洞窟

“あそこは危ないから行っちゃダメ”


”行っちゃダメ”は”行くべき場所”だ。


 何かを禁ずるという事は簡単ではない。どこかで聞いた話だが、人間は「~するな」という信号を処理する事は出来ないそうだ。簡単なもので「考えるな」と言われても、「考えるなという事を考えてしまう」といったように、人は禁止の命令を頭では本来正しく処理が出来ない生き物なのだ。


 だからこれは仕方のない事なのだ。行くなと言われれば行きたくなる。それが人間の本能というもので、当然の思考回路なのだ。




*




「夏休み、あそこ行ってみようぜ」


 それは僕だけではなく皆そうだった。

 修一、和彦、宗太郎。全員が僕の提案を快く受け入れてくれた。


 地元である田厳市たごんしはほどほどに田舎で中途半端に都会になろうとしているような場所だった。娯楽施設なんて大したものはなく、カラオケなんかも全国にあるような有名所はなく、他では聞かないようなここにしかないしょぼいカラオケ店しかない。

 中学生の行動範囲なんて知れているが、鬼ごっこやかくれんぼ程度の外出で満足していた頃とはさすがに違う。もっと行動範囲を広げたいと思うが、結局電車に乗ってもっと外に出なければ華やかな世界を見る事は出来ない。

 別に都会に憧れがあるとかそういう事ではない。ただ退屈に感じた。刺激が足りなかった。もっと面白いものはないか。そんな中で昔父親から聞いた話をふと思い出した。


“白神山の洞窟は危ないから入るなよ”


 それはまだ小学一年か二年の頃、近くの白神山に虫捕りに行くと話した時に父親が急に自分の前に屈み、大事な秘密を話すようにこっそりと言われた言葉だった。

 急に何だと疑問に思い聞いたが、詳しい事は知らないようだった。ただその場所と入ったら戻ってこれないだとか、洞窟の奥にはバケモノがいるだとか馬鹿馬鹿しいオカルトじみた内容だったように記憶している。

 だがそれでいい。こんな退屈な場所にでもそんな場所があるかもしれないというだけで実に魅力的な内容だった。


 その後、何度か白神山を一人で訪れ件の洞窟がないかと探してみた。

 すると確かに父親の言った山奥の場所にその洞窟はあった。ぽっかりと大人二人ほどが横並びで入れるほどの大きな穴。昼間だったが真っ暗で穴の先は全く見る事が出来なかったが、おそらくここだろうと僕は確信した。

 しかしその時は入らなかった。いや、入れなかった。

 単純に怖かったからだ。一人だった事もあるが、闇に引き摺り込まれるような穴の先は不気味で異様で、確かに入ったら二度と戻ってこれないような全てを飲み込んでしまうような穴だった。


 あれから数年中学二年になり、自分と同じように日々を退屈に感じ、オカルトじみたものに興味のある同志達とつるむようになり、いよいよその時が来たと思った。

  自分にとってはリベンジでもあった。あの時の雪辱を晴らす。あの場所に入る事が出来なかった勇気のない自分が情けなかった。いつか絶対にと思っていた。


「見に行こうぜ、あの奥に何があるのか」







 そして僕達は、あの洞窟に入ったのだ。


 ”入ったら戻ってこれない”


 そんな事はなかった。僕達はあの日四人で洞窟に入り、四人で洞窟から出てきた。だがある意味では戻ってこれないという表現は恐ろしいほどに正しかった。


 “洞窟の奥にはバケモノがいる”


 バケモノなんていなかった。その代わりバケモノなんかよりも異様なものがそこにはあった。


 ともかく一つ間違いなく言える事は、あの場所に入った事が全てのきっかけだったという事だ。

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