第5話 馬鹿力でごめんなさい
「特殊スキル魔法――【馬鹿力】」
僕を中心に放射線状に床に亀裂が入る。濃い黄色の光が広がり、腕輪となった魔法の杖がつけられた僕の右腕が膨張していく。
力が底なしにみなぎってくる。今なら、何でも壊せる気がする。
建物が壊れないように保護する魔法が浮かび上がってくるが、それが発動するよりも早く僕の【馬鹿力】が壊してしまう。
「まあ、お義父様が作ってくださったものを壊してしまうなんて……それはそれでありですわね。グルードの特殊スキル魔法がどこまで行くのか、最後までしっかりと見たいですわ。お義姉様、もっと早く教えてくださってもよかったですのに」
「十歳のお披露目で一泡吹かせてやろうと思っていたのだ。出来心故、済まぬ。グルードの魔法の才能に免じて許してくれ」
「姉上の言う通りです。グルードにこれほど才能があったとは……魔法の才能はそれほどだと聞き及んでいましたが、特殊スキルには才能があったのですね。一安心だな……」
父上とお母さんは、僕に才能がないことを危惧していた。魔法も使えるは使えるけれど、とびぬけているわけではないし、剣の扱いはほどほど。強いて言えば、魔剣を扱うのが上手だけれど、それだって魔界一というわけでもない。
僕にも得意なものがあったんだ。
特殊スキル魔法【馬鹿力】――何に使えるのか幼い僕には全部を理解はできないけれど、こんなにもほめてくれるとは思わなかった。
「お爺様の【魔王力】の派生形と考えられるでしょうか……ゴーラレーネ、なぜ夫である私にもグルードの特殊スキル魔法を教えてくれなかったのですか? 私は魔族や王族の特殊スキル魔法の研究をしているというのに……」
「だからだ。お前は身内、他人見境なく研究対象にしようとするだろう。お前の研究が役立つことは大いに結構だが、可愛い甥が研究のためにあれこれいじくり回されるのは感心できない」
伯母様の夫、ディセステッド様が不服そうな顔をするけれど、伯母様が拒否する。婚姻により婿入りしてきたディセステッド様は野生の勘が備わっている一族には珍しい研究者なので、新鮮な考えを教えてくれる。
僕の特殊スキル魔法はおじいちゃんのものを受け継いでいるらしい。
「おじいちゃんは【魔王力】で、伯母様は――」
その瞬間、伯母様のポケットからハンカチが飛び出てきて、僕の口がふさがれた。
「もが、もががががぁぁああ」
「これ、勝手に人の特殊スキル魔法を口外するでない。いくら身内しかいないとは言えど、我らの側近の中に裏切り者がいないとも限らない。父上の思い付きで城内は魔族以外もうろつくようになるのだ。フェリヌウス、そなたという者がついておきながら、なぜグルードはこのように迂闊な真似をするのだ。全く理解ができない」
「発言する無礼をお許しくださいませ。私はあくまでもグルード様の母君であらせられるゼーリエ様直々に命を受け、教育係となりました。王族としての教養はもちろんのこと、生活魔法の訓練など、教えることは多義に渡ります。グルード様は情報の捌き方に関して、とりわけ優秀な成績を収められております。このことは師匠であらせられるゴーラレーネ様がよくご存じのことと思います」
バチバチと火花を散らせている二人はいつものことなので、誰も助け船を出してくれない。僕だけが慌てふためく。他の皆はと言うと、僕が壊した地面に興味津々だった。
「ディセステッド様、先ほど仰っていたことは本当ですの? グルードの特殊スキル魔法がお義父様に由来するというのは……確かに、わたくしの【包容力】とは全く違う物ですが、お義父様の物とも同じようには見えませんわ」
「どのように捉えるか次第にございます。確かに魔王様の特殊スキル魔法は他に例を見ない極めて稀なものですが、全ての特殊スキル魔法が入っていると考えればよいのですよ。ゼーリエ様の【包容力】もガーディス様の【攻撃力】も全て、【魔王力】に含まれているのです」
「それは何というか……さすがお義父様ですわね」
「私の言っていることは正しいのでしょうか? 秘匿しますから、お教え願えないでしょうか」
ディセステッド様は野心の塊だ。研究に特化しすぎている感じはするけれど、研究のためならば魔王であるおじいちゃんにも尋ねちゃうぐらいには執着している。
でも、ディセステッド様の言っていることには納得してしまう。おじいちゃんは魔界の全てを手中に収めるほどの大英雄なのだ。全員の特殊スキル魔法を遥かに上回っていてもおかしくない。というか、上回っていないほうがおかしい。
「秘匿する必要はない。私の【魔王力】はほかでもなく、魔王に必要な全ての能力が備わっているだけだ。その特殊スキル魔法を譲りたいと保有者が思ったときにのみ、手に入れることができる。私を魔王にしてくれたのは他でもなく魔界の民たちだからな」
「魔王様は他の人の特殊スキル魔法を手に入れることができるのですか? まさか、そのようなことが……」
「がっはははは。そのように驚くことでもないだろう。なにせ、私が持つ特殊スキル魔法は666個に及ぶのだからな。そうでなければ、665個目の【魔王力】なんて手に入れることができなかったわ」
僕の魔法よりも、おじいちゃんの発言のほうが衝撃が大きかった。しかし、おばあちゃんだけは顔色を微塵も変えず、僕の方を見ていた。目が悠然に怒っている。
床を壊すんじゃない――と。
……馬鹿力でごめんなさい、おばあちゃん!!
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魔王の孫は引きこもりたい 【馬鹿力】の逃亡記 ignone @0927_okato
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