第21話 暗殺

帝城に非常警報が流れた翌日。


第一皇子チャールズ・ローグスミスの下に不届き者が現れたという噂が帝都中に広まったが、皇室はこれを全面的に否定。


非常警報は誤作動によるものだったと公表される。


一時はシャリアやオリナスの放った暗殺者が帝都に現れたのでは、と戦く貴族もいたが、彼等は皇室の発表を信じて普段通りの日常に戻っていた。


当日の社交界に参加していた『マローニ・ルスカス』もその一人である。


彼はチャールズ派に属する有力貴族であり、帝国内で多大な発言力と影響力を持っていた。


年齢は四十代半ばぐらいで、薄茶の髪をオールバックにまとめ、落ち着いた風貌で在りつつも細く鋭い目つきをしている。


また、マローニの黒い瞳の奥には、なんとも言えない不気味な強い光が宿っているようにも感じられた。


月明かりが雲で隠れ、真っ暗な闇夜の中。


彼はとある買い物を済まし、上機嫌で護衛達が運転する高級魔動車の後部座席に座って足を組んでいた。


「良い買い物が出来たようですね」


マローニがにやついていたのが気になったのか、同乗している護衛の男性が声を発した。


「おや、顔に出ていたか。若くて生きの良い『獲物』がいつもより多く手に入ったのでね。自領に戻るのが今から楽しみだよ」


「左様でございましたか。恐れながら、楽しんだ後は我等もおこぼれを頂戴できれば幸いでございます」


護衛は畏まって頭を下げるが、その顔には下卑た笑みが浮かんでいる。


二人の会話を運転席と助手席に座る護衛の男達も何やら気になったらしく、後部座席を横目で一瞥した。


「わかっている、私は狩りを楽しみたいだけだ。その後の処理はいつも通りお前達に任せる。好きにしろ」


「ありがとうございます。私どもはマローニ様に何処までもついて行く所存です故、今後ともよろしくお願いします」


護衛が嬉しそうに一礼すると、運転席と助手席の護衛達も破顔した。


しかし、彼等の笑顔は常人が浮かべるようなものではなく、歪んだ醜悪さを含んでいる。


「それにしても『人狩り』のような趣味が許され、実行出来るのは帝国でもマローニ様ぐらいでございましょう。羨ましい限りです」


「君、言葉には気をつけたまえ」


マローニは口元を緩めたまま目付きを鋭くし、目の前に座る護衛を睨んだ。


「私は不可能を可能にしたのではない。帝国の発展に力を注いだ結果、狩りを特別に許された貴族なのだ。勘違いしないでくれたまえ」


「これは失言でした。どうかお許し下さい」


「うむ」


深々と頭を下げた護衛を見て、マローニは満足げに相槌を打った。


マローニが今日した買い物とは、非合法に集められた『奴隷』である。


それも十代前半から中半の様々な種族が入り交じった子供達ばかりだった。


帝国の発展に己の全てを捧げてきたと自負するマローニには、特別な秘密がある。


彼は自領の森に購入した奴隷達の裸で解き放ち、回転式魔拳銃や魔小銃を持って三日三晩追いかけ回し、殺すことで性的快感を得るという悪癖があったのだ。


マローニは奴隷に対して、逃げ切ることが成功すれば莫大な賞金と自由を約束する。


曰く、希望があれば獲物は本気で逃げ、生き延びることを考えるそうだ。


その結果、真剣勝負ができるという。


しかし、実際のところ森を素足で駆け回れるはずもなく、勝負にもならない。


大きな動物や魔物を獲物とする本来の『狩り』であれば、狩る側にも命の危険は多少なりともあるだろう。


彼の行う狩りは、狩る側に命の危機など全くない一方的な虐殺である。


それこそが彼の言う『狩り』の正体だった。


そして、『おこぼれ』とは、マローニが追い詰めた奴隷達を護衛達が辱め楽しむことである。


彼等は、特権的な力を持った帝国貴族の典型であった。


