第23話 言い間違え
「現状の帝都では珍しく良い軍人のようだな」
「の、望みはなんだ」
淡々とした幼女の声にゲイリーは戦くも、椅子に深く腰掛けて冷静に問い掛けた。
「ここ最近、殺された貴族達が行っていた闇取引について警察隊は捜査上で知ったはずだろう。何故、動かない」
「……警察隊は貴族や皇室に買収されている」
後頭部に銃口を押し付けられている状況、下手な答えをすれば間違いなく殺される。
ゲイリーは背後にいるであろう幼女の声の持ち主に、容赦無い気配を感じ取っていた。
「なら、何が必要だ」
「皇室もしくは貴族達の弱みを掴むこと。そして、高潔な貴族だ」
幼女の問い掛けに答えつつ、ゲイリーは心の中で『そんな人物はいないだろうが……』と諦めたように呟いた。
「そうか。ならば後日、貴族の弱みとなる現場に君を招待しよう。それから、高潔な貴族はレベッカ・ローザ伯爵を頼れ。私が話を通しておく」
ゲイリーはハッとした。
ローザ伯爵と言えば癒着、不正、政治腐敗を正すべきと強く主張している人物の筆頭だ。
結果的に現帝都では珍しい反チャールズ派とも言えるが、皇室から睨まれて昨今では発言力と影響力が著しく低下している人物である。
『ここ最近の貴族暗殺事件の裏で操っているのが彼女なのだろうか』という疑問が脳裏に浮かび、ゲイリーは恐る恐る尋ねた。
「き、君は、ローザ伯爵の使いなのか」
「違う。だが、いずれわかる」
幼女の声は即答してきた。
返事の早さや迷いの無い声色からは、本当に無関係であることが察せられる。
この声の持ち主が貴族達を暗殺し帝都を、帝国を変えようとしているのだろうか。
「一人で戦うつもりなのか」
「いや、君達がいるさ」
「君達……?」
後頭部に当てられていた銃口の気配が消えると、部屋が明るくなる。
電気が戻ったのだ。
ゲイリーが急いで背後を振り返れば、そこには浅葱色の髪と左右で色の違う瞳をした幼女が不敵に笑う顔がうっすらと見えた。
「ま、待て。君は一体誰だ」
呼びかけるも返事はなく、幼女の姿はそのまま忽然と消えてしまう。
ゲイリーは腰に下げていた拳銃嚢から自動魔拳銃を取り出し、構えながら部屋を見渡すが人の気配はない。
部屋の扉を開けて廊下を見渡すも、誰もおらず足音も聞こえなかった。
「一体、なんだったんだ……」
彼が首を傾げながら自動魔拳銃を拳銃嚢に戻したその時、机の上にトランプのカードでダイヤのエースが置かれていることに気付く。
首を捻りながらそのカードを手に取ると、「近いうちに連絡する。また、会おう」という文言が残されていた。
「……狂人か、はたまた救世主か」
ゲイリーは肩を竦め、大きなため息を吐くのであった。
◇
「おぉ、大盛況だな。実に景気の良い話だ」
冷たい雨が激しく降る闇夜の中、私は地下に続くの出入口に次々と入っていく高貴な服に身を包んだ怪しげな連中を魔力炉の上から遠視魔法で遠巻きに見つめていた。
あの奥にある非合法な巨大地下競売場では上級帝国民とされる貴族、金持ち、お偉方達が集う会員制による大規模な取引が行われるのだ。
最後の客が入ったらしく、自動魔拳銃を構えた警察隊の服を着た数人の男が辺りを見回し、警戒しながら出入口の扉を閉めた。
「警察隊が違法競売を直々に警備とは、世も末。いや、この場合は帝国も末だな」
私は遠視魔法を解くと、ここ数日の出来事を振り返る。
シャリアとオリナスが記した暗殺名簿【ノート】を元に数人の貴族や軍人を闇から闇に葬ったが、皇室が情報統制を敷いているらしく情報が表に出てこなかった。
暗殺それ自体も重要だが、目的はその先。
シャリアもしくはオリナスが次期皇帝になるよう帝国世論を誘導することだ。
そのため、チャールズを支える有力者達の暗殺と一緒に彼等が行っている後ろ暗い違法取引を表沙汰にしてやろうとしたのだ。
しかし、流石に帝国世論を私個人かつ私が表に出ずに動かすのは難しい。
従って、ザクスの記憶にある『要注意人物』に接触した。
この場合、チャールズやザクスにとって要注意人物となるため、シャリアやオリナスの味方となり得る人物達だ。
警察隊に所属する正義感の強く、同僚から誘われても決して賄賂や不正に手を染めない『ゲイリー・ドルゴン』。
帝国貴族における不正、癒着、政治腐敗、賄賂を正すべきと主張した結果、没落間際まで追い込まれている『レベッカ・ローザ伯爵』。
私は密かに二人と接触を図って自らの目で人となりを見極め、彼等が信用に足ることを確認した。
