第30話

「え、話……?」

「そう、大事な話だ。あ! 安心しろよ、別れるとかそういう話嫌なじゃないから」

 落ち着いてちゃんと話を聞いてもらう為に、取り敢えず嫌な話ではないという事を前提条件として提示する。別れるって言われたらどうしよう……って考えで頭がいっぱいになって話を聞き流されたら、大変だからな。今からするのは、それだけ大事な話だ。俺の狙い通り別れ話ではないと聞かされたカーティスはあからさまにホッとした様子で、青褪めていた顔色が若干普通に戻り落ち着きを取り戻した。それを確認してから、俺は再び口を開く。

「先ず……俺もお前に謝らなきゃいけない事がある。お前との結婚当初、俺はこの縁組に全く乗り気じゃなかったし、なんならカーティスの為とか言ってその内別れる気満々だった。お前があれだけ俺との結婚を喜んでくれてたのに、酷い話だよな。本当に、済まなかった」

「えっ、ちょ、オリバーさん!?」

 謝罪の言葉と共に頭を下げると、上からカーティスの焦った声が降ってくる。俺が頭を下げて謝った事に気が動転して言葉も出ないらしく、それでも俺に謝られるのは嫌だったらしい。震える手で頭を上げさせられたので、大人しく従っておく。ここで無理を押して頭を下げ続けるのも1つの誠意の見せ語りかけだろうが、それだとあくまでも俺の自己満足で終わってしまう。話の続きはカーティスの顔を見ながらしたかったし、特に逆らいはしない。

「……オリバーさんが結婚に乗り気じゃないのは、正直分かってたよ。元はと言えば僕が無理を言って進めた話だしね。それでも、正直オリバーさんと結婚して貰えるって言う事実に有頂天になって、あなたの気持ちを態と見ないフリをした。酷いよね、僕……」

「ちょっと待った。その口振り、何か勘違いしてないか? 俺が言ったのは乗り気じゃだ。乗り気じゃ、じゃないぞ」

「……へ?」

 カーティスはてっきり別れないまでもてっきりこの結婚を後悔している、とでも言われると思ったようだ。何でだよ。嫌な話じゃないって言ったじゃん。ちょっと言い方が紛らわしくて伝わらなかったか? うん、だったら俺が悪いな。なんにせよ、話を先に進めよう。

「認めるよ。そりゃあ最初はカーティスの事、夫としては見れなかった。それまで弟分として接して一緒に居た時間が長かったからだろうな。でも、お前と結婚して一緒に過ごしている内に、お前に対する気持ちは段々と変化していった」

「変化……?」

「だってさぁ……。カーティスお前、普段はいかにも仕事ができます! 優秀です! 頭の回転が早いです! って感じで、実際中身もそうじゃん? なのに俺にだけ可愛いところ見せてくる甘えん坊のバブちゃんみたいな所見せられたらさぁ、何つうの? ギャップ萌え? 父性? ていうか母性? が擽られるって言うか、どこまでも滅茶苦茶に甘やかして、ズブズブに俺に依存させたくなるって言うか……。俺が人に頼られるの弱いってのもあるんだろうけど、兎に角カーティスの俺しか知らない一面が、好きで好きで堪らなくなっちゃった訳よ」

 可愛い、可愛い連呼されて照れてるところも可愛いぜ、カーティス。なんなんお前。17の男って、もっとこう、汗臭くてギラついてるもんじゃない? 少なくとも、可愛いとは無縁だよな? ここまで胸にキュンキュン来るのは異常だろ。いや、おかしいのは俺の方の可能性も……カーティスのこの世巣を見て可愛いと思えない方がおかしいから、やっぱり異常なのはこの子が可愛い過ぎる事の方だったな、うん。

「ま、そんな感じでお前に対する気持ちは確実に育っていった訳だけど、俺は馬鹿だからそれを自分で認められなかった。馬鹿だから」

「2回言った」

「うん。ここ、大事なところだからな。何にせよ自分の本当の気持ちを押し込めて気が付かないふりをしてここまで来た訳だけど……。さっき父さんに言われた言葉で、俺は気がついちゃったんだよ」

「言われた言葉?」

「『カーティス・コーエンはお前みたいな尻軽の出来損ないにコロッと体で籠絡されるくらいだ。リリアナ王女殿下の魅力に抗えるわけもない』だってさ。カーティスがリリアナ王女からのハニートラップに簡単に引っかかると思ってやがったんだよ、あのクソ親父。そんなの有り得ないってのに、失礼しちまうよな!」

