第29話

 馬鹿ってなんでも自分の都合がいいように現実を改変して、アクロバティックに理論の飛躍をしてとんでもない結論に着地するから困るよな。それは違うってどれだけ丁寧に説明しても、馬鹿だから聞いてないし聞いても理解できない。本当に迷惑なもんだ。絡まれる側からしたら堪ったもんじゃない。あれだけ人前でこっ酷くフラれておきながら、まだ自分にもカーティスとどうにかなるチャンスがある! と思い込んで今回暴走したリリアナ王女がいい例だ。

 カーティスの話したところによると、彼は自信満々でお色気な衣装を着込んだリリアナ王女が目の前に現れた瞬間、反射的に手元にあった花瓶野中の水をひっかけて部屋から飛び出してやったらしい。そして外に出て直ぐ廊下にあったデカい調度品を動かして、扉を塞ぎリリアナ王女を閉じ込めた。薄着に水をかけられ渾身の化粧が崩れてお化けみたいな見た目になったリリアナ王女は、助け出される頃にはすっかり凍えてガタガタ震え、まともに喋れないくらいだったらしい。しょっぴいた騎士曰く、あれは確実に酷い風邪をひくだろうってさ。

 隠れてカーティスを嵌めようと息を殺していた母さんと兄と妹は、彼が普通なら最低でも2人がかりで動かすような大きな調度品を鬼の形相をしてたった1人で動かしているのを見て、震え上がった。そりゃあもうこの世の者とは思えないような、恐ろしく怒り狂った表情だったらしい。そりゃあ、見たくもない嫌いな他人のお色気姿見せられたら、ねぇ? そこに別場所に残してきた伴侶である俺に何かあったら、という心配が合わさって、カーティスの心中は大変だったろう。

 なんにせよ俺の家族3人はカーティスが調度品を動かしている間に逃げようとしたが、恐ろしさに震え上がるあまり足がもつれて転んだり、腰が抜けたり大忙し。3人でワタワタしている間に用事を済ませたカーティスに見つかって、3人纏めて近くの部屋にあった大きめのクローゼットにギュウギュウに押し込まれ、これまた重たい調度品で蓋をされそのままジ・エンド。クローゼットから出してみたら全員揃ってクチャクチャになり、怯えてベソベソ泣いていたそうだ。

 父親についてはもう言わずもがな。石組みの床に叩きつけられて半分意識を飛ばしていても、骨を折られるギリギリまで腕をねじ上げられたら人間って悲鳴を上げるんだな。新発見だ。そんなのに構ってないで俺のところ来てよ、って言ったらカーティスは素直に放り出したけど、その際に父さんは肩の関節を外されてた。逃げられないように、だって。足の骨を折ってもいいけど、この方が直ぐに戻せるし痛くて動けずに結果は一緒だろうから、ってカーティスは言ってた。

 カーティスは先ず最初俺に怪我はないか、嫌な事はされなかったか、とひとしきり心配して、その後俺が父さんから聞いた大体の話を説明すると、今度は誓ってリリアナ王女とは何もしてないと泣きそうな顔で弁明し始める。時間的にも心情的にも難しいのは分かってるし、カーティスは彼女に指一本触れていないと言うのを信じると言ってヨシヨシしてやったら、安心したのかちょっと泣いてた。さっきは白馬の王子様だったけど、今は悲しい事のあった子犬ちゃんみたいだ。俺を思ってこんなに七変化するところが、心底可愛いと思う。

 夜会会場となっていた屋敷の主は自分の家で起こったこの衝撃の事件に泡を吹きそうな程恐縮して被害者の俺達に謝罪をしてきたが、謝るのは騒ぎを呼び込んだこっちの方だ。結局双方謝りあって、多分明日以降落ち着いた頃にお互い何か軽い償いをして手打ちになると思う。僕の家族やリリアナ王女はそうはいかない。不法侵入やら慰謝料の不正請求企図やら、罪状が多過ぎる。これは一朝一夕では捌ききれないし、どれだけの刑罰になるかも分からない。今日は一旦全員を王宮の牢屋にぶち込んで、また明日から色々と本格的に動き出す事になるみたいだ。やれやれ、事前に縁切りしてたお陰で家族の連座にならなくて済みそうだ。本当、カーティスに感謝だな。

 ここまでは一段落。とりあえず面倒事は全部片付いた。……筈だったんだけど。俺は今、何故か家路に着く馬車の中でカーティスに頭を下げられている。……何で?