そして今から一時間後、二人にはあの『地下競売場』に信用できる警察隊や貴族達と訪れるように連絡している。
「あまり時間もない。そろそろ、行くか」
私は右手の親指を鳴らし、着ていた服を次元収納にしまい込むと光学迷彩の魔法を発動。
次いで、足下に結界を発動して地下競売場の出入口に向けて跳躍した。
◇
私が上空から地下競売場への出入口付近に着地すると、地面がえぐれてそこそこの衝撃音が轟いた。
すかさず警察隊の警備員達が反応し、騒々しい足音を鳴らしてこちらにやってくる。
「なんだ、今の音は⁉」
「あそこを見ろ。さっきはあんな状態じゃなかったはずだ。確認しろ」
激しい雨の中だが、警備員達は顔を覆う保護帽のおかげか視界は良いようだ。
彼等は銃を構え、警戒しながら私の傍にやってくる。
とはいえ、私は光学迷彩を発動しているのでぱっと見では視認できない。
数人が援護できるよう後方で自動魔小銃を構えて佇む中、指で合図しながら三人の隊員がえぐれた地面を調べにやってくる。
二人が銃を構えたまま周囲を警戒し、一人がしゃがみ込んでえぐれた地面を手で触れて確認していく。
「……落雷か。それとも空から何か落ちてきたのか」
しゃがみ込んだ隊員が首を捻って空を見上げたその時、激しい雨の水滴によって光学迷彩に包まれる私の身体の輪郭がほんのわずかに視認可能となる。
「何だ……」
隊員が訝しみながら恐る恐ると手を伸ばしてきた。
顔にその手が近づいてきたので、私はその腕を掴む。
「な……⁉」
間近にいて腕を掴まれた事に加え、激しい雨に打たれていることで光学迷彩上でも隊員は私を視認できたらしい。
保護帽越しでも彼の驚愕と恐怖が感じられた。
私は彼に向かって、口元を緩めて微笑み掛ける。
「こんばんは。そして、おやすみなさい」
多分、空間が歪んだように見えているだろうから、相手からすれば私の笑顔は不気味なことこの上ないはず。
実際、目の前にいる隊員は戦き、たじろいでいる。
「貴様、な……⁉」
何者だ、彼はそう言おうとしたのだろう。
しかし、私が繰り出した喉輪の一撃で隊員の喉元は潰れていた
「が……⁉」
喉を押さえて両膝を突いた隊員の頭部にすかさず回し蹴りを繰り出し、吹き飛ばすと彼は建物の壁にぶつかって気絶する。
「い、いるぞ。何かがここにいるぞ」
「暗殺騒ぎの犯人かもしれん。構わん、撃て」
隊員達の声が轟き、一斉に自動魔拳銃の銃声が轟いた。
だが、私の周囲には展開された結界によって魔弾は全て防がれる。
雨も通さないので、空間が歪んだように彼等には見えているはずだ。
「な、なんだこいつは。まさか、透明人間か」
「馬鹿な、そんな人間いやしない。どうせ魔法か何かだ。撃ち続けろ」
隊員達は必死に銃を撃ち放つが、私は彼等が銃を向ける先にはいない。
結界だけそのままにし、彼等の注意を引いたのだ。
その隙を突き、背後に回り込んで強烈な拳と蹴りをお見舞いして次々に気絶させていく。
やがて、残ったのは指示役らしい隊員になった。
「な、なんなんだ。一体、なんなんだお前は」
隊員は私を視認できないせいか、叫びながら銃を前方に向けて扇状に射ち放った。
銃声は激しい雨音の中に飲み込まれていく。
「はぁ……はぁ……」
隊員は緊張した様子で周囲を見渡しながら自動魔小銃の弾倉を入れ替える。
「くそ。姿を見せろってんだ」
「おい」
背後から背中を軽く小突くと、隊員は銃を構えたまま慌てて振り返った。
「ど、どこだ。何処にいる」
「下だよ。下」
「し、下……?」
戦く隊員が目線を下にすると、私はわざと光学迷彩を切って姿を現してやった。
「は、裸の幼女だと」
「失礼だな。私は捕食者【プレデター】だよ」
そう告げると、私は拳を彼の鳩尾にえぐり込ませる。
隊員は呻き声を上げ、両膝からその場に崩れ落ちた。
「あ、違った。超越者【アンリミテッド】だったな」
私は頬を掻きながら苦笑すると、左手の親指を鳴らして気絶した隊員達を一カ所に集める。
次いで、次元収納から取り出した縄を操って拘束。
彼等の持っていた武器は次元収納内にしまい込んだ。
「後から来るレベッカとゲイリー達もこれで安全だろう。さて、紳士淑女の皆様へ挨拶しにいくかな」
地下競売場へと続く出入口の扉をおもむろに開くと、私は右手の親指を鳴らして再び光学迷彩を発動する。
そして、目の前に現れた地下に続く階段を下りていった。
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