第27話 死と快楽
「パパ、呼んだ」
「ご飯、ご飯」
「お腹空いたよ~」
ラースの周囲に黒くて渦巻く次元の割れ目ができると彼同様、頭に触覚が生え、甲殻と薄毛に身体が覆われ、背中に蝶のような四枚羽を持つ男女入り乱れた子供達が次々と現れていく。
見れば子供達は顔の形が若干違うらしく、ちゃんと個性があるらしい。
子供達が次元の割れ目から姿を現して増える度、司会者や魑魅魍魎は戦慄して悲鳴を上げている。
やがて、私とラースが立っていた会場の中心地には十数人の子供達が羽を羽ばたかせていた。
「皆に今日ご飯をくれたのは、こちらにいるアランだ。さぁ、お礼を言なさい」
「はーい。アランさん、ありがとうございます」
ラースの言葉に子供達は幼稚園児のように明るく返事すると、私に向かってぺこりと頭を下げた。
「いや、お礼を言うのはこっちさ。ラースを呼び出したのは私だからね」
頭を振ると、子供達は「えぇ⁉」と一斉に目を丸くして結界の外に群がってきた。
「パパを呼び出したの。何者ですか」
「すっごーい」
「でも、どうして、パパに食べられないの」
「こら、止めないか。もうあんまり時間ないんだ。早く食事を済ましなさい」
引率の先生如く、ラースが一喝すると子供達は「はーい」と頷いて口を大きく開けた。
すると間もなく、彼等の口の中から蝶が蜜を吸うのに用いる口吻【こうふん】のようなものが出てくる。
「さぁ、パパが歌ってあげるから楽しく食事なさい」
ラースは手拍子をしながら「ターララッタ、ターララッタ~♪」と口ずさみ、「ぼくらはみ~♪」と歌い出した。
それが合図となって、子供達はあどけない笑い声を発しながら次々と魑魅魍魎達に向かって飛び始める。
ラースが歌っているのは、『子供をあやすのに良い歌があったら教えてほしい』と言われた時に教えた歌で、私が日本で子供の頃によく耳にしたものの一つだ。
彼の素晴らしい歌声とリズムは素晴らしいが、明るい曲調は目の前の惨状とはミスマッチである。
「なんだ。この気持ち悪い生き物は⁉」
「く、来るな。くるなぁあああ」
「いやぁああ」
先程まで下卑た笑みを浮かべていた魑魅魍魎達だが、今は逆に恐怖に顔を引きつらせて会場内を逃げ回っている。
どこからともなく魔拳銃らしい銃撃音が響くがラースを始め、彼等の身体には薬莢式魔拳銃如きの魔弾は通らない。
音の方に目をやれば、老人らしき男の前で一人の子供が頬を膨らませて額を摩っていた。
「ちょっといったいなぁ。もう、ご飯のくせに」
「なんだ。何故、死なん。私を誰だと思っている。私はこの国の……」
「よくわかんないけど、ご飯でしょ。いただきまーす」
「ひぃい⁉」
老人が逃げようと背を向けたその時、子供の口から出ていた口吻が老人の首筋に突き刺さった。
「が……」
老人は目を剥くと、その場に倒れ込んだ。
しかし間もなく、彼は軽く痙攣しながら顔がどんどん赤くなり、表情が悦に入っていく。
「えぇぞ。これはえぇ。気持ちいいぞ。こんなの初めてだ。もっとだ。もっと吸ってくれぇ」
「はーい。じゃあ、おじいちゃんの希望通りどんどん食べちゃうね」
子供は無邪気にあどけなく笑うが、老人の表情は性的なそれであり醜悪そのものである。
ラース達が食糧とするのは『生き物』だが、食べ方が少し独特だ。
彼等の種族には口の奥に『口吻』のような管が隠れている。
この管を対象に刺して体液を吸うのだが、この時に吸うと同時に二つの毒を対象に流し込む。
一つ目の毒は、強い神経毒で相手の身動きを封じ、かつ幻覚作用を与えて痛みを快楽に変えるというものだ。
二つ目は毒と言うより、消化液である。
この消化液を身体に流し込まれた獲物は、皮と骨以外の細胞を短期間でどろどろに溶かされてしまう。
しかし、二つ目の毒による苦痛は全て一つ目の毒で快楽に変換されるため、獲物は死にながら味わったことのない絶頂を体験することになるという。
ラース達の見た目は蝶のように見えるが、その食事方法は蚊や女郎蜘蛛のようである。
先程、子供に体液を吸われ始めた老人は気持ち良さそうに何やら喘いでいるが、身体がみるみる縮んでいき、まるで干からびたミイラのようになってしまった。
ただ、皮だけは生きていた時の色のままである
「はぁ、ご馳走様。じゃあね、おじいちゃん。あれ、返事がない。あ、そっか、もう
死んでたね」
皮と骨だけになって死んだ老人の首筋から口吻を外した子供は無邪気に「あはは」と笑うと、次の獲物へと向かって飛び始めた。
「あ、そうだ。こいつらもいたな」
私がふと思い出して指を鳴らすと、次元収納の割れ目が空中に現れ、会場裏にいた警察隊の面々が落ちてきた。
「ぐぁ……⁉」
「うが……⁉」
変な体勢で床に落ちたせいか、警察隊の輩共は痛そうに呻いている。
「ラース。こいつらも喰っていいぞ」
