第二十二話『覚醒』
「先生、いやルドス」
「ミライ、久しぶりだな」
「この先はダメです。あなたを傷つけたくはありません」
「甘いな。実に甘い」
甘いことくらいわかっている。でも、私の説得が通用するなら説得したかった。長く世話になった。色々なことを教えてくれた。そんな先生を敵とは認めたくない自分がいた。ルドスは私の方へゆっくり近づこうとした。しかし、ある程度の距離まで来たルドスを、それ以上近づけたくなかった私は、手のひらの結界を作り、ルドスの足元にそれを投げた。
片足だけ地面に固定されたルドスは、それを見て大きな声で笑っていた。
「なぜだ。再会の抱擁くらいさせてはくれないのか?」
「それ以上進むなら、容赦はしません」
「なるほどな」
ルドスは黙って足元を見つめ、少しすると私の方へ視線を向けた。その目は今までの優しい先生の目ではなく、確実に敵の目だった。真っ黒だったはずの目が赤くなり、ルドスが地獄の者なのだと確信せざるを得なかった。
「さて、私に勝てるかな」
ルドスはそう言うと剣を手にし、足元の結界をそれで突くと一瞬で私の目の前に移動していた。息をする暇もなかった。気がついた時にはルドスの剣が私の胸まであと数ミリというところにあった。
「ほう。やるな」
ギリギリで剣を握り刺さらずには済んだが、もう優しくなんてしていられない。私はすぐにルドスから距離を取り、剣を手にした。休む暇もなく斬りかかって来るルドスは、戦いながら姿を変えた。真っ白だった髪は黒くなり、いつも来ていた灰色の着物は黒へと変わり、手足が長くなった。もはや神ではない。その姿は正しく魔物だった。
ルドスの気を感じ取ったのか、私の危機を感じ取ったのか程なくしてウェズとグリスが飛んできて一緒に剣を構えた。私を含め三人共がルドスに剣を向けるも本気で斬る気はないようだった。これではいつかやられてしまう。師匠だった者だ。本気を出せば勝てるだろうか。動きについていくのでやっとなのに。
「面倒だな。一人休んでいてもらおうか」
ぽつりとルドスがそう呟いた。それが聞こえた瞬間、油断していた私はルドスの結界に閉じ込められてしまった。元は風を司る神だ。結界は竜巻のように私の周りでぐるぐると渦巻いていた。触れようとするも弾かれてしまう。時折風の隙間から見える戦いはルドス優勢のように見えた。剣を振るスペースもない。手は触れられない。何とか抜け出そうと体当たりを試みたりしたが、無意味だった。近くにいるサンは見て見ぬふりをしているし、他に助けを求められるものがいない。
ウェズとグリスの動きがだんだんルドスに追いつけなくなった。二人共血を流し始め、私は二人を失うのではないかとの不安と、ルドスに対する怒りを同時に抱いた。
「ウェズ!グリス!」
固く拳を握り、なんとか結界から抜け出したくて私が持っている力を身体の中心に集めようと集中した。神玉がないからか上手く制御できず苦戦したものの、少しづつ身体の中心が熱くなるのを感じていた。煮えたぎるような熱さの気を、熱さに我慢できなくなるまで身体の中で成長させ、そして一気に放った。バーンという音と共に風の結界が水の結界に変わり、その水に映った私の姿は文献でしか見たことがない龍神そのものだった。目は黄色くなり、頭には金色の龍の角が二本生えた。両手に剣を握りしめ、水の結界を破ると、さっきは追いつけなかったルドスの前に一瞬で移動した。
「ほう。この短時間でまた成長したか」
「魔物だな、ルドス」
「勝てない戦いはしない主義なのでね」
ルドスはそう言うと一気に神羅門まで後退し、中に入ると獄落門の中に消えた。
「ミライ?」
「二人共、無事か。よかった。すまない、私としたことが油断してしまった」
「これが本来の姿か?」
「どうかな。わからないよ。そんなことより傷を治さなければ」
私は二人を伴い天界へと戻った。二人に水の気を分け与えると傷はあっという間に消えてなくなり、さほど血も流れていないようで安心した私は主神の部屋へと向かった。
水を固めたような透明の石の中、並んでいた赤と青の神玉が重なり、中心は紫に見えた。いつかマドラスから聞いた神玉の本当の姿だ。だとすると私のこの姿も本来の姿なのかもしれない。私は祭壇の前に胡坐をかいて座り、マドラスやミノシスを思い浮かべた。
「こうも早く成長するとはな」
「寂しいかマドラス」
「寂しくはない、誇らしいよミノシス」
そんな二人の会話が聞こえた気がした。
「私いつまでここにいるのよ」
「獄落門が消えるまでだろ」
かと思ったら冥界にいるはずのデグズと、神羅門の上で見張っているサンの会話まで聞こえてきた。
「ミライがどんどん遠くなるな」
「そうか?ミライはミライだぞ。グリスもグリスだしな」
これは広間にいるウェズとグリスの会話だな。今まで聞こうとしていなかっただけなのか、神玉が完全体になり神力が増したからなのか、この日から私は今まで見えなかったものが見えるようになり、聞こえなかったものが聞こえるようになり、感じなかったものを感じるようになった。もしかしたら、モウラを恐れる必要はなくなったのかもしれない。
その門は突然現れた eight-ten @eight-ten
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