前グスタフ帝で蔓延した政治腐敗や癒着によって、一部の帝国貴族が力を持ちすぎたのだ。


だが、マローニを含めた彼等に、そのような認識はない。


むしろ、帝国に貢献してきた分、当たり前という感覚である。


次期皇帝と目されるチャールズは、己の政権を確固たるものにするために彼等を優遇していた。


「チャールズ殿下が皇帝となれば、帝国はもっと楽しい国になるぞ」


マローニが優越感に浸って呟いたその時、魔動車が急停止する。


「ぬぉ⁉ 何事だ」


「も、申し訳ありません。急に子供がふらふらと飛び出してきまして……」


護衛の怒号に運転手が慌てて謝罪すると、マローニが眉間に皺を寄せた。


「こんな夜更けに子供、だと」


後部座席から前方を見れば、全身を外套で覆った一〇代前後。


もしくは満たない幼女が立っていた。


幼女はとぼとぼと歩いてくると、運転席の窓を力なく叩いてくる。


「すみません。どうか、一晩だけ私と遊んでいただけませんか」


「……身売りか。どっかいけ」


車窓を開けた運転手が追い払おうと睨みを利かせるが、「待て」とマローニが呼び止める。


外套と頭巾で全身を覆ってはいるが、ちらりと見える前髪は世にも珍しい浅葱色。


瞳もよく見れば左右で色が違っているようだ。


磨けば光る、間違いなく美少女の卵である。


「ついてるな。アイビル殿下の献上品に丁度良い」


マローニは怪しく目を光らせると、優しく微笑みながら車を降りた。


「君のような少女が身売りとはな、実に悲しい話だ。どうだろう、君さえ良ければ一生遊んでくれる相手を紹介しよう」


「え、本当ですか」


幼女はあどけなく、屈託のない笑顔を浮かべた。


「勿論だとも。さぁ、乗ってくれ。案内しよう」


「あ、でも、ちょっと待ってください。私、どうしてもお見せしなければならないものがあります。それを見てから、もう一度判断してもらえますか」


幼女は困った様子で外套を握った。


マローニは眉をピクリとさせて思案する。


この年で身売りしているのあれば、身体に傷でもあるのかもしれない。


最悪、献上品として使えなければ『狩り』に流用することもできる。


だが、事前の確認だけはしておくか。


「わかった。では、見せてくれ」


「ありがとうございます。では、あちらで」


幼女が顔を赤らめて指差したのは、薄暗い路地裏であった。


「よかろう。一人、付いてきてくれ」


「畏まりました」


マローニは護衛と共に、彼女の後ろを付いていった。


「では、お見せしますね」


「うむ」


幼女は頭巾を外して浅葱色の長髪を靡かすと、恥ずかしそうにゆっくり外套を広げる。


その瞬間、雲の切れ目が生まれて月明かりが幼女を照らしていく。


「さぁ、どれで遊んでくれますか」


彼女は満面の笑みを浮かべるが、マローニと護衛は外套の中身にうろたえ、絶句した。


外套の裏側には自動魔小銃、回転式魔拳銃、衆榴弾、擲弾銃を初めとしたありとあらゆる重火器がぶら下がっていたのである。


「な、なんだ貴様は……⁉」


「マローニ様、お下がりください」


護衛は前に出ると即座に自動魔小銃を構え、引き金を引いた。


闇夜の静寂を連続した銃声が轟き、程なくして止んだ。


「ば、馬鹿な。無傷、だと」


「いきなり発砲なんて酷いじゃないか。私でなければ死んでいたぞ」


幼女は化けの皮を剥いだように口元を歪め、外套の中から一丁の魔小銃をゆっくりと手に取った。


「ばん」


幼女が小さく呟いたその時、大砲のような銃声が轟いた。


「ひぃ……⁉」


マローニは情けない声を上げたが、痛みはない。


「た、助かったのか……」


