第18話 意外な秘密と打開策

「ここなら、邪魔は入らないだろう」


シャリアとオリナスが私を案内したのは、二人が事務と政務を行う執務室だった。


室内には装飾はほとんどなく、実用的な執務室といった感じである。


「オリナス。いい加減、その兜を取ってアランに挨拶しろ」


シャリアはそう言いつつ、室内の真ん中にあるソファーに腰掛ける。


「畏まりました。では……」


彼が兜をゆっくり外していくと、白金色の短髪に薄褐色の肌。


そして、シャリアと似た大きなつり目に藍色のつぶらな瞳をした小顔が露わになった。


「ほう、これはまた随分と可愛らしい。これが世に聞く童顔という奴か」


「うぐ。だから兜を取りたくなかったんです」


オリナスはそう言うと頬を膨らませてそっぽを向いた。


動作も中々に可愛らしい。


「アラン、そう言うな。オリナスの母親はノーム族なんだ」


「あぁ、そういうことか」


私は合点がいき、改めてオリナスを見つめた。


ノーム族とは、ローグスミス帝国の北に位置するラピスマーサ王国を統べる種族だ。


彼等は大人になっても、男女共に身長150cm前後になることが多い小柄な種族である。


しかし、侮ってはいけない。


ノーム族は手先が器用であり、この世界で最先端の技術を研究している大国十カ国の中では技術発達が一番目覚ましい国である。


師匠と私が開発して世にだした物だけに留まらず、他の超越者が世に出した物も独自に研究して、一般化させているのもほとんどがノーム族によるものだ。


薬莢式や注入式、回転式魔拳銃、自動魔小銃、魔戦車、対魔戦車砲等々、それらを分析して各国でも生産できるところで簡易化したのがノーム族である。


彼等の手先の器用さや分析力が如何に優れているのか、想像に容易いだろう。


オリナスは何やら諦めた様子でため息を吐くと、畏まってこちらに振り返った。


「改めて、自己紹介させていただきます。ローグスミス帝国ベルマーサ方面辺境司令補佐官を務めます、オリナス・ローグスミスです。今後共によろしくお願いします」


「あぁ、こちらこそ。私はアラン・オスカーだ。気軽にアランと呼んでくれ。その代わり、オリナスと呼ばせてもらっても構わないかね」


「えぇ、勿論です。超越者【アンリミテッド】であるアランには、身分など関係ないでしょうからね」


彼は微笑むと、手を差し出してきた。


私は笑顔でその手を握り返す。


シャリアとオリナスの二人は実に合理的というか先進的な考えを持っている印象を受ける。


というのも、二人は揃って『身分など関係ない』という言葉を自己紹介の時に使っている。


だが、これは意外と凄いことだ。


この世界には『貴族』、『平民』、『奴隷』という明確な身分が存在している。


そうした社会常識の中で、超越者という人知を超えた相手とはいえ『身分など関係ない』と易々と言ってのける。


二人が『能力』は身分ではなく、『人』に宿るということを理解しているということだろう。


握手を終えると、私は咳払いをして「少し、良いか」とオリナスとの距離を詰めた。


「な、なんですか」


少し照れて頬を赤く染めるオリナス。


無自覚なんだろうが、いちいち仕草が可愛い。


「いや、ずっと音が気になっていてな」


「お、音……?」


私はその場にしゃがみ込むと、オリナスが身に着けている全身鎧の踵周辺を手で軽く叩いていく。


「あ、アラン、何をしているんですか」


オリナスの何やら引きつったような声が聞こえるが、私はそれよりもずっと気になっていた音の正体に合点がいった。


「なるほど。10cm程度の厚底が違和感の正体か」


オリナスと初めて対面した時から、彼の足音にずっと違和感を覚えて気持ち悪かったのだ。


「な……⁉」


「厚底……?」


しゃがんだままふと見上げれば、オリナスが耳まで顔を真っ赤にしてシャリアは怪訝そうに首を傾げていた。


「あ、すまん。秘密にしていたんだな」


私が決まり悪く頬を掻いていると、オリナスはゆっくりと顔を動かして怪訝な顔を浮かべるシャリアを見て真っ青になった。


「いや、あの、これは違くて。そ、そう、これは補佐官としての重要な身嗜みなんです」


彼はそう言うと、両手を広げて力説を開始する。


「やはり、副官の私が身長が低すぎるというのは威厳が保てません。それに机上に広げた地図、様々な業務で手が届く範囲など、ありとあらゆるところでこの厚底はとても役にやっているんです。決して、姉上の顔をもっと間近でみたいとか、低身長を悩んでのことではありません」


