第26話 陰惨な死を与える奉仕者【パルヴェリア】
「な、なんだ、これは。何の冗談だ」
「そうだ、貴様。我々が誰だがわかっているのか」
「司会者、そいつを殺せ」
会場の観客達から怒号が轟き、様々な物が投げ込まれる。
司会者は舌打ちすると、司会者台の中から自動魔拳銃を取りだして素早く発砲した。
だが、魔弾は私の結界を前にして霧散する。
「な、なんだと……⁉」
「どうした、一発でもう終わりか」
司会者は目を見開くと何やらハッとして戦き、その場で尻餅をついた。
「ま、まさか本当にお前は……。い、いや、貴女様は……」
「ほう、察しが付いたか。ということは、お前は警察隊のお偉いさんかな」
「ど、どうか、どうか命だけはお助けを。お助けをお願いいたします」
私が睨み付けると司会者は銃を捨て、床に頭をつけて必死に助命を懇願し始めた。
人の命を嬉々として金で売りさばいていたというのに、実に自分勝手な奴だ。
しかし、こいつには『死』よりも惨めで、相応しい末路が待っている。
「なら、これから起きる出来事を全てその目に焼き付けろ。そして、目にした光景をそのまま語れ」
みっともなく頭を地面にこすりつける司会者の頭を右手で持ち上げそう告げると、男っはきょとんした。
「な、何を見て、語れと仰るんですか」
「今から見せてやる」
口元を緩めて白い歯を見せたその時、頭に軽い衝撃が走った。
観客の投げた空き缶が当たったのだ。
結界を張らず、増強魔法も発動していない状態の私は見かけ通りの幼女と変わらない。
油断すれば、こういうこともある。
「く……」
痛みを感じた場所を手で触れると、ぬるっとした感触があった。
みれば赤い血が手につき、頭から水がゆっくりと流れ落ちるような感覚を覚える。
「司会者、何をしている。そいつを早く殺さんか」
「そうだ。我等を誰と心得るか」
「貴様達の命がいくつあっても、我等に比べればゴミ同然なんだぞ」
「そうよ。早く殺してここからだしなさい」
老齢の魑魅魍魎共が発する殺気と熱は、数も相まって中々のものである。
罵詈雑言と物が投げつけられる中、私はにやりと口元を歪めて再び大手を広げると、周囲を見渡すように回り始めた。
「お待たせして申し訳ありません。紳士淑女の皆様に、相応しい死に方が決まりました」
そう告げると、私は魔力を外部に放出して目に見える三属性の魔力塊を生み出していく。
同時に自身の胸に中にある三つの『魔核』が激しく脈打つ。
会場には魔力波による突風が吹き荒れ、シャンデリアが揺れてじゃらじゃらと耳障りな音を響かせている。
魑魅魍魎共の悲鳴が聞こえる中、私は契約を発していく。
「命の根源となる紺青の憎愛、絶望をもたらす多情の願望。そして、尽きることのない生への執着。アラン・オスカーが命じる。我が魔力を糧に顕現せよ、陰惨な死を与える奉仕者【パルヴェリア】。色欲蝶【ラスト・スワロー】」
三属性の魔力塊が交ざり合い、巨大な一つの魔力になった次の瞬間、会場の中心に立つ私の真上に黒い亀裂が現れる。
次いでその亀裂をこじ開けるように小さな手が、空間の端を掴んだ。
その小さな手によって亀裂が広がっていくと、可愛らしくあどけない童顔の人物が顔を覗かせた。
しかし、彼の黒髪の頭には人には生えていない二本の長い触覚が生え、頬には黒い薄毛が生えている。
「誰かな。僕を呼んでくれたのは」
目を細めた彼は、嬉しそうに口元を緩めて会場の様子を見回した。
次いで、彼の身体が徐々に亀裂から現れていく。
全身が漆黒の柔らかそうな薄毛と甲殻に覆われ、背中には大きい巨大な蝶の四枚羽が左右に生えている。
上二枚は横に長く、下二枚は下に大きく尾羽根が長い。
羽の色は漆黒だが、羽の縁部分には赤い丸模様が点々とあった。
その姿を目の当たりにした司会者は「ひぃい」と戦き、会場の魑魅魍魎達からは次々と悲鳴が上がっていく。
「呼び出しておきながら、随分と失礼な歓迎だね。こっちじゃ、僕の姿は珍しいんだろうけどさ」
亀裂から全身を現すと、そのまま背中の羽を使って宙に留まった。
「久りぶりだな、ラース」
宙から私を見ろした彼は、意外にそうに「へぇ……」と笑った。
「君。僕の名前を知っているんだ。何処かで会ったっけ」