 到底実現し得ない想定を、アッハッハッハッ、と笑い飛ばす。カーティスがリリアナ王女とどうこうなるなんて、彼にとって王女は最初恐怖の対象で、断罪の後は捨て終えたゴミとしか思えない相手なんだから前提としておかしい。例えば捨てたゴミがゴミ箱から這いずり出てきてウッフンアッハン言いながら、セクシャルアピールのつもりで特に汚れた部分を見せてきたらお前は興奮すんのか? って話だ。カーティスが今回やったように汚いもん見せんな! と水をかけて見えないように部屋に閉じ篭める事はあっても、こっちも興奮するのが展開として有り得ないのは普通に分かるよな? そう思うのはカーティスも同じようで、しかも彼からしてみればリリアナ王女如きの為に俺を裏切るに決まってる、と断定されたという最大級の侮辱を含んだ言葉だったので、見る間に超絶不機嫌な表情を浮かべた。

「あの野郎……。裏から手を回して、極刑に処していいか?」

「俺はもう親子の縁切れてるし、無関係の他人だ。気が済むようにしてくれていいよ。でも、さっきも言った通り父さんのその言葉で、俺はある事に気がつけたんだ。『あれ? 俺、ひょっとして絶対有り得ないって頭では分かっていても、カーティスが自分以外の人間と宜しくやってるの想像すると、なんか胸がモヤモヤすんな……』って。で、その気持ちをよくよくつきつめていったら、俺はそれがいわゆる嫉妬っていうものだって気がついたんだ」

「嫉妬、って……。オリバーさん、その言い方だとまるで、僕に他の人間が近付くのが嫌みたいに聞こえるけど……。でも、それじゃあまるで、オリバーさんが僕の事好きみたいだ」

「いや、みたいとかじゃなくて実際好きだから。その気持ちを父さんの言葉がきっかけでやっとこさ自覚して、ようやく認めたって話なんだよ、これ」

 お分かりですかー? と、ふざけてカーティスの目の前で指をヒラヒラさせる。からかっているのと、半分は照れ隠しだ。だって夫に対して直で今まで言った事ない愛の言葉をストレートに告白てるんだぜ? そりゃあ多少は照れるだろ、普通。ちょっとおちゃらけて茶化すくらい許してくれ。が、しかし。この後俺は一気に、カーティス相手に巫山戯てる場合ではなくなってしまう。

「んんっ!? なんで泣いてんの!?」

「だ、だって……オリバーさんが僕の事、す、す、好きだ、って……! 態度からして、嫌われては無いと思ってたし……だからこそ……プラトニックな関係でも満足してたけど……グスンッ、改めて言われたら、こんなにも嬉しいなんて……!」

「ちょ、あんな半分誤魔化した告白でそんなに感動しないでくれ。好きどころか愛してるから、申し訳なくなる」

「愛してるって……! 僕、もう死んでもいい……!」

「おいおい、お前に死なれたら俺まで生きてけないから、死ぬなよな? 2人でしぶとく長生きして、共白髪になっても変わらずラブラブするのが俺の夢なんだから」

 昔はその日その日を生きていくので精一杯で、未来どころか明日の事も考える余裕がなかった。親に見放された生活の中では、先の事なんて精々次いつ食い物を得られるか、今雨に降られたら凍え死ぬな、くらいしか考えられなかった。希望に満ちた予想を立てるなんて、とんでもない。言葉の通りのその日暮らしだ。そんな惨めな子供だった俺が、今や愛する伴侶を得て、何十年も先も変わらず2人で一緒に居る幸せを語るようになっている。それは間違いなく、カーティスという素晴らしい相手に出逢えたからできるようになった事だろう。

「今まで長く待たせてごめん、相手の気持ちがちゃんと分からなくて不安だったよな。もし今からでも遅くなくてカーティスさえ許してくれるのなら、これから俺はお前の伴侶として生きていきたいんだけど……今度は、ちゃんとお前に対する愛情を意識して、絶対に隠さずに。カーティスは、受け入れてくれるか?」

「グスッ、そんなの……受け入れるに決まってるじゃんかぁ……。僕だって、うぅっ、オリバーさんの事、愛してるんだから……!」

 感極まってとうとうボロボロととめどなく涙を流し声を上げて大泣きし始めたカーティスに、俺は優しく笑顔を作ってその身体を抱き締める。嬉しいやら幸せやら愛しいやら、暖かな感情で胸がいっぱいになって、なんだか俺まで泣けてきた。カーティスの音がを柔らかく撫でると、彼は導かれるように泣く為に俯けていた顔を上げた。奏法潤んだ目と目がパチリと合って、2人共嬉し泣きしながら見つめ合う。自然と綻んだ唇が近づいていき、その時番館の思いでしたキスは、とても幸せな涙の味がした。

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責任取るのは俺の方でした《全年齢版》 @garigarimouzya

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