暴力系ツンデレヒロイン

 陽の昇りきらない夜明け前。


 俺は剣を振るっていた。


 上段、斬り上げ、袈裟、逆袈裟、突きと状況に応じた体の動きと剣筋を体に覚えこませていく。


 常に敵は想定している。


 初めにゴブリンを数十体斬り殺し、同じだけの猿を頭の中で斬り殺していく。


 ウォーミングアップが終わると想定を強敵へと切り替える、


 突進の凄まじい猪をその軌道修正能力を加味して回避し、同時にカウンターとなる剣を横薙ぎに振るい致命足らしめる。


 先ほどよりも強度の高まった訓練に体温が上がり、汗を滝のように掻く。


 そしてさらに想定を上げ、大ゴブリンの記憶を呼び覚ます。


 イメージとしての大ゴブリンが目の前に現れた。


 記憶の中にあるように大ゴブリンに油断の色はない。


 少しでも隙を晒せば喉を掻き斬られるような酷いイメージが湧いてしまう。


 しかし大ゴブリンは記憶の中に存在する強さであっても俺の強さはあの頃とは違う。


 今なら、あの太刀筋の意味がすべてでなくとも理解が出来た。


 俺はそれを一つ一つ体に無理を言わせることなく凌いでいく。


 あの頃よりも魔力にものを言わせる必要はなさそうだ。


 記憶の中のそいつを斬り殺し、そいつの最期から目を逸らす。


 今は大ゴブリンの最期を思い出したくない。


 そして遂に俺を死の直前まで追い詰めた大猿の偶像が目の前に現れた。


 忘れられない、今でももう一度殺してやりたいと強く思うほどに憎い嘲笑のような笑顔。


 大猿が動く。


 初めは普通に戦い、互いに消耗を促す。


 そして痺れを切らした大猿が遂に樹上へと渡った。


 木々に隠れる大猿が俺の視界から逃れて俺の背後を突く。


 しかし音を拾うために耳へと魔力を移していた俺はそれを察知。


 カウンターを叩きこむ。


 しかし、映る光景はあの時のような剣を弾かれてしまった瞬間だった。


 しかし大猿の反撃はこない。


 視界は次のシーンへと移る。


 今なら分かる、必死に余裕を装うも疲れを隠し切れない表情と足の負傷。


 全身の筋肉を存分に使う樹上からの急襲はこちらが思う以上にスタミナを消費するのだろう。


 足の負傷を押してでも俺との一騎打ちを地上で臨む程度には。


 あいつが作ってくれたチャンス。


 俺は果敢に攻め込む。


 押して押して奴の判断ミスを突く形で、俺は一手を潰して行動を短縮し剣を振るった。


 取った。


 そう思った瞬間、心の中で警報がなった。


 やめろと、忘れるなと。


 俺は突然湧いた横からの殺気に反応してしまい、その決定打を打ち込んでしまった。


 ゲームを決める王手を、指し間違えた。


 体が一気に冷えていく。


 やめろと誰かが叫ぶ。


 俺の体は致命的な一撃で飛ばされる。


 しかし、誰かの泣きそうな声はそんなものには目もくれず、やめろと叫び続けている。


 暖かい光が肌を撫でる。


 声の主はもう嗚咽が混ざり始めている。


 あいつが俺を庇う。


 もう、声にならない叫びがあいつに叫んでいる。


 それは大猿の振る舞いに向けた非難ではなかった。


 あいつが力足りずに大猿を捉えた。


 ───あぁ、お前はもうこの時には。


 当然だろう、既に半ば力尽きていたのだ。


 それを俺を庇うために無理やり起こして、強力な力を最期に振り絞っているのだから。


 自分の生を諦めたあいつが、止めを刺そうと起き上がる俺を見て、微かに微笑んでいた。


 俺は地面に突っ伏して、自分が大猿を二つに裂いた光景をただ眺めていた。


 あんなに全力で力を振り絞るんじゃなかった。


 もっと冷静にこん棒を掻い潜るように止めを刺せばよかった。


 俺は今の自分の実力ではそんなことは出来なかったと理解しながらも、そうしていればと後悔に苛まれてしまう。


