二人目
『修一? おい忙しいのか?』
『どうした? 何かあったのか?』
『おい、返事しろって』
『夜まで待ってみようか。本当に何かのっぴきならない事で動けないのかも。もしくはスマホを落としてしまったとか』
『勘弁してくれよ……頼むぜ修一』
『落ち着けよ。大丈夫だって』
『そうだな、とりあえず待つか』
あれから更に五年。僕達は毎日安否確認を続けた。
おはようの一言程度。それだけのやり取りだったが、おかげで皆いるんだという安心感に支えられ続けた。やがてそんな毎日にも慣れ、社会人としてあくせく働くようになってからも連絡は続けた。たまにどうしても連絡が後回しになって遅れてしまう事もあったが、それでも全員がこの日課をちゃんと継続した。
しかし、修一の連絡が途絶えた。
何の前触れもなかった。いつものように朝の連絡を入れた。しかし修一だけ連絡がない。昼になっても、夜になっても連絡はなかった。
電話もしてみたが全く繋がらない。一日、二日、一週間、一か月。修一からの返事はないままだった。
和彦はパニックだった。やっぱりだ、やっぱりあの洞窟のせいだ。そう言って完全に落ち着きを失くしていたので、僕が修一の両親やら周りに連絡をとって確認する事にした。
『修一? 誰の事を言ってるの?』
『修一? いやそんな奴知らねえよ』
『修一君……ちょっと分かんないなー』
背筋が寒気だった。宗太郎の時と全く同じ。僕達以外の人間が修一の記憶を失っていた。
いや、改めて思うが記憶から消されたのではなく、修一存在そのものが消失したと言った方が近い。
「どうすりゃいいんだよこれ……」
和彦は頭をかきむしりながら喫茶店のテーブルに頭を埋めた。どうすればいい。答えなんてすぐには出てこなかった。
“あの場所のせいだという決定打はない”
修一は洞窟の可能性を否定しようとした。僕達もそうだと思おうとした。しかし今修一も消えた。宗太郎と同じように。ただ行方不明になったわけでも死んだわけでもない。消えたのだ。存在そのものが。それが関係のない人間ならまだしも、同じ時同じ場所を訪れた人間のうち二人が消えた。もう、自分の中で否定しきれなかった。
「嫌だよ。せっかく幸せに生きようと思ったのに……俺が消えたら、あいつらどうなるんだよ……」
三年前に和彦は結婚した。一年前に女の子も生まれた。仕事も家庭も順調。この上ない順風満帆な道を歩んでいた。ひょっとしたら彼の中で幸せは、洞窟の呪いを振り払う意味合いもあったのかもしれない。そんなものには負けない。幸せを得る事で呪いを跳ね除ける。
しかし、現実は無情だった。このままでは、次はどちらかが消える。
――だったら僕で最後でいい。
和彦と違って僕は独りだ。妻も子供もいない。
和彦が死んだらどうなる。奥さんも生まれたばかりの娘も、父親という存在を、和彦という存在がないまま、結果だけが残る。
タイムパラドックスのようなとんでもない矛盾を抱えながら、結婚したはずの夫がいない状態を当たり前として過ごすというのか。
わけが分からない。頭がおかしくなりそうだ。現実の辻褄はどうなってしまうんだ。そこまで捻じ曲げてでも僕達は消されないといけないのか。
――ふざけるな。
「行こう」
「……え?」
「もう一度行こう。それしかない」
「そ、そんな! 修一も言ってたろ? 行ってどうすんだよ! 何が出来るんだよ!?」
「分からないよ!」
知るかそんな事。分かるわけなんてない。
「でも、だからって何もせずに消されるのを待つのか? 五年は安泰だ。だが五年後確実にどちらかが消える。何もしなければ待っているのは消滅だ。お前は、それでいいのか?」
「くっ……」
いいわけがないだろう。だが今行けば、五年とは言わず消えてしまうかもしれない。
策のないただの愚かなギャンブルだ。それでも、それでも行けば何かを変えられるかもしれない。
「あそこに、もう一度……」
もう僕も和彦もいい歳だ。それなのに中学の頃経験したあの一時の出来事は、こんなに大人になった今でもあの頃のように恐怖で僕達を支配している。
「……そう、だな」
顔を上げた和彦の顔は見てられないほど情けなかった。しかしその顔には間違いなく決意が宿っていた。
「行こう、智也」
そして僕達は、あの洞窟へ再び訪れる決心をした。
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