第25話 競売
扉を開いて姿を見せると、会場の光が私に注がれた。
少し眩して暑い、舞台上の人気役者がスポットライトを浴びるのはこんな感じなのかもしれない。
私が裸体のまま両手を広げて歩き始めると、観客達から歓声が上がった。
「浅葱色の長髪、それに赤い目をしているぞ」
「いえ、違うわ。桜色の瞳よ」
「凄いあんな商品は始めてだ」
「買うぞ。必ず競り落とす」
どいつもこいつも目をぎらぎらさせ、口元を歪めて唾を飛ばしながら舐めるような視線で私を値踏みしている。
横目で司会者を見れば、彼は手元の書類と私を交互に見て何やら困惑しているようだ。
司会者の持つ書類に記載されている子供の特徴と、私の容姿が違うので戸惑っているのだろう。
だが、観客達から発した熱気を見れば、司会者は競売を始めざるを得ないはず。
此処に居る客は全て帝国の上級国民であり、司会者達は所詮彼等にこびを売る商人でしかない。
客の機嫌を損ねれば、司会者達の首は飛ぶことになるだろう。
比喩ではなく、物理的にである。
「どうした。早く競りを始めろ」
「そうだ。いつまで待たせる」
「そうよ、早く始めなさい」
私が司会者の横に並び立つと、せっかちな客達が罵声を上げ始める。
司会者は、私と裏に通じる扉を交互に見やって舌打ちした。
「くそ、書類に載ってないぞ。こんな上物は絶対に後出しに決まってるだろう。この後の商品に値段がつかなくなるだろうが。なんてミスしてんだよ」
彼は誰にも聞こえないように吐き捨てたつもりだろうが、残念ながら私の耳には届いている。
一応、褒められたことになるのかもしれないが、嬉しくともなんともない。
「しゅ、出自は不明ですが、世にも珍しい浅葱色の長髪に加え、傷一つない綺麗な肌。そ、それに……瞳は左右で若干色が違うオッドアイのようです」
「おぉおお⁉」
司会者が私の顔を覗き込んで発したオッドアイという言葉に反応してか、観客達から再び歓声が上がる。
犬猫のオッドアイはそこそこ見かけるが、人間でオッドアイが生まれる確率は百万分の一程度の確率だそうだ。
この場にいる彼等にしてみれば、私は希少価値が高くて二度とお目にかかれない商品と言ったところだろう。
「まだ幼いですが、青い果実として召し上がるのもよし。大切に育て、熟すのを待つのもよし。世にも珍しい浅葱色の髪を使えば、美しい鬘や装飾品を作ることもできるでしょう」
流石に場慣れしているというべきか、司会者は書類を見ずに私を見ながら即興で次々と言葉を発していく。
気付けば、観客達からの野次は消え、彼の言動と私の姿を注視していた。
「では、一千万ダリアから始めたいと存じます」
司会者がそう告げると、彼方此方の観客達から札が上がり始めた。
『ダリア』というのは、この世界で十大国と呼ばれる国々で用いられている共通通貨だ。
日本円で換算すれば『一ダリア=一円』という感じだろうか。
鉄で作られた一、五、五十、百、五百の価値を持つ硬貨。
紙で作られた千、二千、五千、一万、五万、十万の価値を持つ紙幣。
以上が存在しているが、一般的に使うのは一万の紙幣まで。
五万、十万という紙幣は金持ち連中や大金の移動にしか使われない。
それにしても一千万ダリア、か。
私の命にしては随分と安い値だ。
いや、転移当時の私は九千八百ダリアでも売れ残っていたから、大分価値が上がったとも言えるかもしれない。
「一億ダリアがでました。他はおりませんか」
「ん、一億だと……?」
感慨に耽っている間に競りが進められ、私の価格は一億まで上がっていたらしい。
「五億だ」
一気に金額が跳ね上がって会場がざわめきが起きる。
見渡せば、精力溢れる好色爺の十五番が札を上げていた。
お前、高貴な血じゃないと駄目じゃなかったのか。
心の中で突っ込んでいると、司会者が「おぉ」と大袈裟な声を上げた。
「本日の最高額がでました。五億、五億以上はおられませんか」
「十億だ」
今度は会場からどよめきが起きる。
見れば、好色爺の十五番が座る席の反対側に、十三番の札を持つこれまた好色そうな爺が口元を歪めていた。
二人は睨み合うと、競い合うように値を出していった。
十五億、二十億、三十億、四十億、五十億、百億、二百億……。
売り言葉に買い言葉の如く、好色爺達の張り合いが続いていく。
私は中半呆然としながら、その様子を見つめていた。
転移して間もない頃のみすぼらしい男性姿の時は、九千八百ダリアでも売れ残る。
だが、見目美しい幼女姿になれば、何百億ダリアという価値が付くという事実。
これを目の当たりにすると、流石に少しばかり感傷的な気分になってしまう。
しかしまぁ、欲望溢れる世界の現実はこんなものだろう。
「五百億だ」
「十三番様で五百億が出ました。十五番様、如何致しましょう」
「お、おのれぇ……」
苦々しげに十五番は十三番を睨み付けるが、十三番は鼻を鳴らして口元を歪めていた。
こうなると私の価値がどうこうではない気がする。
もはや二人の意地の張り合いだ。
しかし、十五番は何かを思いついたらしくハッとすると、ゆっくりと札を上げた。
「五百億飛んで一ダリアだ」
十五番がそう告げて間もなく、司会者が書類を置いている台の上でブザーが轟いた。
「た、たった今制限時間となりました。地下競売場史上最高額にて十五番の精力溢れる紳士に決定です」
「ふざけるな」
十三番がその場に立って怒号を発した。
彼もマスクにパーティ衣装姿だが、その言動から激昂しているのがありありとわかる。
「私はまだ競りを続けているぞ」
「申し訳ありません。この後も競りが控えておりますのでご了承ください」
「馬鹿を申すな。後も先もあるか。私はまだ……」
怒号が収まらない十三番の様子に、司会者が場をどう収めようかとしていたその時、私は両手を大きく広げた。
「ハロー、紳士淑女皆様【レディース&ジェントルメン】」
一度、この台詞を言ってみたかったのだ。
私の声が轟くと、会場は一気に静まり返る。
なお、いま発した言葉は地球語なので、この場にいる彼等には何を言ったのかは伝わっていない。
「き、貴様。誰が発言を許した。お前達、取り押さえろ」
「畏まりました」
司会者の指示に従い、それぞれ東西南北に向いて立っていた四人の男達が襲いかかってくる。
動きから察するに、こいつらも警察隊の一員だろう。
全員が一斉に飛びかかってきたその時、私は指を鳴らして彼等の目の前に黒い壁。
もとい次元収納を発動した。
「な……⁉」
男達は目を瞬くが、急に動きを止めることもできるはずもなく。
自ら次元収納に飲み込まれてしまった。
あっという間の出来事であるが、その様子を目の当たりにした勘の良い爺共が慌てて席を立って扉に向かい始める。
「逃がすわけないだろう」
そう吐き捨ててもう一度指を鳴らすと、会場を出入りするための扉全てが一瞬で凍り付いた。
もう誰もこの会場を出入りすることも、逃げることはできない。
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下記、別作品もよろしくお願いします!
前世家ネコの勇者は家ネコに戻りたい
▽第一話
https://kakuyomu.jp/works/16818093088288884141/episodes/16818093088288904251
【WEB版】やり込んだ乙女ゲームの悪役モブですが、断罪は嫌なので真っ当に生きます
▽第一話
https://kakuyomu.jp/works/16816927861422152332/episodes/16816927861422216682
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