私が指差すと、彼が『わかった』と言わんばかり歌いながら頷いた。
すると、子供達が新たな獲物と察したらしく次々とこちらに飛んできた。
「わぁ、この人達美味しそうだよ」
「本当だね。おじいちゃん達より、飲み応えありそう」
「早い者勝ちだね」
輩達はハッとすると周囲を見渡した。
耳に聞こえる場違いな明るい歌、魑魅魍魎殿の阿鼻叫喚の声から異常事態が察したらしく青ざめた。
そして、群がるように集まってくる異形の子供達を見て、悲鳴を上げて立ち上がると揃いも揃って逃げ惑い始める。
「アーノルド、アーノルド。助けてくれ」
逃げ惑う警察隊の一人が、会場の隅で怯えている司会者に救いを求めて慌てて駆け走っていく。
しかし、その途中で「つっかまえた」と子供に背中を掴まれて首元に口吻を刺された。
「うあ」
男は呻いてその場で倒れると、司会者に向かって必死に腕を伸ばしながら「アーノルド、アールド、助け……」と呟いた。
しかし、すぐに呂律が回らなくなっていく。
「あーノル、あード、たす、たけ、え、へへ、えへあ、ああ、あは」
男の下腹部が盛り上がって身体全体が痙攣し始めるが、子供の食事が進むにつれて男の身体は急激にしぼんでいく。
程なく、彼は皮と骨だけになり動かなくなってしまった。
その光景を目の当たりにしていたアーノルドと呼ばれた司会者は、「ひぃいいい」と頭を抱えて蹲ってしまう。
恐怖に呑まれてしまったようだ。
辺りから悲鳴が聞こえなくなると、子供達が「お腹いっぱーい」と笑い出した。
「良かったねぇ。皆、美味しかったかな」
「はーい。美味しかったです」
歌うのを止めたラースが呼びかけると、子供達は手を上げて明るく元気に答えた。
競売であれだけ熱気のあった会場は嘘のように静まり返って、辺りに転がっているのは皮と骨になったミイラのような屍ばかりである。
「終わったようだな」
確認するように周囲を見渡すと、ふと客席の椅子の下で縮こまって震えている爺が目に入った。
それが誰だかすぐに察した私は、跳躍してその爺の襟首を掴んで会場中央に投げ捨てる。
「ぐぁ……」
小さな呻き声を漏らして失禁しながら、こちらを振り向いた爺の胸には『十五番』の札が貼ってあった。
「よう、精力溢れる糞紳士」
「た、助けてくれ。金でも、何でもやる。だからどうか命だけは助けてくれ」
必死に懇願する爺の姿に、ほんの少しだけ私の心に情が湧いたのか。
ちょっとしたお遊びを思いついた。
「いいだろう。なら、一つゲームをしよう」
「げ、ゲームだと」
首を傾げる爺に、私はにこりと微笑んだ
「そうだ。お前に対して、私が考える価値を当ててみろ。ただし、聞くのは三回だけ、回答時間は五秒だ」
私はそう告げると「一」と発して、掌の人差し指を立てた。
「ま、待て。なら、五百億ダリアか」
「残念、違う」
「ならば、千億。千億か」
「それも違う。さぁ、答えられるのはあと一回だぞ。よく考えることだ」
立て続けの回答に私が頭を振ると、爺は頭を抱えて必死に考え込む。
実に哀れな姿だ。
私は数を発しながら人差し指を立て、中指を立て、薬指を立て、小指を立てる。
「わ、わかった。私の全財産を捧げよう。不動産や奴隷を全て含めれば、一兆ぐらいにはなるはずだ」
「一兆か。よく溜め込んだものだな」
私は数えるの止め、鼻で笑った。
一兆の資産を持つ者なんて、転移前の地球でも世界有数の金持ちぐらいだ。
目の前で怯えるこの爺も、おそらくこの世界有数の金持ちなんだろう。
「あ、はは。どうやら、儂の命の価値は当たったようだな」
数を数えたの止めたことで、爺は口元を緩めて安堵した表情を浮かべた。
だが、私は「いや……」と不敵に笑い返す。
「残念だが、外れだよ」
「な、なんだと。では、いくらなら助けてくれるというのだ」
爺の怒号のような絶望のような叫びに、私は目を細めた。
「言っただろう。お前に対して、私が考える価値だとな」
「ど、どういう意味だ」
きょとんとする爺に、私は顔を寄せて凄んだ。
「私にとって、お前の価値など無価値。つまり、ゼロだよ」
「な……⁉」
爺が目を見開き戦くと、満足した私はラースに視線を向けた。
「やってくれ」
「あぁ、いいとも。皆、今日最後の食事だ。喧嘩せず、皆で分け合って食べてくれ」
「はーい」
ラースの支持に元気な返事をした十数人の子供達は、一斉に口から口吻を伸ばしていく。
そして、精力溢れる紳士に「デザート、いただきまーす」と笑顔で群がった。
「や、やめろ。やめてくれぇえええ」
地下競売場に悲痛な叫びが轟くが、その声に応じる者は誰もいなかった。
超越の後継者アラン・オスカー ~異世界転移して苦節70年、ようやく私の時代がやってきた~ MIZUNA @MIZUNA0432
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