再来

「暑いな」

「ああ」


 しばらく離れていた地元だったが、そびえる白神山の景色は何も変わっていなかった。


「これで行ってみたらあんな洞窟なかったなんて事になってりゃ、そん時俺達は喜べいいのか、それとも悲しめばいいのかな?」

「さあ、どうなんだろうな」


 そもそもそんなものはなかった。ひょっとしたらそんな現実が待っているかもしれない。二人の人間があり得ない消失をしている世界でならあり得ない事ではないだろう。


「ともかく、行くしかないな」

「そうだな、結局何も分からんかったしな」


 僕達は洞窟を訪れる前に、再度洞窟についての情報がないか自分達なりに調査をした。しかし、地元にいる人間にあたっても何も情報を得られなかった。ほとんどがそんな場所など知らないといったもので、あっても昔聞いたことがある気がする程度のものでまるで役立つものはなかった。

 妙に納得のいく結果だった。簡単に人間をこの世から消せる存在だ。ひょっとしたらあの場所を知る人間の記憶も何かしら操作されているのかもしれない。もう何が起きても不思議ではないと感じ始めていた。


「行くか」


 避け続けてきた場所に、僕達は足を踏み出した。


「あの山に入るのか」


 ふいに後ろから声を掛けられた。驚いて振り返ると、いつからいたのかそこには一人の老人が立っていた。


「あ、はい。そうです」


 和彦が答えると、老人は自分達の方に近づいてきた。


「何の用があってあの山に入る?」


 老人からの問いかけに和彦はちらっと僕の方を見た。正直に答えていいのか? そんなふうな目でこちらを見る。少々迷ったが僕が代わりに答える事にした。


「洞窟です。ずっと昔にその洞窟に入ってしまって色々あったので」


 老人がどんな反応を見せるか。しばらく様子を見ていたが老人は黙ったままだった。


「あそこか……」


 ほとんど呟くような微かな声だったが、確かに老人はそう言った。


「まさか、知ってるんですか!?」


 思わず語気が強くなった。全くあの洞窟について情報を得られなかったのに、入る直前になってこんなチャンスがあるなら聞かないわけにはいかない。


「あこは昔妙な事があったからな」


 思わず和彦を見る。彼も信じられないといった顔をしながら期待も滲み出ていた。


「聞かせてもらえますか。あの場所は一体何なんですか?」


 問いかけると老人はあの場所について話してくれた。







 それこそもう何十年も前の話。

 このご老人、長谷川さんという方なのだが、若い頃駐在をされておりこの地元田厳市でもちょっとしたトラブル事は処理されていたそうだ。

 そんなある時、一人の若者が駐在所に駆け込んできた。


“穴の奥で人が死んでる”


 若者の名前は三竹と言った。

 彼の言う穴の奥というのが白神山の洞窟だった。長谷川さんは現場確認の為一緒に洞窟を訪れたものの、三竹は中に入るのを嫌がったので長谷川さん一人で穴の中に入る事になった。

 深い深い穴の先。そこにあったのは、謎の音声を流し続けるラジカセと胡坐をかいて座るミイラの姿だった。調べるとミイラの右手の中に小さな紙切れが握られていた。


【苦世救世】


 紙にはそんな文字が記されていた。

 その後三竹やミイラについて色々調べてはみたものの詳細は分からずじまいだった。三竹があの穴に入った理由はたまたま見つけて興味本位で入っただけとの事。そしてミイラについても身元など何も分からず。ただ残された文字や状況から推測ではあるが、おそらく即身仏になろうとしていたのではないかと見られた。

 色々と不明な点、疑問点は多い状況だったが結局調べてもそれ以上の事は分からなかった。事件などあまり起きない平和な町で起きたこの一件は公にしてしまうとただ住民の不安や興味を煽るだけで、意味もなければ単純にこんな山の中にある洞窟なんて危険なので近寄るべきではないといった理由から、この洞窟であった出来事は内々で処理されたそうだ。


 話を聞き終えてある程度納得した。あの洞窟の存在を知っている者、奥にあるものなど地元の人間達がほとんど知らない理由は情報規制が敷かれていたからだ。情報を辿れなかったのはそのせいだ。

