場に立ち上がると彼の後頭部を右足でゆっくり踏みつけ、力を込めながら足を捻っていく。
「ぐ……ぁ……⁉」
踏みつけたまましゃがみ込むと、苦しそうに呻き声を漏らすアーノルドを見下ろした。
「貴様のやっていたことを鑑みれば、死罪など当たり前。いや、むしろ手緩いぐらいだ。一体、どれだけの人がここにいた魑魅魍魎共に喰われ、殺され、死んでいったのか。考えたことはあるのか」
「そ、れは……、も、申し訳、ありま……せん」
彼は地面を舐めるように必死に声を絞り出すが、私は力を緩めずそのまま踏み続けた。
「そもそも、だ。貴族達を取り締まるどころか、嬉々として手を貸していた貴様も本来同罪だろう。しかし、私は今ここに罪を自白する機会を与えたんだ」
私は吐き捨てるとアーノルドの後頭部から足を外し、今度は鷲づかみにして引きずりながら歩き出す。
「な、何を……⁉」
アーノルドは困惑しているが、意に介さず足を進めていく。
近くに転がっていた骨と皮だけの精力溢れる紳士だった十五番の亡骸の前に立つと、私その亡骸の顔をまざまざと見せつけた。
「罪を告白して罰を受け、人として最期を迎えるのか、それとも異形の者の餌となって死ぬのか。お前はどっちを選ぶのかと、聞いているんだ」
「や、止めてくれ。いや、止めてください。罰を受けます。ですから、どうか人として、人として死なせてください」
「そうだ。その言葉が聞きたかった」
私は微笑み掛けると、次元収納から縄を取り出して魔法で操作する。
アーノルドが逃げられないよう亀甲縛りで拘束し、自分で舌を噛まれると厄介なので猿ぐつわも行った。
「んん⁉ んんん⁉」
「まぁ、その格好なら私がここから去っても何もできまい」
こちらを見上げて必死に唸るアーノルドに、私は近寄ってしゃがみ込むと優しく頬を手の甲で撫でた。
「忘れるなよ。私はいつでもお前を『餌』として、彼等に捧げられるんだ。それと、もし私との約束を違えるようなことをすれば、もっと酷い食い方をする奴等にお前を渡す。必ずだ」
「……⁉」
アーノルドが意気消沈した様子で頷くと、私は白い歯を見せてにこっと笑いかけた。
「また捕縛された奴等がいたぞ」
出入り口の扉の方から荒々しい足音が響いてきた。
扉の奥から聞こえてくる声から察するに、ゲイリーだろう。
「どうやら協力者のお出ましだな。お前、ちょっと眠っとけ」
「んが……⁉」
首筋に手刀を入れると、アーノルドは目を剥いて気絶する、
私は懐に忍ばせていたトランプのダイヤのエースに事の顛末を簡単に書き記し、わかりやすいよう彼の上に置いた。
次に、指を鳴らして衣服を次元収納にしまい込んで光学迷彩を発動。
最後に会場から魑魅魍魎を逃がさないよう凍らせていた扉の氷を消した。
その瞬間、扉が勢いよく開かれ、ゲイリーを先頭にした警察隊が次々と会場に流れ込んでくる。
「地下競売場。噂には聞いていたけど、まさか帝国の高位貴族達が営んでいたなんて。帝国腐敗の象徴ね」
彼等の最後には、質素だが気品ある赤いドレスを纏い、薄い赤茶の長髪を靡せ、薄茶色の穏やかで鋭い目をした女性がやってきた。
彼女こそ『レベッカ・ローザ』である。
後は、彼等に任せれば問題ないだろう。
私はほくそ笑むと、会場の陰惨な状況に戦く彼等の様子を横目に、その場を静かに去った。
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