「……そうか。だがな、オリナス」


シャリアは小さくため息を吐くと、目を細めて慈愛に満ちた表情を浮かべた。


「ほとんどの皆が気付いていたぞ」


「え、えぇ⁉」


予想外の返事だったらしく、オリナスは目を見開いた。


彼女はやれやれと肩を竦める。


「冷静に考えてみろ。突然、数日掛けてお前の身長が高くなったんだぞ。おまけに、アランのように足音の違和感に気付いた者も多い。皆、温かい目で見守っていただけだ」


「そ、そんな。ばれないように十日かけて10cm高くしたのに……」


オリナスはその場に膝から崩れ落ちて四つん這いになってしまった。


「あ~……、これは申し訳ないことをしたな。いずれ、機会があれば身長を高くできる魔法薬の研究をしてみるから許してくれ」


寄り添って背中をさすると、彼はハッとして目を輝かせてこちらに振り向き私の手を力強く握ってきた。


「ほ、本当ですか⁉ アラン、約束ですよ」


「あ、あぁ。だが、あまり期待はするな」


「はい。ですが、不老不死の秘薬を生み出したというアランです。きっと作ってくださると信じていますよ」


「いや、だから……」


期待するな、そう言おうとしたその時、シャリアの咳払いを部屋に響く。


「もうその辺でいいだろう。それより、時間がない。アラン、お前の持つザクスの記憶に尋ねたいことがある」


「わかった。何を知りたいんだ」


立ち上がってシャリアに振り向くと、彼女は真顔でおもむろに切り出した。


「チャールズ。奴が動き出すまで、あとどれぐらいの猶予が残されている」


「ふむ、そうだな……」


私は相槌を打つと腕を組み、目を瞑って脳内にあるザクスの記憶を探っていく。


そして、答えに辿り着くとゆっくり目を開いた。


「一か月弱というところだろうな」


そう告げると、オリナスが険しい表情を浮かべた。


「アラン。ジークが言っていた『数万の兵を集め、数千台の魔戦車を用意している』というのも事実なのか」


「うむ、そのようだな」


私が即答で頷くと、オリナスは悔しそうに俯いた。


「なるほど。こちらの兵力はせいぜい集まっても一万にも満たず、魔戦車の数も知れている。正面切っての戦いとなれば、絶望的な状況だな」


シャリアは感情無く冷静に告げるが、どこか諦めというか敗北を悟ったような雰囲気もある。


この反応を見る限り、超越者【アンリミテッド】が一人で一国に値する軍事力を持つという部分をまだ信じきれてはいないらしい。


「そこで、だ。私から二つ提案がある」


「この状況を打破できると?」


オリナスの問い掛けに、私は「勿論」と頷いた。


「そのために私はここにきたんだからな。そして、そのために必要なのが、まず未使用のノートだ」


「それでしたら……」


彼は室内にあった机の上から一冊のノートを手に取り、未使用であることを確認してから私に差し出した。


「こちらをどうぞ」


「助かるよ。だが、これを最初に使うのは私ではない。シャリアと君だ」


「私達が最初にそれを使う、だと?」


シャリアとオリナスがきょとんとして顔を見合わせると、私は目を細めて微笑んだ。


「そのノートに、チャールズ派や腐敗貴族。シャリア達にとって害となる貴族や軍人達の名前をひたすら書いてくれ」


「まさか、このノートに名前を書いた相手が死ぬ魔法でもあるというのか」


シャリアは両手を広げておどけるが、私は頭を振った。


「残念だが、そんな便利な魔法は流石になくてね。だから……」


「だから……なんですか」


含みのある物言いにオリナスが首を捻ると、私は白い歯を見せて笑った。


「私が直接、殺しに行くのさ」


そう告げると、二人の目は点となった。





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