安堵しつつゆっくり目を開けると、幼女の魔小銃の銃口からは煙が上がっている。


そして、彼の目の前に立っていた護衛は上半身が消し飛び、下半身だけがその場に残っていた。


「な……⁉」


「……自作の薬莢式で威力を抑えたつもりだったが、まだまだ改良の余地がありそうだな」


幼女は自らの持つ魔小銃を興味深そうに見つめるが、マローニは恐怖で顔が引きつっていた。


彼の護衛は最上位の防具で身を固め、結界魔法の高段者だ。


にもかかわらず、上半身が銃撃で消し飛んだのである。


あり得ない、こんなことはあり得ない。


マローニは歯を震わせながら尻餅をつき、恐怖のあまりに失禁してしまう。


「マローニ様、ご無事ですか」


銃声を聞きつけた護衛達が銃を構えて続々とやってくるが、幼女は左手で結界を張りつつ魔小銃の引き金部分の持ち手を片手で回して発砲する。


レバーアクションによるスピンコックだ。


大砲のような銃撃音が次々と轟き、スピンコックによる装填音と共に声も無く護衛達の上半身が次々と吹き飛んでいく。


「マローニ様、お下がり……」


「う、うわぁああああ⁉」


護衛が光線のような魔弾に上半身を消し飛ばされる姿を目の当たりにしたマローニは悲鳴を上げ、路地裏から飛び出して一目散に魔動車の運転席に乗り込んだ。


急いで発進させようとするが、何故か起動が上手くいかない。


仕様上、ブレーキを踏みながら鍵を回さなければならないだけなのだが、それすらも動転した彼は気づけなかった。


マローニが何度も車を走らせようとする間にも、連続した銃声と護衛達の悲鳴のような声が路地裏から次々と聞こえてくる。


「何故だ、何故動かん」


その時、彼はふと気付いた。


銃声と護衛の声が聞こえなくなったのだ。


息を飲んで路地裏に続く道を見つめれば、赤い血が道を伝って道路の側溝に流れていた。


間もなく、ぴちゃりという水の滴るような小さな足音が聞こえてくる。


路地裏から出て来たのは、浅葱色の髪がまだらに赤く染まった幼女の姿であった。


魔動車を動かそうと格闘しているマローニに気付いた彼女は「はは」と噴き出すと、見せる付けるように白い歯を見せる。


「懺悔は終わったか」


「う、あぁああああ⁉」


マローニが悲鳴をあげたその時、偶然にもブレーキを踏みながら鍵を回すことに成功する。


けたたましい音と共に、彼の乗る魔動車が急発進した。


「こ、これで逃げられる」


彼は安堵するが、車内のバックミラーで幼女が黒い渦の中から別途の銃を取り出すのが見えた。


「ま、まさか、あれは魔弾砲か……⁉」


マローニが気付いた次の瞬間、幼女の重火器から球体状の魔弾が発射される。


「うわぁあああああ⁉」


無情にも全速力で走る魔動車に背後から魔弾は着弾。


爆音が轟き、魔動車は爆煙が立ち上げながら吹き飛び、道路上を横転した。


しかし、貴族の乗る魔動車は防弾仕様が施されているため、何とかひっくり返っても原型は留めている。


「な、なんなんだ。あの幼女は……」


満身創痍となったマローニが必死に運転席から這い出ると、小さな足音がすぐ傍まで聞こえてきた。


「どうだった。狩られる気分は」


彼を見下ろして淡々と告げる幼女の手には、回転式魔拳銃が握られている。


「お、お前は、お前は一体何者だ」


「超越の後継者アラン・オスカー。お前を殺す者さ」


数発の銃声が周囲に響き渡ると、マローニはそれっきり動かなくなった。


周囲から警報音と魔動車の音が聞こえてくると、幼女は人知れず闇夜に消えていく。


これが帝都の貴族達を心底震え上がらせる連続暗殺事件の幕開けであった。





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