第19話 潜入
ローグスミス帝国の帝都サンカリンは、十大国の様々な文化や科学技術を柔軟に吸収、混ぜ合わせた城壁都市である。
帝都の中心地には帝城が構え、城下町のあちこちには『魔鉱石』と呼ばれる鉱石から魔力を抽出する『魔力炉』が巨大な煙突のようにそびえ立っていた。
また、魔力炉周辺には厳重な警備が敷かれているらしく、夜だというのに監視灯の光で周囲は明るい。
結界を足場にして空から見下ろす町の造りは、日本の都市部と近いような印象も受けるが、やはりどこか違う。
魔法と科学が融合したような、実に不思議かつ歪で独特な光景である。
「師匠と訪れたのは何年前だったか。当時と比べ、短い間に随分と様変わりしたものだな」
マーサ砦から単身で帝都サンカリンにやってきた私は、シャリアとオリナスに敵対的かつ死んだ方が世のためにある貴族や軍人の名前を記してもらった『ノート』こと『暗殺名簿』を片手に、大空から帝都の造りを見つめ、脳内で地図を作っていた。
此処にどうやって来たのかというと増強魔法と結界魔法を使い、長距離をひたすらに跳躍してきたのだ。
通常、マーサ砦から帝都サンカリンまでは『魔動車』という車のような乗り物でも数日はかかる距離である。
まぁ、今の私であれば半日もかからない距離だ。
ちなみに、今の私の服装はリシア、ヴェル、アスリが一晩で縫い作ってくれた軍服姿である。
上半身は灰色の長袖で上から簡易的な白い鎧を装備、下半身は灰色で軽いフリルで装飾されたスカートで中には黒いズボンを穿いている。
私の実力的に動きやすさ重視で作ってくれたものだ。
可愛らしくも、中々に格好いい服である。
衣服を作ってくれたお礼にと、彼女達の手足に見えた生傷を綺麗に治したところ驚愕された。
ただ、三人から治療は嬉しいが今田はまだ戦いの最中。
全て終わった後、生きていたら改めて施してほしいと言われ、彼女達の治療はまだ終わっていない。
私がいる以上、彼女達を死なせるつもりはないがな。
「……なるほど。増設を繰り返したのか。道がかなり入り組んでいるな」
ザクスの記憶にある帝都の様々入り組んだ道と、上空から見下ろした映像を脳内で組み合わせた。
数十年訪れたことのない帝都だが、これで今は誰よりも詳しいと言っても差し支えないだろう。
帝都に潜入するにあたって使用する魔法には衣服が少々邪魔である。
作ってもらって申し訳ないが、私は衣服を全て次元収納にしまい込む。
それなりに高度がある上空だ。
地上から見上げても、私の姿は見えないだろう。
決して地上にいる大衆に向かって、裸体を晒したわけではない。
私が指を鳴らすと身体全体に薄い魔力の膜が張られていき、周囲の闇夜と同化していく。
特殊形の光魔法を用いた『光学迷彩』である。
魔力や気配までは消しきれないが、一般人や帝都の警備程度であればこれで十分に無力化できるだろう。
衣服を着た上で光学迷彩を使用した場合、消費魔力量がかなり増加する。
今の私にとって増加量は大したことないのだが、無駄に消費する必要もない。
裸体をさらすことよりも、万が一に備え温存しておく方が有益かつ合理的だろう
「さて、一応の義理と筋を通しにいくか」
私は足場にしていた結界から飛び降り、帝都の街中に誰にも悟られずに溶け込む。
そして、目的地に向かって動き出すのであった。
◇
その日、帝都の帝城では時期皇帝として間違いないと目されるチャールズ・ローグスミス主催で大規模な社交界が開かれていた。
帝国内の高位貴族、軍人、証人だけに留まらず、各国の要人達が集まっている。
当然、その中心に立つのはチャールズ本人だ。
彼は白金色の長髪を後ろでまとめ、細く鋭い目の中には藍色の瞳が宿っていた。