「アリサの弟子だった、アランだよ。アラン・オスカー」
「アラン、だって?」
ラースは眉をぴくりとさせると、私の目の前に降り立った。
幼女になった私も小柄だが、彼の身長は私とそう変わらない。
ラースは私の目をまじまじと見つめながら、触覚を少し動かすとハッとして目を丸くした。
「本当にアランだ。へぇ、面白い姿になったもんだね。ところで、アリサはどうしたのさ」
「もう亡くなったよ。そして、師匠が志半ばだった研究を引き継ぎ、完成させた結果の姿がこれなのさ」
「あら、それは残念。でも、どうせならアリサの亡骸を食べさせてくれれば良かったのに」
あっけからんとラースは無邪気に笑った。
彼は暴食蟻の『アン』と同じ世界。
並行世界の住人で、彼女同様に別次元の世界を統べる七王の一角として君臨する恐ろしい王の一人である。
呼び出した際の契約によって、彼が私に危害を加えることはない。
だが、ひとたび怒らせてしまえば、今の私でも勝てるかどうかすら怪しいほどの力を持った存在だ。
「残念だが、こちらには死者であっても人として敬意を抱き、尊ぶ文化があるんでね。それはできないよ」
「ふーん。まぁ、いいけどさ。それで、僕を呼んだ用件はなに。ひょっとして、僕の子を産んでくれるとか?」
ラースの表情がぱぁっと明るくなって彼の羽から鱗粉が舞った次の瞬間、どくんと胸が高まった。
しまった、と思うが後の祭りである。
足がふらつき、動悸が激しくなって身体が火照てり、思考がおぼつかなっていく。
次いで、下腹部に何とも言えないもどかしさが走りはじめた。
このままでは、ラースに意思が呑まれる。
私は咄嗟に次元収納から回転式魔拳銃を右手で取り出すと、そのまま左手向けて引き金を引いた。
銃声が轟くと左手から血が流れ落ちる感覚が訪れ、焼けるような痛みが走る。
しかし、おぼついていた思考がはっきりしていった。
私は息を止めたままラースから少し離れるように飛び退き、自身の周りに結界を展開して鱗粉を吸い込まないようにする。
「あらら。痛そうだねぇ」
一連の動きを見ていたがラースだが、動じることもなく無邪気に笑っていた。
それはまるで、悪戯を見破られた子供のような表情である。
私は左手の傷を再生しながら、鱗粉が周囲にないことを確認すると咳き込みながら空気を吸い込み、肩で息をしながら凄んだ。
「はあ……はぁ……。ラース、今のわざとだろ」
「さぁ、何のことかな。契約で僕が君に危害を加えることはできないのは知っているだろう。僕はただ、僕なりの好意を君に向けただけさ」
言葉とは裏腹に確信犯的であると言わんばかりに、彼は不敵に笑った。
ラースが蒔く鱗粉には、吸い込んだ対象者の意識を朦朧とさせつつ発情させる効果がある。
事前に知っていれば結界を張ったり、息を止めたりなど対策が可能だ。
契約関係にある私に対し、彼は悪意を持って攻撃はできない。
しかし、純粋な好意から鱗粉を蒔いた結果、意図せず私が吸い込んでしまったとなれば契約外である。
全く、こいつは油断も隙もあったもんじゃない。
私を息を整えると、改めてラースを見やった。
「じゃあ、改めて呼び出した理由を教える。此処の会場にいる奴等だが、好きに喰ってくれてかまわない。そこの男と向こう扉にいる者達を除いてな」
「わかった。ちょうど、子供達もお腹を空かせていたところだよ」
ラースは頷くと宙に浮きながら両手を広げた。
「さぁ、皆出ておいで。食事の時間だよ」
彼がそう告げるとどこからともなく、あどけない子供達の笑い声が会場に聞こえてきた。
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下記、別作品もよろしくお願いします!
前世家ネコの勇者は家ネコに戻りたい
▽第一話
https://kakuyomu.jp/works/16818093088288884141/episodes/16818093088288904251
【WEB版】やり込んだ乙女ゲームの悪役モブですが、断罪は嫌なので真っ当に生きます
▽第一話
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