一人目
『宗太郎が消えた』
和彦からそんな連絡が来たのはそれから五年後の事だった。
あれから僕達は中学を卒業し、それぞれの高校、大学へと進学した。あの日以降も義務教育の縛りがある以上学校へは通わなければならなかった。だから普通に登校し普通に授業を受け、そんな中で変わらず僕らは友達を続けた。あの日の出来事には一切触れないという暗黙の了解の上で。
「久しぶりだな」
集合場所の居酒屋に着くと既に和彦と修一が席に座っていた。
「お前髪の毛似合ってねえぞ」
「うるせえな」
高校以来会っていなかった二人の容姿は成長という時の流れで面影を残しつつも変化はあった。和彦が坊主をやめ髪を伸ばしている事、修一がバンドマンのように髪を青く染めていた事。実際にバンドでボーカルをしていると、以前と変わらない静かな口調でそう言われた時、僕と和彦は大笑いした。日頃腹から声の出てねえ奴がどうやって歌を歌うんだとなじった。修一曰く、「出す時は出す」らしい。
そうした何気ない会話も笑いもどこか無理があるように感じられた。当たり前だ。本当ならこの場にいるべきもう一人の友達が消えたというのだから。その事に触れずに表面上楽しい会話で終わらす事も出来る。だがもちろんそれで終われるはずもない。それは皆、どこかであの日の出来事が今回の件に起因していると思っているからだ。
「誰も宗太郎の事を憶えてないんだよ」
和彦からそう告げられても尚意味が分からなかった。
和彦によると、久しぶりに宗太郎に連絡を取ろうと思ったらしく連絡を入れた。別に宗太郎と会う理由自体はただ最近どうしてるのかと気になった程度の事だった。しかし全く連絡が返ってこない。おかしいと思いLINEに掛けてみるも反応なし。ついでに携帯番号も知っていたから掛けてみたものの、「使用されていません」の機械音声。番号が変わったなら教えてくれてもいいのにと最初腹が立ったが、そんな不義理な奴ではない。
次に和彦は宗太郎の実家を訪れた。インターホンを押すと母親が出て来て「あら和彦君久しぶりね」「どうもお久しぶりです」なんてやり取りをした上で、「宗太郎どうしてますか?」と尋ねた所、宗太郎の母親は怪訝そうな顔をして信じられない言葉を口にした。
「宗太郎って誰の事?」
思わず「は?」と言葉が漏れたが、その後いくら説明しても「ウチにそんな子はいない」と言われ、信じられず食い下がった和彦に対して最終的にいい加減にしてと怒鳴られぴしゃりと玄関の扉を閉じられたそうだ。
全く意味が分からなかった和彦はそれから同級生達に確認の連絡を入れた。もちろん僕と修一にも同じ連絡があった。当然彼の事を憶えている僕達は覚えているに決まっていると返した。
しかし宗太郎を憶えていたのは僕らだけで、結果としてそれ以外の人間は宗太郎の事を誰一人憶えていなかった。
『宗太郎が消えた』
和彦の言葉の意味を理解した。理解はしたが意味は全く分からなかった。
「なんで……」
思わず言葉が漏れた。そして思い当たる事は一つしかなかった。
「あの洞窟が関係しているのか?」
思い出したくなどない記憶。しかし今、宗太郎の件があの日の出来事と関連しているかもしれない。そうだとすると、一つの不吉な考えが浮かび上がってくる。
「じゃあ、俺達も……」
その答えに彼も何度か行き着いたのだろう。だが和彦はそれでも信じたくないといった様子だった。
「もしかしてあいつ今、あの洞窟の中にーー」
「そんなわけないだろ!」
和彦の言葉を僕は反射的に遮った。
「ごめん……」
場に嫌な沈黙が流れた。
考える事が多い。でも何を考えたらいいのか分からない。全く思考がまとまらない。
「だとしても、あそこには二度と入りたくない」
修一の声に感情の乱れは見えない。内容だけ見れば宗太郎を見捨てるような言葉だったが、反論は出来なかった。ラジカセ、ミイラ。あの訳の分からない洞窟の中にもう一度入るなど正直無理だった。
「しかも誰も宗太郎を憶えていない。警察に頼ってもきっと無駄だろう。最初からいないのだから」
「お前冷静にそんな事言うなよ」
「だが事実だ」
冷徹な言葉ではあったが、修一はきっと正しい。いくら僕達があたふたした所でどうにもならない。
「あの洞窟のせいと決まったわけではない。俺達の知らない所で宗太郎個人で何かやらしかたのかもしれない。あの日のせいと決めつけるには材料が少な過ぎる」
確かにそうかもしれない。だとしたら僕らに出来る事はやはりないのかもしれない。
「密に連絡を取り合おう」
「え?」
「宗太郎の事は俺達しか憶えていない。もし宗太郎の件が洞窟のせいだとしたら、次にこの三人の誰かがいつか消える事になる。そうならないように、これから毎日グループLINEで安否確認をしよう。一言でいい。それが俺達の生命線だ。何かあった時はすぐに連絡をしよう。とりあえずそれで状況を見る事ぐらいしか出来んだろう」
「……なるほどな」
彼の提案は素晴らしいものだと思う。残ったものに出来る事。これ以上犠牲を出さない事。だが逆にそれぐらいの事しか出来ないのかという絶望はあった。
「……なあ、やっぱりもう一度行ってみないか? あの中に」
和彦の声は震えていた。本当は行きたくないのだろう。それでも宗太郎はまだ終わっていないという希望に対して何もしないまま終わる自分がきっと情けないのだろう。
「行ってどうするんだ?」
「それは……行ってからどうにか……」
「策もなく飛び込んだ所で犬死にだろう。さっきも言ったがあの場所のせいだという決定打はない。行ってどうしたらいいかも分からない。行って何もなかったとしたらその先は?」
「分かってる、分かってるけどよ!」
「悔しいのは俺だって一緒だ。宗太郎が消えただなんて信じたくもない。だが、あの場所に行ったからこそ分かるだろう? あそこは入るべきじゃない。一度ならず二度も入るなんて無理だ」
あまりにも正直な意見だった。だからこそ何も言えない。
皆同じだ。あの場を経験したからこそ、もう二度と入りたくないという気持ちはやはり変わらないのだ。
その日俺達は、これから毎日の安否確認をするという事で合意し解散した。
――宗太郎。
消えた。僕達の中で彼は存在していた。絶対だ。絶対に。なのに、どうして。
言い知れぬ不安と恐怖に苛まれながら、僕は夜道を茫然と歩いた。
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