第二十一話『兄妹』

 サンですら心当たりはないという、その神羅門を呼び寄せた者をウェズは知っているようだった。しかし、なぜか言いたくなさそうで聞かずにいた。私が屋代に入ったことでサンはいなくなった。でも人間界に気が残っていたから、また神羅門の上で寛いでいるのだろうと予想した。サンと一緒にいたウェズは屋代には顔を出さずどこかへ行ったようだった。私は主神の部屋に行き、祭壇の前に正座して座ると、手を合わせた。目を閉じて神羅門が現れた時の様子を思い浮かべる。見逃したなにかがあるかもしれないと思ったが、頭の中の映像に映り込んだのは大蛇だった。青い目、モノトーンの美しい文様の鱗を持ち、私が思い浮かべた神羅門の周りでとぐろを巻いていた。

「大蛇・・・太陽神か?」

ふと思い出した私は主神の部屋を出て広間に戻ると、主神の部屋の反対側の通路を進み文献が保管してある書庫に向かった。天井がどこまであるのかわからないほど高い部屋。壁一面に文献が並べられている。ぐるりと見渡しながら大蛇について書かれている文献を探した。下の方にはなくて少しずつ上昇しながら探していると、中間あたりにあるテーブルと椅子が置いてある空間にウェズがいた。

「ウェズ、いたのか」

「おお、ミライ。これを見てみろ」

ウェズが見せてくれた文献には赤と黒の鱗が規則正しく並び、青い目の大蛇の姿があった。さっき私が見た大蛇とは色が違うが、似ている。

「ミノシスが主神の頃にいた太陽神だ」

「今はいないのか?」

「ミノシスが消滅した後、追うようにして消滅したと書かれているのだが・・・」

「だが?」

「神玉が残り、それが二つに割れて神獣が生まれたと」

「サンと誰だ?」

「知っていたのか?」

「いや、なんとなくだ」

「冥界の主、デグズ。青い目を持ち、黒と白の文様の大蛇だ」

ひとつの神玉を分け持つ兄妹神か。冥界の主であればこれまでの状況を知っていて当たり前だと思った。冥界の主がいることは知っていたが、こうも身近だったとは驚いた。さっき私が見たのはこの大蛇だ。


 その昔、ミノシスが主神を担っていた時、ミノシスの傍らにはいつも太陽神のマズがいた。黒髪が美しく有能な女神だった。人間界に問題が起きると率先してその場に出向き解決してミノシスの負担を軽くしていた。そんなマズはミノシスが自ら消滅すると、時を程なくして後を追うように消滅したという。本来、神獣が消滅すると神玉も共に消滅するが、なぜかマズの神玉は残り、天界の湖面にしばらく漂っていた。そして少ししてから二つに割れ、その割れた神玉から大蛇のデグズ、金烏のサンが生まれた。天界の神々そしてマドラスは半球の神玉を持つ二人を神とは認めず、デグズは冥界へ、サンは太陽に送ったのだ。


 文献の内容を確認して、私はそこにいたウェズと共に冥界へ向かった。決して閉じ込められているわけでもないのに、何千年も冥界から出て来ていない彼が神羅門を呼び寄せたのなら、何か理由があるはずだ。本人に確かめて、敵なのか味方なのか判断する必要がある。冥界は相も変わらずどんよりしていて、気味が悪い場所だった。文献にデグズは冥界の洞窟に住んでいると書かれていた。この広い冥界で洞窟をどう探せば・・・。

「神羅門は運命の門と言われている」

私とウェズの後ろからそう声をかけてきたのは、若い男だった。私たちとそう変わらない見た目。だがボロボロの服を着ていてみすぼらしい雰囲気だった。

「デグズか」

「お前たちより何千年も古い神だ。礼儀を尽くせ」

「半神のくせに威張りやがって」

ウェズのその一言でその場の空気は凍り付いた。

「まあ、確かにそうだな」

と、思ったが違ったようだ。優しく微笑んだ彼はゆっくり私たちに近づくと、まず私に手を差し出した。私が握った彼の手は柔らかく温かかった。彼は味方のような気がする。そう思えた。私の手を離すと今度はウェズに手を差し出したが、ウェズはその手を握らなかった。それを彼は苦笑いしながらやり過ごしていて、やはり嫌いにはなれなかった。

「神羅門について教えてくれないか」

「あれは運命の門と言われていて、入った者は選択を迫られる。右に進めば『死』、左に進めば『生』、あるいは右に進めば『悪』、左に進めば『善』だ」

「入り口は一つ、出口は二つか」

「人間たちの無意識の世界に存在している門だ。私が呼び寄せた」

「なぜ呼び寄せたのだ」

「モウラの所業を知って、放っておけなかった。途中はお前たちが上手くやりこなしそうだったから放っておいたがな」

「其方は味方か?」

「敵でも味方でもない。認められなかったし、半神だが私も神なのでね。役に立ちたかっただけだ。サンはちゃんと神羅門を守っているかな?」

「はい」

「そうか。よかった」

何千年も冥界で、孤独に見守ってきたのかと思うと涙が出そうだった。千と数百年しか生きていない私よりずっと神らしい神だと心からそう思った。さすがのウェズも認めざるを得なかったようだ。別れ際は固い握手を交わしていた。


 デグズから聞いた。神羅門はサンがいれば力を最大限に発揮する。獄落門など簡単に消滅させられると。そして、こうも言っていた。もし地獄にモウラを訪ねて行くことがあるなら、共に来てくれると。私たちは心強い味方を得た。天界に戻ると、湖岸の東屋でグリスと一緒にいるサンを見つけた。さっき見ていた時とは違う感情で対面できた。サンはデグズと繋がっていてお互いにどこで何をしているか知っていると言った。

「兄はいつもああなのよ。心を閉ざせば話は聞こえないのに、私にわざと聞かせるの」

「いい神だったよ」

「じゃあ、私は何をすればいいの?さっさと済ませて太陽に帰るから。神羅門もずっとあの場所には置いておけないわ」

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