第24話 地下競売場

「ふむ。掃除はこんなところか」


私は次元収納から取り出した縄で拘束した警察隊の気絶した面々を見下ろしながら、汚れを払うように手を軽く叩いた。


地上の出入口から階段を下りた先には、ふかふかの赤い高級絨毯が敷き詰められた床、幾何学模様の装飾が施された壁、天井には豪華なシャンデリアが等間隔に吊るされた地下通路が存在していた。


流石、貴族達御用達の競売場と言うべきか。


中々に豪勢の極みともいうべき造りだった。


通路を歩き出して程なくすると、通路の豪華な装飾とは場違いな激しい足音が通路奥から響いてくる。


見やれば、地上の騒ぎを聞きつけたのか。


保護帽を被り、自動魔小銃で武装した警察隊の面々がこちらに走ってきていた。


私が『光学迷彩』を発動していたので、進行方向に立っているというのに彼等は止まる気配もない。


とはいえ、下手に放置すれば騒ぎが大きくなってしまう。


従って、連絡が取れないよう警察隊の面々とすれ違う度、彼等を気絶させて拘束しながらここまで進んできたのである。


「さてと、新たな知見を得るため闇社会見学を少しさせてもらおうか」


貴族達御用達の地下競売場なぞ、見られる機会はあまりない。


特に『今後の帝国』では、その機会はおそらく皆無となるだろう。


地上にあった出入口の扉とは比べものにならない豪華な扉の取っ手を掴み、騒ぎならないよう静かに開けていく。


「他におりませんか。出身は没落貴族ですが、血統書付きの十六歳の未通女でございます。性奴隷にしてもよし。世継ぎの子供を産ませてもよし。童貞のご家族がいれば、筆下ろし用の贈り物に使ってもよろしいかと存じます」


黒の燕尾服にシルクハットを被り、マスクで目元を隠した司会者の発した言葉で会場の貴族達からどっと笑いが起きる。


地下だというのに、会場中央にある巨大なシャンデリアに加え、通路と中心に向かって等間隔で配置されているシャンデリアの灯りによって昼間のように明るい。


また、司会者が立つ場所は会場の窪んだ中心地であり、全体から見渡せるようになっている。


司会者の周囲には彼と同じ格好をした者が四人、それぞれ東西南北に向いて立っていた。


入札漏れの無いように確認しているんだろう。


司会者の隣には生まれたままの姿で俯き、首に数字が雑に書かれた小さい板を掛けられた薄茶色の長髪の少女が肩を震わせている。


会場内の上級帝国民と思しき連中は、奇抜もしくは派手と言える仮装パーティーのような衣装を着て目元を隠す様々なマスクをしているが、その下卑た視線と歪んだ口元は隠せていない。


格好は身バレを防ぐ目的なんだろうが、この場の異常さをより際立たせている。


「いませんか。なら、こちら商品はそちらの十五番の札を上げた老紳士に決定です」


司会が進行すると、老紳士と呼ばれた人物が「ふざけるな」と声を荒らげた。


彼はその場で立ち上がると、口元を大きく歪める。


「私はまだ現役だ。その娘は、十三番目の我が子を産ませるために買ったのだぞ。常連ではあるが、老紳士と聞き捨てならん。訂正したまえ」


「これは大変失礼いたしました。改めて、十五番の精力溢れる紳士に決定です」


「うむ、それでよい」


司会が大袈裟に頭を下げて答えると、十五番の男は自身の股ぐらをこれ見よがしに触りながら満足げに頷いた。


同時に周囲から拍手喝采が起きる。


十五番の男をよく見れば頭の髪がほとんどなく、残っていても真っ白である。


横顔には皺と染みが沢山見え、鼻下と顎には髭が蓄えられているようだ。


歪める口元の隙間からは、すきっ歯になった黄色い歯並びが見えた。


男の下劣な視線に、会場の中心に立つ少女が怖気を感じたらしく嗚咽を漏らし始める。


だが、司会者達はその様子を横目で見てにやにやと笑いながら、別室に続いているであろう扉に彼女を連れて行った。


「では、紳士淑女の皆様。次の商品に移りたいと存じますが、その前に改めてご案内いたします。本日の商品は大陸十カ国の十台前半から中半の雄、雌を各種取りそろえております故、いつもより長丁場になることが予想されておりますのでご注意ください。また、当方の競売所では購入頂いた商品の買い取り、中古販売も執り行っております。どうぞよろしくお願いします」