 そうなると逆に何故両親は知っていたのだろう。たまたま見つけただけだったのか。ひょっとすると現場を目撃した若者とやらがどこかで口にしたのを聞いてしまったのか。


「ただな」

「まだ何かあるんですか?」


 話を終えたかと思った長谷川さんは少し間を置いてから、あまり口にしたくないような様子で再び口を開いた。


「最初にあれを見つけた三竹がな、その後行方不明になったんだ」

「え」


 行方不明。頭の中で宗太郎と修一の顔が浮かんだ。


「そもそも何であの場所を訪れたのかもよく分からん男だったが、どうしてだか消息を経ってしまった。そこで嫌な想像が働いた。ひょっとしたら、あそこにおるんじゃないか」

「まさか、あの奥に……?」


 その問いに長谷川さんは肯定もしなかったが否定もしなかった。


「分からん。あれが彼だったかどうかは。ただ、処理したはずのミイラが何故かあの奥にまた座っていた。気味の悪いラジカセを流しながらな」


 長谷川さんの話を頭でゆっくりと咀嚼していく。

 ラジカセ、ミイラ、消えた若者、苦世救世、即身仏、五年サイクル。

 昔起きた事件と、今回自分達の身に起きた出来事を照らし合わせていく。

 奥にあったものは昔長谷川さんが見た時と全く同じ状況だ。

 そしてあの謎の音声、【くぜくぜ】というのはおそらくミイラが持っていた紙に記載されていた【苦世救世】という言葉をずっと唱えていたのだろう。

 字面だけ見れば苦しいこの世の中を救いたいというメッセージに受け取れるし、即身仏というのも救済の意味合いで僧侶が行うものだ。この二つの方向性、行動の軸というものはポジティブなものに感じられる。


 ただ、何故処理したはずの即身仏が復活しているのか。

 長谷川さんが言うようにひょっとしたらあのミイラを見つけてしまった”彼”が、次の即身仏とされてしまったのかもしれない。


 だとすれば、僕達はやっぱり。


 ――戻るべきだったんじゃないのか……?


 五年サイクル。即身仏が五年毎で入れ替えられているのだとしたら、消えた二人はやはりこの奥にいたのではないか。


 即身仏を見る事、苦世救世という言葉を聞く事。

 どちらか一方、もしくは両方なのか、次の即身仏対象となるトリガーはきっとこの辺りになるのだろう。であればやはり、僕達は選ばれてしまったのだ。そしてーー。

 穴の先を見つめる。この先に、あの深い深い洞窟の奥に、二人はずっと……。


「……そんな、嘘だろ……」


 和彦も気付いてしまったのだろう。みるみる顔は歪み、耐えきれないといった様子で両手で顔を覆った。

 足が震える。油断したら今にも崩れ落ちそうだ。してもしてもしきれない程の後悔に全身を圧し潰されそうだった。


 ――どうしてこうなった。どうしてあの時僕らは動かなかった。


 そんなもしもを考えても何も変わらない。でも、でも……。


 ――僕が言い出さなければ。


 子供のちょっとした無邪気な好奇心だった。ただそれだけだった。刺激が欲しいだけだった。

 いらない。そんなもの全くいらない。こんな事になるなら退屈でも平凡で平穏な毎日を過ごせる方が良かった。


「止めはせんよ」

「……え?」


 長谷川さんは穴の奥をじっと見つめていた。


「因縁があるんだろ? この奥に」


 因縁。あの日ここに入ったせいで切れなくなった悪縁の事を表現するなら正しい言葉かもしれない。


「思うようにすればいい。儂もここを見に来ただけだ。あの日以来、どうしても気になってな。だが儂は入らん。その気持ちも君らには分かるだろ?」


 僕と和彦は二人して頷いた。


「君らも同じ恐怖を持っているはずだ。だがそれでもなお入ると決めてきたのなら行くべきだ。何が出来るかなんてその時に考えればいいだろう」


 それだけ言い残して長谷川さんはくるりと穴に背を向け歩いて行った。僕らは引き留める事なく、彼の背中を見送った。


「和彦」


 答えなんて見つかっていない。ただ僕も和彦もじっとしていられなかった。このまま終わるのは嫌だった。


「行こう」


 どうしたらいいかなんて確かに分からない。でも長谷川さんの言う通り、奥に辿り着いたその時に考えればいい。その瞬間に自ずと開かれるものがあるかもしれない。


 僕らは再び、因縁の洞窟へと足を踏み入れた。


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