第20話 宣戦布告

ザクスの記憶と上空から見下ろした映像を掛け合わせ、脳内で作った帝都と帝城の地図。


光学迷彩の魔法を使用し、私は帝城内にあるチャールズの部屋に真っ直ぐ進んできた。


帝城では社交界が開かれていて、警備の兵士達は多かったが私の存在に気付く者は誰もいなかったのは驚きだ。


数十年前、師匠に連れて来られた時の方が兵士の質は高かった印象を受ける。


『段位測定』の魔法によって兵士の質が平均的には上がったんだろうが、吐出した者が少なくなったのかもしれないな。


城内に潜入して程なく、チャールズの部屋に到着するが彼は社交界からまだ戻っていなかった。


私が露台に出て城下町を一望していると、扉の音が室内から聞こえ、ほんのりと酒の香りが鼻を突く。チャールズが戻ってきたのだ。


そして今先程、私はベッドで寝そべった彼の前に立ち、満を持して光学迷彩の魔法を解いて口上を述べたところである。


見かけが幼女とはいえ、侵入者が忽然と姿を現して名乗ったというのにチャールズは意外と冷静にこちらを見据えている。


次期皇帝として名を馳せるだけの胆力は持っているということだろう。


ちなみに、彼の手には自動魔拳銃が握られている。


彼は眉間に皺を寄せるが、程なくして肩を竦めた。


「貴様のような幼女にして痴女が超越者か。なるほど、確かに人知を超えているな」


「失礼だな。この姿は魔法を使うために止むなくだよ」


しかし、チャールズの言うことも一理ある。


それに、大事な話があるというのにこの格好は締まらない。


私はため息を吐くと、指を鳴らして次元収納を発動。


発生した次元の狭間が私を包み込むと、瞬時に私は衣服を身に纏った。


「これで少しは信じる気になったかな」


「……特殊形の次元収納か。どうやら相当な実力者であることは間違いないらしい」


チャールズは眉をぴくりと動かすと「それで……」と切り出した。


「こんな夜更けに何用だ。言っておくが貴殿の容姿は私の好みではない。愛妾なら諦めることだな」


「それはこちらからも願い下げだよ」


肩を含めて頭を振ると、私は室内に備え付けられていたソファーに腰掛けてチャールズを見据えた。


「私はね。筋を通しにきたんだ」


「筋、だと」


彼は怪訝な顔を浮かべて首を捻る。


「そうだ。私の師匠アリサ・テルステッドは遡れば、ローグスミス帝国の皇族の血を引いていてね。師匠からみれば、貴殿は異母弟の子孫に当たるんだよ」


「ほう。皇室に伝わる与太話かと思っていたが、事実とは驚きだ。それで筋というのは皇族の味方にでもなってくれるのかな」


「まぁ、当たらずとも遠からずだ」


私はそう告げると、目付きを鋭くして声を低くする。


「師匠はすでに亡くなったが、いくつか遺言をしている。その一つがローグスミス帝国の皇族から助力を求められた時、力を貸してやってほしいということでね。しかし……」


「しかし……?」


含みのある言い方にチャールズが首を傾げると、私はにこりと微笑みながら殺意を露わにする。


「恩には恩を、敵意には敵意というのが私の信条でね。貴殿がザクス達に指示したこと、許すつもりはない」


「う……⁉」


初めてチャールズの表情が引きつった。


どうやら、ようやく事の重大さを理解してくれたらしい。


私は殺意を収めると「だが……」と肩を竦めた。


「師匠には返しても返しきれない恩もあるのも事実。だから、一度だけ貴殿には機会を与えようと思ってね」


ソファーから立ち上がると、私は彼の前にゆっくりと進み出て目と鼻の先に顔を寄せた。


「今この場でシャリアに屈すると宣言しろ。皇位継承権争いから身を引き、帝国のどこかでひっそり過ごせ。そうすれば私の名に賭けて命は助け、許してやる」


「そのようなこと、許諾できるわけがなかろう」


チャールズは声を荒らげ、手に持っていた自動魔拳銃の銃口を私に向けて発砲する。


だが、放たれた魔弾は私の結界に阻まれ霧散した。


「ば、馬鹿な。この至近距離で通じないだと」


彼は目の前で起きたことに目を開くが、私はやれやれと頭を振った。


「ふむ、これが貴殿の答えか。よろしい、ならば戦争だな」


「く……⁉」


チャールズがたじろいだその時、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「殿下、何事ですか」


銃声に反応したのだろう。


部屋の扉を見やれば警備兵達が自動魔小銃を構え、ぞろぞろと室内に入り込んでくる。


警備兵達はチャールズを護るように取り囲み、私に敵意と銃口を向けてきた。


「曲者だ。お前達構わず撃ち殺せ」


「畏まりました。打ち方始め」


チャールズが発すると、警備兵達が一斉に引き金を引き、先程まで静寂だった室内には止めどなく銃声が轟く。


だが、発射される魔弾は一発も私には届かない。


全て、結界で無効化されて霧散しているからだ。


弾が切れたのか銃声は程なく止んだが、チャールズと警備兵達は目を丸くしていた。


「あれだけの魔弾を全て無効化したというのか」


「あ、あり得ない。奴は段位測定しても合計八段に過ぎません。何かの間違いです」


警備兵達は戦きながら新たな弾を装填し始める中、私はチャールズを指差した。


「私は筋を通し、機会も与えた。従って、超越の後継者アラン・オスカーの名において、チャールズ・ローグスミス。貴殿に宣戦布告する。せいぜい、今日の事を後悔するんだな」


「ほざけ、何が超越の後継者だ。お前達、奴を殺せ」


チャールズの指示と共に、再び銃声が一斉に轟き始める。


私は無数の銃弾が飛び交う中、結界を張りながら悠々と露台に足を進め、手すりの上に立った。


丁度、背後から月明かりが私を照らしている。


「では、諸君。今日はこれにて失礼する。ちなみに、明日からここ帝都は色々と騒がしくなるだろう。楽しみにしていてくれ」


私は身に纏っていた衣服を次元収納に一瞬でしまい込むと、光学迷彩を発動する。


足先と手先からみるみる私の姿が闇夜に消えていく様を目の当たりにし、チャールズと警備兵達が唖然とした。


最後に顔が消えていく時、私はあえて彼等に不敵に微笑み掛ける。


次いで、背中から露台を飛び降り、その場を後にした。


程なく、帝城から非常事態を告げるけたたましい警報が鳴り響くが、誰も私を捉えるどころか、見つけることも出来なかったのは言うまでも無い。


帝城を抜け、城下町を進み、帝都が一望できる魔力炉の上に立った私は衣服を身に纏う。


次いで、次元収納の中から一冊のノートを取りだして中身を確認する。


そこには、シャリアとオリナスが記した『死すべき者達の名前』がびっしりと書き記されていた。


私は目を瞑ると、ザクスの記憶を使って記載されている名前と顔を合致させ、彼等の家族構成、習慣、趣味趣向、予定を照合させていく。


脳内での処理が終わり、ゆっくりと目を開いた私は、眼下に広がる町並みの光景を見て口元を緩めた。


「さて、次は帝国のゴミ掃除か。忙しくなるな」





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