司会進行の男が頭を下げると、先程の少女が連れて行かれた扉が開いて、薄青白い肌に深い青の髪と瞳をした少女が連れて来られた。


先程の少女同様に彼女も生まれたままの姿である。


だが、人族と明らかに違う少し長い腕をしていて、手には水かきのような膜もあった。


メリアロス王国の水人族の少女で間違いない。


「それでは始めます。ご購入を希望する方は札を上げてください」


司会が発すると、彼方此方の輩が次々と札を上げ始める。


競売場には欲望とある種の熱気が漂い始めていく。


「想像以上に深刻だな」


私は思わず唸った。


次期皇帝の立場を不動のものにしたい思惑がチャールズにはあるんだろうが、この競売を放置しているのは間違いなく愚策だ。


他国の民族を奴隷とする行為は、どの国でも忌み嫌われる行為である。


中には借金の形として身売りする場合もあるが、あくまで本人自らが希望した場合のみだ。


特に水人族、エルフ族、ダークエルフ族は同族が奴隷とされることを決して良しとしない。


にも拘わらず、帝国上位層にいる人物達が嬉々として他国民を競売しているのだ。


この実態が知れ渡れば、帝国は次期皇帝どころではない。


大陸中を敵に回すことになるだろう。


「シャリアが皇帝になるだけでは騒ぎが収まらん。贖罪の山羊【スケープゴート】を用意せねばならんかもしれんな」


彼女やオリナスであれば、この状況をすぐに取り締まるだろう。


だが、それでも競売の事実が消えるわけではない。


故に他国の憎悪を向けるべき責任者が必要になるわけだ。


「まぁ、それは後で考えるとするか。それより……」


私は商品と呼ばれる少年少女が出入りする扉を見つめた。


ここにいる貴族達を殺すのは簡単だが、その騒ぎの間に少年少女達が口封じされる恐れもある。


行動起こす前に、まずはこの会場とあの扉の奥にいるであろう警察隊の輩をどうにかした方が良さそうだ。


「さて、動くかな」


私は会場の紳士淑女達が競売に夢中になっている間に事を進め始めた。



「へへ、お前も可愛そうな奴だな。あの十五番の妖怪爺に買われるなんてよ」


「……」


警察隊の装備をしている男が、競売が終わって嗚咽を漏らす茶髪の少女に呼びかけるが反応は無い。


競売場の声が薄らと聞こえる会場裏では、裸のまま手足を拘束された少年少女達が数字と値札を首に掛けられて綺麗に並ばされていた。


彼等の表情は誰もが絶望に染まり、目は虚ろで光がない。


「無視かよ。ま、いいけどよ」


男はつまらなそうに肩を竦めるが、下卑た笑みを浮かべて無反応の少女を見つめた。


「あの十五番の妖怪爺の趣味を教えてやるよ。あいつはな、自分の高貴な血を少しでも多く残すことを最後の生きがいにしてんだ。だが、相手は誰でも良いってわけじゃない。お前みたいに、没落していても貴族出身かつ処女じゃないと駄目らしいんだ」


「……」


少女は無反応だが、嗚咽の音が少し大きくなったようである。


その様子に気を良くした男は、彼女の横にしゃがみ込んで耳元で囁いた。


「あの爺に買われた女はな。薬でも何でも使って、無理矢理にでも二ヶ月後には妊娠させられるらしいぜ。その代わり、女達は正気を失って爺のことを『ご主人様、愛してます』って連呼するようになるそうだ。お前も数ヶ月後にそうなってんだぜ。どうだ、楽しみだろ」


「……いやだ。そんなのいやだよ」


初めて少女が漏らした消えそうな声に、男はにやにやと満足そうに笑った。


「残念だが、それがお前の運命だぜ。受け入れるしかねぇんだよ」


「では、尋ねよう。お前なら、その運命。受け入れられるかな」


「は、そんなの死んでも嫌だな」


「そうか。なら、殺されても文句はないな」


幼女の声に男は答えるが、すぐにハッとする。


この場には、彼を含めて男の警察隊員しかいないはずなのだ。


「だ、誰だ」


男は自動魔小銃を構えて振り返るが、周囲には彼以外の警察隊員は誰もいなかった。


「な、なんだ。あいつら、何処にいったんだ。まさか、全員で連れションか」


「残念だが違う」


再び幼女の声がどこからともなく聞こえた次の瞬間、男の身体が宙に浮いた。


いや、正確には地面が無くなって、叫ぶ間もなく闇の中に呑まれたのである。


「処分は貴族とまとめてするか」


警察隊員達が一斉に消えたことで、拘束されていた少年少女達も異変に気付いてざわめきが起きた。


直後、茶髪の少女の目の前に浅葱色の長髪をした裸体の幼女が現れる。


「皆、このまま暫く静かにしていてくれ」


幼女は可愛らしくも、低くて落ち着いた声を発した。


「この後、必ず助けが来る。ただし。君達にはここで静かにして待ってもらう必要があるんだ。できるね」


「は、はい。わかりました」


茶髪の少女が頷くと、幼女はにこりと笑った。


「良い子だ」


「あ、あの、一つ教えてください。貴女は天使様なんですか」


絶望していた茶髪の少女にとって、何もない空間から忽然と姿を現した幼女はまさに神か、神の使いにでも見えたのだろう。


「私が天使か……」


幼女は感慨深そうに呟くが、急に笑い出した。


少女がきょとんとして首を傾げると、幼女は真顔になる。


「私はどちらかといえば神を恨み、否定し、歯向かった異端者。もしくは悪魔かな」


「え……」


少女の顔が強ばるが、幼女は白い歯を見せて微笑んだ。


「安心なさい。私が何者であっても、君達を救うことに変わりはないさ」


幼女がそう告げて間もなく、「次の商品を早く出さないか」という声が会場から轟いた。


「おっと、お呼びだ。じゃあ、皆で静かに待っているんだぞ。私がここを出たら、あの扉は決して開けてはならない。地獄に通じる開かずの間となる。いいね」


「は、はい」


少年少女達が恐る恐る頷くと、幼女は裸体のまま颯爽と会場に続く扉に足を進めていった。





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