第22話 協力者

「……今日も一面に載っていないな」


帝都にそびえ立つ魔力炉の上に座り、朝食のホットドッグを頬張りつつ朝刊を読み進めるも、帝国貴族が暗殺されたという記事は一切無かった。


異母兄弟の血筋とはいえ、シャリアと敵対するチャールズは師匠の遠縁だ。


私は筋を通すために彼に自己紹介を行い忠告するも断られたため、宣戦布告を行った。


その翌日から、私はシャリアとオリナスがノートにまとめた暗殺名簿を元にして行動を開始。


最初の『マローニ・ルスカス』の暗殺を皮切りに、腐った帝国貴族と軍人の一部を闇から闇に葬っている。


チャールズにも伝わるよう現場には『恩には恩を、敵意には敵意を』というメモ書きを、この世界にも存在するトランプのスペードの『1』から数字順に都度記載して残したが反応はない。


一応、数日前のマローニ・ルスカスの死亡は一面に載っていたが『不幸な車両事故』で処理されたようだ。


間違いなく、情報統制しているのだろう。


『超越者【アンリミテッド】には決して手を出してはならない』


次期皇帝の有力者であったチャールズは、この世界で暗黙了解とされている決まりを破ったのだ。


それも独断で、である。


結果、腐敗しているとはいえ現政権を支える有力貴族や軍人が超越者に暗殺されたとあっては、チャールズの信用は間違いなく揺らいでしまう。


腐敗した奴等が今更シャリアとオリナスに尻尾を振ることは、通常はあり得ない。


しかし、死と服従であれば余程の信念がない限り、人は『服従』を選ぶもの。


保身に走る貴族や軍人にそのような『信念』などありはしない。


チャールズが怒らせた超越者に狙われている知れば、貴族達は震え上がって己の命ほしさにシャリア達に鞍替えする可能性は高いだろう。


だが、シャリアとオリナスがいくら高潔であろうとも、腐敗貴族が懐に入ってくれば必ず何処かで不正が行われ、見えにくいところから組織は腐っていく。


この機に『処分』していくのが妥当というわけだ。


しかし、シャリアやオリナスの支持者を増やしつつ癒着、腐敗、汚職にまみれた帝国内の政治を浄化させるよう世論誘導するには暗殺だけで不十分である。


「やはり、協力者が必要だな」


ホットドッグ食べ終わった私は口元を親指で拭い、新聞を折りたたむ。


そして、ゆっくりと目を瞑って『ザクスの記憶から要注意人物』を探し始める。


程なく、二人の人物が脳裏に姿を現した。


「……ローグスミス帝国軍、帝国内警戒察知治安維持部隊所属のゲイリー・ドルゴン。それから、現ローザ家当主のレベッカ・ローザ伯爵か」


私は目をゆっくり開きながら呟くと、眼下に広がる帝都を見渡した。


「さて、それでは今日の仕事を始めよう」



ローグスミス帝国軍には『帝国内警戒察知治安維持部隊』、通称『警察隊』という自国内の治安維持に従事する専用部隊が存在していた。


一応の所属は軍部だが、貴族や政治的圧力の影響を受けないよう皇帝直轄の独立部隊となっている。


しかし、現在においては警察隊内部は多額の賄賂と政治圧力によって腐敗と汚職が蔓延していた。


警察隊に所属する隊員達が権力者から賄賂を受け取って違法薬物、人身売買、貴族が起こした事件を未解決にすることは日常茶飯事。


警察隊での昇進も貴族や政権の意向に従う者が抜擢され続けた。


その結果、警察隊は貴族や有力な資産家の言いなりで『独立性』は機能しなくなって久しい。


そうした警察隊にも癒着、不正、賄賂に屈せずに正義感を持って業務に当たっている者も少なからず存在する。


ただし、彼等は隅に追いやられ、今にもその火が消えそうな状況で燻っている程度であった。


その日、帝国内にそびえ立つ警察隊本部局の一室では、二人の軍人が机を挟んで互いに顔を顰めて視線を交えていた。


一人は執務机に腰掛け、赤茶の髪と鋭い目付きに野心に満ちた黒い瞳をした男性であり、服装は警察隊専用の紺色を基軸とした軍服姿だ。


彼はため息を吐くと、目の前に立つ男に向けて口火を切った。


「ゲイリー、君は優秀だ。しかし、上司として忠告する。あまり馬鹿な真似はするなよ」


「馬鹿な真似、か」


ゲイリーと呼ばれた男は、諦め顔で肩を竦めた。


彼は優しい目付きに茶色の瞳を浮かべ、茶髪をオールバックにし、鼻下には髭を蓄えている。


彼の服装も紺色を基軸とした警察隊の軍服であった。


「アーノルド、それは上からの圧力に抗うことか。それとも、賄賂を受け取らないことか。どっちだ」


「勿論、どっちもだよ。これは同期として忠告する。もっと利口になりたまえ。私のようにな」


アーノルドはそう言うと、勝ち誇ったように笑って椅子の背もたれに背中を預けた。


「……圧力に屈し、賄賂を受け取って貴族の犯罪を見逃すために警察隊に志願したわけじゃない」


ゲイリーは悔しそうに力なく呟いた。


『アーノルド・フラージュ』と『ゲイリー・ドルゴン』は同時期に警察隊へ入隊した同期である。


アーノルドは持ち前の『要領の良さ』から同期の中で出世頭となっていたが、一方のゲイリーは正義感の強さが仇となって逆に同期の中では一番出世が遅れていた。


「君の志と正義感には感服するがね。結局のところ、力のない正義は意味をなさないんだ。いま起きている様々な『事故』も、私達にできることはない。上から言われた通りにするんだ」


「だが、有力貴族が連続で暗殺されたんだぞ。挙句、それをきっかけに彼等が行っていた不正や人身売買も明るみになった。いつまでも隠し通せるものではないはずだ」


ゲイリーは顔を顰めた。


ここ数日、帝都では第一皇子のチャールズを支える有力貴族が次々と何者かに殺害されている。


表向きには『事故死』と公表されていた。


問題はそれだけではなく、捜査を進めていく中で貴族達が行っていた違法な闇取引も明るみになりつつあったのだ。


「それは君や私が決める事じゃない」


アーノルドは席を立つと、ゲイリーの横に並び立って肩を叩いた。


「君にも守るべき家族がいるはずだ。あまり深入りすると、君の友人が所属する特務実行部隊が動く可能性もある。この意味、わかるだろう」


「……わかった。この件はこれ以上追わないようにする」


「あぁ、それでいい」


アーノルドが笑みを浮かべて頷くと、ゲイリーは肩落とし「じゃあ、報告書をまとめるよ」と踵を返すのであった。



「……腐ってるな」


ゲイリーは自室に戻って席に着くなり、大きなため息を吐いた。


帝国の政治腐敗は今に始まったことではないが、人身売買や殺人すらも賄賂や政治圧力でどうにかなってしまう。


この現状は警察隊に所属するゲイリーでさえ、救いようのないと思えるほどであった。


「それでも、私の手の届く範囲だけは何とかしたいものだ」


彼がそう呟いた時、部屋の電気が急に消えて真っ暗となる


何事かと、椅子から立ち上がろうするが後頭部に銃口が突きつけられ、撃鉄を引く音が後から聞こえた。


おそらく、回転式魔拳銃だろう


「そのまま席に座って動かず、振り向くな」


「……⁉」


ゲイリーの背後から聞こえてきた声色は、可愛らしくまるで幼女のような低い声だった。





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