第6話
「やっぱり人間じゃないとダメだ……。物足りねえ」
殺されると悟った怯えの顔。あまりの恐怖に男女問わず失禁することもあった。死ぬ直前まで恥をかかせようと衣服を全て引き剥がし、裸踊りをさせたこともあった。無理やり笑わせて如実に引きつった顔を忘れられない。内部の骨が音を立てて折れていくあの感触。人間じゃないとあの興奮はできない。二〇〇年ぶりに味わいたい。
首と胴体を田んぼに落とし、楠本は農道を進んだ。バス停があり、自転車が立てかけてあった。鍵はかかっておらず、両輪ともパンクしていた。
「充分だな」
サドルのない自転車に跨り、漕ぎだした。二〇〇年鍛え続けた脚はパンクしている影響をもろともせずに漕ぎ続けられた。坂道を登りきると繁華街のような街並みが見えてきた。夕方になり、スーツ姿の男女やゴム生地のような服の人間がはびこっていた。
「どれが人間なんだ……」
見た目はどれも普通の人間である。衣類はやはり見たことのないものばかりだった。身長も高い人間が多くいた。見た目は完全に人間。ただ誰かが人間もどきなのだ。
「AIは人間によってつくられたものだ。おそらく人間の労働を減らすためだろう」楠本は独り言が止まらない。「人間と話せるように作られているはず。だが、友人同士で仲良くする必要はないはず……。じゃれ合って無意味な会話をしている連中を狙うか」
楠本は生産性のない会話をする人間に標的を絞った。街中を練り歩いていると、飲み屋が賑わいを増してきた。適当に店に入ると、一人だけということもありカウンターに通された。
「ちょっとトイレに」
「トイレでしたら奥の方にありますよ」
見た目若そうな男の店員に言われ、小さく会釈した。しかし、あの店員も人間もどきなのかもしれない。
トイレは小便器と個室が一つしかないところだった。鍵を閉めずに誰かが来るのを待機するつもりだった。AIがわざわざ酒を飲みに来るとは考えにくい。首を絞めることを想像する。それだけで陰茎は激しく反り立った。
途端、扉が開いた。男が入ってきた。
「あ、すみません」
男は楠本が個室のドアを閉め忘れて用を足していると思ったようだ。楠本は素早く立ち上がり、男の口をふさぎながら首を掴んだ。本来ならじっくりといたぶって殺してやりたいが、誰かが来るかもしれないのと、もうとにかく殺したい衝動に突き動かされて、一気に首を捻った。ごりごりと音がして男は身動きが止まった。この音の響き。楠本は農道で人間もどきの首を引きちぎった要領で男の首を引っ張ってちぎった。やはり、細い配線がぶら下がっており、首の骨がセラミックとシリコンの間のような触り心地だった。
「なんで人間もどきが酒なんか飲みやがんだよ……」
楠本は腹立たしく、男の頭部を便器に投げ入れた。その便器に男の胴体を座らせて素早くトイレから出た。
どこの席も人が座っており、一人一人が何をしゃべっているのかわからないほどの賑やかさだった。
「もしかして全員人間もどきなのか……」
男は店を出て、あてどもなく歩き続けた。指を鳴らすと違和感を抱いた。深呼吸して一気に小指を逆方向に曲げた。
「痛くねえ……」
皮一枚つながった小指を引き抜くと農道の老人やトイレで殺した男と一緒の配線がぶら下がってきた。
「俺も、人間もどきだったのか……」
ちぎった小指を近づけてみる。どこからどう見ても人間の小指だった。
「俺は子どもの頃の思い出もある。性欲が有り余るほどセックスもした殺しもした。なんで俺が人間もどきなんだ」
いや、二二六歳であることがすでに人間ではないことを物語っているではないか。
「人間もどきだから長生きできたのか」
楠本は小指を自動販売機の脇に捨て、見たこともない道を彷徨い続けた。
懲役200年を乗り越えた男の末路 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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