 そうすれば、最期、あいつが無駄に俺の体を治す必要がなかったかもしれない。


 そうすれば、力尽きることはなかったかもしれない。


 そうすれば、あいつは最後、自分の体を癒せたかもしれない。


 俺は、もう取返しの付かない事ばかりに囚われ、訓練はいつの間にかただの後悔の回想となり果てていた。


 俺は力なく起き上がった。





 ◆





 俺はあの後、あの二体の獣を探し回った。


 起き上がった後の俺の腕にあいつの姿はなく、なぜか拠点の傍で目を覚ましたからだ。


 しかしいくら探しても見つからなかった。


 恐らくあの獣が俺をここまで運んで、あいつをどっかに連れて行ったのだろう。


 あの獣に敵意は最後までなかった。


 俺の体も、こうして無事に送り届けてくれている。


 あいつの神々しい力を思い出す。


 あれはきっとあの二体の獣と一緒の力。


 仲間なのかもしれない。


 そうだとしたら、弔ってくれたのだろう。


 そう願いたい。


 あいつを死に追いやった俺が望むのも烏滸がましいが、その弔いに俺も参加させてほしかった。


 俺は結局あいつに借りを作ってばかりだったな。


 しかも最後の最期にどでかい借りをよこしてあいつは旅立っていった。


 返したくても返せないもどかしさにおかしくなりそうだ。


 「強く……ならなきゃな」


 この森は厳しい。


 人はおらず、危険な生物ばかり。


 食事を用意するのすら命懸けだ。


 あれ以降、この辺りにはさらに敵の気配は消え失せ、ゴブリンすら見かけなくなった。


 だから俺は単身奥へと潜る。


 あいつがくれた命を無駄にはできない。


 だから、だからこそ俺は敵を求めるように深くまで足を進める。


 大猿ほどの強敵は見かけない。


 恐らくあんな奴がもう一度現れたらこんどこそ終わりだ。


 しかし、強くなるためには戦いを積んでいかなければならない。


 死に近いその淵にこそ、力が宿る。


 あの日以降、皮肉にも剣も腕も強くなった。


 死の境界線を半歩出て、死地に足跡をつけることで人は強くなれる。


 自分の経験がそれを証明していた。


 だから俺はあの日以降、一日も絶やすことなく森の中で暴れ回った。





 ◆





 陽が落ち切った後、ようやく拠点へと帰ってきた俺は食事の準備を始めた。


 全身に作られた真新しい生傷が火に当たり、じくじくと痛む。


 もうこちらに着て来たカッターシャツなど既にズタボロとなってしまった。


 今は雑巾のように使おうかと思案している。


 代わりに来ているのは猪の毛皮だ。


 なめしが甘いのか、裏地が固くなってこれではひび割れが起きてしまう。


 しかし、きちんとした鞣しの知識と技術など俺は持ち合わせてなどいない。


 ダメになれば別の毛皮を用意する必要があるだろう。


 俺はゴブリン達の群れの首領をしていた大ゴブリンに久しぶりと声をかけて八つ当たりをした。


 その大ゴブリンの肉を焼いて口に運ぶ。


 あぁ、吐きそうな程マズイ。


 しかし、今は別にそこまで気にならなかった。


 俺は大ゴブリンのくそ肉を目一杯に食べて、食後の運動として剣を振るい始める。


 剣の先に石を括りつけての荷重トレーニングだ。


 陽が落ち切ってそろそろ眠りにつこうかと考えたその時、川の向こうで何かが光るのが見えた。


 俺はその光に釣られ、暗闇へと目を向けた。


 そこにはあの日見た牡鹿が光りを放ちながら立っていた。


 相変わらず神々しい姿はまるで神獣のようだ。


 俺の背丈の超える体高と幅の広い大きな角。


 白い毛並みはあいつとは違い、壮麗だ。


 「あの時はありがとな」


