掟に囚われしリビドー
加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】
掟に囚われしリビドー
——ある、新月の夜。
「ヨシキくん! こっちきて〜。今日の分け前渡すから」と、オーナーが俺を呼ぶ。
ヨシキ。
それは、本名ではなく、
「あ、はーい」と、俺は、鼻息の荒い男どものいない待合所のソファから立ち上がり、小走りで、声の方へと向かう。
脚を豪快に組み、宝飾まみれの下品な格好をした、やけに態度のデカいオーナーが、
「いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお、ろーく、なーな……はい! 七万円なり! いやぁ、働き者だねぇ、ヨシキくんは。はいこれ!」
紙幣が差し出される。
諭吉よりも、渋沢の方が多い。
あまりいい気は、しない。この仕事をしている俺が言うのも何だが、渋沢は正妻と
「七万、ですか」
「なんだいそんな不安そうな顔して! オプションたくさん付いてたから、思ったよりもいったんじゃないのか? ま、そのうちお客が、腰を振って
「そ、そうなんですね」
「おうよ! 明日の晩も、よろしくね? 指名、三件入ってるから! で、はいこれ、分け前」
俺はオーナーから、ゲンナマを、頂戴する。そしてクシャッと、それをデニムのポケットに突っ込む。
「あ、はい。じゃ、失礼します」
店を出る。
ポケットに手を突っ込んで立ち止まり、ふと、雲一つない、真っ黒な空を見上げる。
ざっと見回しても、やはり、何もない。
…………虚空。
ポケットの中から、二人のおっさんの肖像の印刷された紙切れを取り出す。
諭吉は動かずに、じっと俺を見つめてくるが、虹色をした渋沢は、俺の体のあちこちをジロジロ見てくる。
さっきのご新規さんも、こんな顔をしていたような気がする。
「やっぱりこの仕事、結構稼げるよな……」俺はそう、独りごちた。
俺は最近、
もちろん、違法性はない。この業界に片足を突っ込んで初めて知ったが、風営法が定める『性風俗店』というのは、
俺は、紙幣を再びポケットにしまいこみ、自宅を目指した。
***
——郵便物の、束。
俺は
「かなり溜めちゃってたなぁ……」
イヤイヤながらも、封筒を上下左右に散らして、ラインナップを確認する。
すると、一際目立つ花柄のデザインの封筒を見つけた。
「招待状在中……あぁ、結婚式か。誰からだろう?」
封を雑に開け、上等な紙質の便箋を、一枚、取り出す。
「えーっと、
夜中だというのに、つい、声を張ってしまった。
すると、部屋の奥から、女性の影が現れる。
「ちょっと
「ごめんよ、結衣。懐かしくて、ついね。これ、高校の同級生から、結婚式の招待状」俺は、紙を差し出す。
「へぇー。結婚。いいわね」結衣は嫌味っぽくそう言うと、近くのペン立てから油性の極太マジックを取り、『ご出席』の字の、『出席』だけに丸をつけ、残りは斜線で消してしまった。
「あ、ちょっと結衣!」
「はーい、ご出席!
俺は、もう何年も連絡をとっていない、かつての友人の結婚式に、行くことになった。
♣︎♣︎♣︎
——式、当日。
かなり盛大な式だったが、何か特別な感情が込み上げるということはなかった。
それに俺は……
最後まで、会場の誰とも話せなかった。
顔見知りの
そして、一つ不思議なことが起きた。
俺は何の対価も得ることなく、財布の三万円を、失ったのだ。
♧♧♧
——数年後の、
俺は、結衣と結婚していた。
籍を入れてから少し時間は経ったが、式を上げることになった。
俺は結衣と、結婚式の計画について、話し合った。
「予算はどれくらいにする? やっぱり、盛大に、かな?」俺はそう提案した。
盛大な、挙式。
俺がそうしたいのではなく、そう提案するのが、結衣にとって喜ばしいことだとわかっていた、だけのことだ。それに、とっくの昔に辞めてはいるが、
「もちろんよ! こんなこと、人生で二度とないもの。少なくとも五百万くらいは、見積もっておきたいわね」と、結衣は張り切って言う。
五百万、か。思ったよりも多いが、十分可能だ。
「よし、ならここは……俺が全額出そう。こんな時のために、手付かずの貯蓄口座があってだな——」
「うそ! 本当? やっぱりあなた、できる男ね! さすが私が惚れただけのことはあるわ! でも……」
「でも、なんだい?」
「それは、盛大な
「ほぉ。なら挙式費用は、どうするんだい?」
「ちょっとー、倹約家のくせに、どうしてそれは思いつかないのよ。ご祝儀よ、ご祝儀! 私の人脈は、こういう時のためにあるのよ!」
「あぁ、ご祝儀、ね。五百万ってことだけど、そんなに人を、呼べるのかい?」
「ええ、もちろん。まず夏菜子と、えっちゃんと、美奈と、京子と、和子と、愛菜と、ともくんと、大樹でしょ。あと大学のサークルのみんなと、大学のゼミ仲間、教授も! で、会社の同僚、先輩とか上司も。部長も呼んじゃう? 行きつけのカフェのマスターと、その常連さん。もちろん家族もだけど、どこまで呼ぶか……いとこ、叔父さん叔母さん、
結衣は、目を
その姿は、デカい態度で
◇◇◇
——数年後、新月の夜。
俺と結衣は……
離婚、した。
そして、また一つ不思議なことが起きた。
俺は何の対価も得ることなく、財産の半分を、失ったのだ。
まぁ、いい。
ご祝儀によって必要以上に巻き上げた結婚式の費用も、ウリセンで稼いだハネムーンの費用も今回失った財産も、全部……
身の丈に合わない
〈完〉
掟に囚われしリビドー 加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】 @sousakukagakura
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