読まなければよかった

奈那美

第1話

 いや……壊すつもりはなかったよ?

そんな『祠』だなんてモノ、壊しちゃったらなにが起きるかわかんないじゃないのよ。

そこに祠があったのは、もちろん知ってたよ。

だって、おれが子どものころからあったんだもん。

おれどころか、親父の母親……おれにとってはばあちゃんが子どものころからあったって話してくれたんだ。

夏休みに親父に連れられてばあちゃんちに来たときに、散歩がてらばあちゃんに手を引かれてまいりに行ってたもん。

もちろん、そんなとこに喜んでついて行くもんか。

だけど、ばあちゃんが『祠様におまいりに行く』と言ったら逆らえないんだ。

普段はとっても優しくて、俺のこと甘えさせてくれるんだけど、朝と夕方一日二回のおまいりだけはサボることを許してくれなかった。

祠さえなければ、まいりに行かなくてすむのにって何度思ったかしれない。

でも、実行はできなかった。

祠に行くときは、必ずばあちゃんが一緒だったからもちろん壊すことはできない。

だからといって、ぜったいにひとりでは行きたくない場所に建っているからひとりで壊しにも行かれない。

祠にまいったら、なにかいいことがあるの?って聞いた事があったよ。

でも、ばあちゃんはニコニコ笑うだけで答えてくれなかった。

ああ……『まいればおこらない』とだけ答えてくれたっけ。

それで、ばあちゃんがボケて施設に入って。

これで祠まいりから離れられると思ったんだ。

そうしたら──親父が祠まいりを継ぐって言い出して、仕事をやめて俺を連れて田舎に引っ越すことになったんだ。

おふくろは……そんな親父に愛想をつかして出て行ってしまった。

こんなクソ田舎に、親父とふたりで住むなんて地獄だよ。

スマホもなにも通じない。

そして親父はばあちゃんがやってたのと同じように朝と夕方、祠にまいりに行くんだ。

そして、『俺が死んだら、おまえが祠まいりを継ぐんだ』って言い出した。

『祠まいりを続けるために、結婚して子どもを作れ』とも。

こんな若者がいないような田舎で、どうやって結婚相手を見つけろって言うんだよ。

そう言ったら親父のやつ『隣村からよさそうな女子おなごを連れてきてやる』って。

実際、連れてきてくれたよ。

すこぶるつきのドブスをな。

俺はメンクイとまでは言わないけれど、さすがにあのドブスはねぇと思ったよ。

一緒にいるのも苦痛なのに、あんなのと子作りしろって?

まっぴらごめんだ。

だから……祠に行ったんだ。

神社ではないけれど、神頼みってやつをするために。

何を願うかって?

そりゃ……あのドブスをせめて普通以上の見た目にしてくれってね。

だって、そうだろう?

祠まいり云々はいやだけど、それ以上にあのブ……と同じ空間で過ごすのはもっとイヤだったんだ。

祠へはひとりで出かけたよ。

もうそれなりにオトナになってたからさ。

一応、おまいりをしてから祠の周りを一周してみたんだ。

そして、文字が書いてある木札をみつけた。

その木札には、こう書いてあった。

決して壊さないでください……。

それを読んだとたん、俺の中に祠を壊したい衝動がムラムラと湧き上がってきたんだ。

いや、壊すなんてとんでもない。

そう思って引き返そうとした。

でも……衝動は高まるばかりで。

ほら、よくあるだろ?

開けるなと言われたフタをあけちゃった話。

神話にもむかしばなしにもあるアレ。

それと同じでさ……。

衝動を抑えられずについ。

壊しだしたら、それまでのうらみつらみが思い出されて、つい粉々に壊してしまったんだ

でも……まさかこんなことになるなんて。

あの、おんぼろの祠の中に、全地球上のあらゆる統治者の理性を管理するモノが祀られていたなんて。

祠を壊したおかげで統治者たちの理性がこなごなに砕け……全面核戦争が起こって地球が滅びてしまったなんて。

ああ……木札なんて読まなければよかった。

そう、思うだろう?



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