 俺は敵意もない奴相手を必要以上に恐れる必要はないと気軽に声をかける。


 川の向こう、照らされた川面が鏡のように牡鹿を逆さに映し出している。


 川面が揺れる。


 その波立つ水鏡にひょこりと、その背中から顔を覗かせるあいつを幻視した。


 俺はパッと顔を上げた。


 しかし高い位置にある背中には目は届かない。


 「そんなわけないか……」


 俺は溜息をついて月を眺めた。


 そんな俺をじっと見つめる牡鹿がじれったいとでもいうように背中を突き上げて暴れる。


 俺は何かと思って剣に手を掛けて警戒した。


 「───ぴぃぃいっ!!」


 突然、もう聞けるはずのない鳴き声に動きが止まり、心臓が一つ跳ねた。


 「──────え」


 腰に差して剣を抜こうとしたままの態勢で俺は狼狽してしまう。


 払い落されるように牡鹿の背中から白いなにかが転げ落ちる。


 川の向こう、草むらが陰になってその姿は確認できない。


 「ウサギ……?」


 俺は呆然と、名前にもならないあいつの呼び名を口にした。


 ひょこりと角が草むらから姿を覗かせた。


 「おいっまじか!」


 俺は川の縁まで近づく、すると遂にあいつが顔を出す。


 それは死んでしまったと、俺が死なせてしまったと思っていた、あいつの顔そのままだった。


 俺が川を渡ろうとした時、あいつが待ったをかけてきた。


 あいつも川の縁に立ち、今からジャンプすると言いたげな仕草を見せた。


 「お、おうっ。早く来てくれ!」


 俺は腕を広げてあいつが跳び込んでくるのを待った。


 あいつがぴょんぴょんと元気を見せるように、助走のために何度か跳ねると、遂に全力で宙を跳ぶ。


 あいつは一瞬で川を飛び越え、俺の胸に──────いや、顔に?──────


 「ピイェェェェェェェェェェエエエエエエエイイッ!!!」


 「ぶっ──ぅべええらあああああああああああっっ!!!」


 いつの間にか両足を揃えて跳んでいたウサギは俺の頬に見事なまでのドロップキックを決めて、くるりと空中で後方抱え込み2回宙返りを決めてどや顔で着地した。


 「元気……アピール、の仕方……間違っ……てる、だろう、がっ……」


 俺はやれやれといったように首を横に振るう牡鹿を尻目にダウン。


 腰に手を当てて太々しい表情のこれにふつふつと怒りを抱きながら意識を失った。


 「ピィィウ♪♪」


 最後にあいつのご機嫌な声が耳を擽った。


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 ここまでお付き合いいただきありがとうございます


 これにて第一章完結になります


 面白いと思って頂けましたら☆評価、フォロー、応援をお願いします。


 そして拙作【食いつなぎ探索者〜隠れてた【捕食】スキルが悪さして気付いたらエロスキルを獲得していたけど、純愛主義主の俺は抗います。とりあえず気に食わない奴は殴って黙らせておこう~】


 【ダンジョンから始まるケイオスファンタジー~ダンジョン以外にも秘密の多い世界の中で少年は奮闘するそうです。~】


 それぞれ第一章完結済みで、前者に関してはただいま第二章を投稿中ですのでぜひご覧ください。


 この作品も二章投稿予定です。

 ☆つけて待って頂けると幸いです。

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【一章完結】いつか神魔の神隠し~森の中から始まる都市計画。メイドとモフモフを従えて神々からこの世界を防衛せよ。そんなことよりもまともなヒロインはおらんのか?~ 四季 訪 @Fightfirewithfire

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