「本当に、申し訳ない。なんと詫びればいいか……!」

「カーティス、頭を上げてくれ。俺はお前に謝られてる理由が分からない。ていうかどっちかって言うと、謝るのは俺の方じゃないか? ほら、今回の計画の発端俺の家族だし、お前に迷惑かけた」

「そうかもしれないけど、でも、僕はあなたの伴侶なのにオリバーさんを守れなかった……」

「え? 若しかして、それで謝ってるのか? いやいやいや、守れてたでしょ! 父さんを無力化したあの鮮やかな手腕、忘れたとは言わさんぞ?」

 それを言ったらボヘーッとカーティスが助けに来てくれるのを待っていた俺は何? 無能の極みじゃん。カーティスは何も気にする事ないでしょ。そう、俺は思うのだが……しかし、カーティスの表情は晴れない。なにか引っかかる事でもあるらしい。俺にも言えない事なのか、困ったように俯いて黙り込んでいる。そんなカーティスの様子を見て、俺は小さく息を吐く。溜息をつかれたとでも思ったのかカーティスの顔色が悪くなったが、間髪入れずに俺はカーティスの手を自分の両手で包み込んで、彼の顔を覗き込み優しく語りかけた。

「カーティス、何がそんなに不安なのか教えて? 1人で悩みを抱え込んんだりしないでくれ。俺はあなたの、あなたは俺の、伴侶だろ? 縁あって夫婦になったんだ。問題があるのなら、2人で協力して乗り越えたい」

 俺のこの言葉に、カーティスはハッと息を飲む。それから暫くもやや悩むように下の方で視線をさ迷わせていたが、やがて覚悟が決まったらしい。キュムッと唇を引き結んで気合を入れてから、顔を上げて恐る恐る話し始める。

「……僕が、僕が事前にリリアナ王女達の企みを察知できなくて……オリバーさんに嫌な思いをさせてしまったから……。それで、そんな事も防げないのかって、幻滅されると思って……」

 成程どうやらカーティスは、俺が危険な目に会う事を事前に察知できず問題が起こるのを防げなかったとして、叱責されると思っているらしい。いやいや、そんなの絶対に防ぐのはそれこそ絶対無理じゃん。確かに見張りをつけとくとか、警戒を高めておくとか、防ぐ手段はあるにはあった。でも、それを言ったら家族の性格からしていつかはなにかやらかすのを、1番長く付き合いがあった俺が察して対応しなかったのがより重罪だろ。

 まあどうせこれはあれだな。長年ちょっとミスするだけで必要以上に責めたてられて、お前はグズだ人間のゴミだ役たたずだなんて罵られる理不尽な環境に居たせいで、カーティスは自分のミスに敏感になってるんだろう。……うん。カーティスを追い詰めたリリアナ王女とその周辺、全員落ちぶれてるけどまたムカついてきたから、後でマイルズ陛下に頼んで追加制裁できないか聞いてみよう。後これは多分だけど、カーティスは俺の事好き過ぎてちょっとのミスでもこれが原因で幻滅されて捨てられたらどうしよう!? ってなってる気がする。そしてこの憶測は十中八九正解だ。そんな事あるわけないのに。

 でも、カーティスがそこら辺をちゃんと理解し切れてないのは彼の責任じゃない。ほぼ全部俺のせいだ。俺はいつかは別れるからとか、情が移ったら大変だからとか言い訳して、カーティスに対する自分の気持ちとちゃんと向き合ってこなかった。俺本人が自分の気持ちについて分かっていないんだから、他人のカーティスが察せられる訳もない。それで俺がカーティスをどれだけ大切に思っているか分からなくて、これだけ不安になっているんだろう。……うん、完全に俺が悪いな。これはちゃんと改めないといけない。それこそ、直ぐにでも。覚悟を決めて、俺はカーティスに語りかける為に口を開く。

「カーティス……。少し話を聞いてくれないか?」

 可愛いからかっこいいへ

 プラトニックだけど愛されてるって伝わってる

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