また彼の傍には、双子の第二皇子アイビルと第三皇子メイビルの姿もある。
アイビルは白金色の髪をオールバックにしており、細い流し目の奥には藍色の瞳が妖しい光を放っている。
メイビルは、ほぼアイビルと同じ背格好と髪型であるが、メイビルの方が目付きが鋭いことに加え、彼の方が総じて童顔のため受ける印象が少し違う。
社交界は夜遅くまで行われていたが終盤になった頃、チャールズから語られた内容にアイビルとメイビルは顔を顰めていた。
「私、そんな話は聞いてないわよ」
「そうよ。僕も初耳だわ」
「当たり前だ。今初めて話したんだからな」
二人の強い口調に対し、チャールズは意に介せず肩を竦めた。
その様子に、アイビルが眉間に皺を寄せる。
「超越者【アンリミテッド】には手を出してはならないの。これは、誰もが知っている常識よ。もし、怒らせたらどうなるのか。貴方、本当にわかっているのかしら」
「下らんな」
チャールズは鼻を鳴らして一蹴する。
「超越者【アンリミテッド】など、今は物語上の伝説。過去の人物に過ぎんのだ。そもそも、彼等が活躍したのはもう数百年も前の話だぞ。仮に当時、それだけの力を持っていたとしても生物である以上、老いはある。現在まで生き残っていたとしても、老いで弱っているか。力を失っているか。はたまた、すでに死んでいるかもしれん。何にしても、未確認の者を恐れたところでしょうがあるまい」
「でも、もし超越者が生きていたらどうするつもりなのよ」
「案ずるな」
食い下がるアイビルに、チャールズは手に持っていた酒を呷って答えた。
「帝国最強の特務実行01遊撃部隊を総動員させ、ザクスに行かせた。まだ報告はないが、今頃は超越者とシャリアを始末している頃だろう」
「……報告がないことが、想定外の出来事が起きたせいでないことを祈るばかりね。行きましょう、メイビル」
「はい、お兄様」
アイビルはため息を吐くと、メイビルと共にその場を後にする。
一方、その場に残されたチャールズは鼻を鳴らし、「下らん」と肩を竦めて頭を振っていた。
社交界が終わると、ほろ酔いとなったチャールズは自室に戻ってベッドに仰向けに寝転んだ。
しかしその時、ふいに彼の頬を夜風が撫でた。
「……窓が開いているのか」
彼は上半身を起こすと、眉間に皺を寄せた。
見れば、露台へと続く窓が全開となって窓幕が夜風に靡いている。
『超越者を怒らせたらどうなるのか。貴方、本当にわかっているのかしら』
アイビルの言葉が脳裏に蘇り、チャールズは息を飲んだ。
彼はベッド横にある小さな机の引き出しから自動魔拳銃をそっと取り出すと、警戒しながら窓に近づいた。
しかし、そこには誰もおらず、気配もない。
おそらく、部屋を掃除したメイドが窓の鍵を閉め忘れたのだろう。
「……下らんな」
チャールズは自嘲気味に笑みを溢すと、窓を閉めて再びベッド上に仰向けに寝転んだ。
緊張したせいか、酒が回しだして瞼が重くなる。
眠気に身を任せようとしたその時、室内に物音が聞こえて彼は飛び起きた。
「な、なんだ……」
チャールズが音がした方向を睨むと同時に月明かりが部屋に差し込んだ。
そして、闇の中から浅葱色の長髪を靡かせ、右目が深紅、左目が桜色という不思議な瞳をした裸体の幼女が忽然と現れる。
「……なんだ、貴様は。アイビルの愛妾か」
幼女は何も答えず、彼の前にやってくると畏まって一礼する
「初めまして、チャールズ・ローグスミス殿下。私は超越者アリサ・テルステラの弟子にして、超越の後継者アラン・オスカーだ」
幼女は顔を上げると白い歯を見せ、不敵に笑った。
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