第28話
「はぁ? カーティスがリリアナ王女殿下と? なんでまた!」
リリアナ王女はカーティスと王弟殿下に悪事を暴かれてから、ずっと落ち目だ。父親である国王陛下は良くも悪くもない平凡な政治的手腕の国王だったが、娘であるリリアナ王女の優秀で完璧なイメージを壊すまいとカーティスに負担を強いた一件が原因で失脚し、現在は
マイルズ陛下は即位してから早速、現在の長子相続ではなく王家の血を引く人間で優秀な者が王座を継げるように王国法を変える改正案を提出した。自分の代では無理だろうが、行く行くは血統に関係なく国を統べる人間に誰でも立候補したり選出したりできるようにしたいのだと言っていた。その日はまだ遠いが、なんにせよ人前で無能が露呈して完璧な淑女且つ王家の才媛としての立場が崩れたリリアナ王女には、もう昔のように女王になれる道は残されていないのは確かだ。
そうなると途端に彼女の周囲からは人は離れていく。かなりみっともない方法でハリボテの栄光が壊れたんだから、尚更だ。最早王家のお荷物となった彼女は早々にどこかに降嫁させられて厄介払いされる事が決まっているが、どの家も嫌がってその厄介払い先が一向に見つからない。それでも、有識者の見立てでは、リリアナ王女は最終的にはドーセット侯爵家のダスティンと結婚する事になりそうだ。一度は略奪したんだから、そのまま責任取って引き取れという事である。
とは言え、ダスティンとしては美しく見違えたカーティスを見て、コロッと心変わりをし乗り換えようとしたリリアナ王女なんて選びたくない。元々王配という肩書きが欲しかっただけでリリアナ王女自身を愛していた訳ではなかったというのもあるのだよう。ドーセット侯爵家だってただでさえ略奪の顛末がどこかから社交界に漏れて家が傾きかけてるのに、これ以上厄介事の種を抱えるなんて冗談じゃない。きっと最後には王家の圧力や世間の目に負けてリリアナ王女とダスティンの結婚は断行されるだろが、それは幸せな結婚ではない筈だ。当然、結婚の経緯が経緯なので離婚は許されず、死ぬまで一緒に居なければならないのだから大変だろう。
そのリリアナ王女が、なんでまたカーティスと会っているんだ? しかもリリアナ王女は現在ほぼ全ての権力を失って、実質軟禁状態と聞いている。どこをどう動いたら、こんな一貴族の夜会に彼女が絡んできて、カーティスと再会するなんて話になる? 訳が分からず呆然としている俺に、父さんがやけに勿体ぶって気取った態度で事の仔細を教えてくれる。
「そもそも、元を正せば我が家が没落し始めたのはリリアナ王女殿下が失脚したせいで、リリアナ王女殿下が失脚したのはお前の夫カーティス・コーエンが逆恨みをしてリリアナ王女殿下を貶めたからだ! しかも邪悪な奴は一度の攻撃では満足せず、今現在もこうして私達家族やリリアナ王女殿下を不当に苦しめている。こんな状況は間違っている! 間違いは正さなければならない!」
いや、そっちの方が逆恨みだろうが。カーティスがやったのこそ不当に貶められた自らの名誉を回復させる為の、正当な行いだろうに。悪因悪果、リリアナ王女はやった悪事が全部自分に返ってきているに過ぎないし、俺の家族に至っては最早自爆だろう。嵌められるどころか資金援助を受けただけなのに、自分が勝手に調子こいて破滅したんじゃんか。それでカーティスを恨むなんて、それこそ紛うことなきお手本のように完璧な逆恨みだ。
「カーティス・コーエンに償いを求めるに当たって、私達は志を同じくするであろうリリアナ王女殿下にコンタクトを取った。お可哀想に、リリアナ王女殿下は冷遇されていて、かつてはあれだけ周囲に溢れていた人々は、1人も残っていなかった。だが、そのお陰で私達は悠々と誰の目にもつく事なく、リリアナ王女殿下に接触をできた!」
「はぁ? 父さん達、王宮に侵入したのか? おい、それ重罪だぞ」
「違うわ、馬鹿! リリアナ王女殿下がドーセット侯爵家においでになっている時に、接触したのだ! だから、王宮に侵入してはいない!」
あー、成程。王宮に忍び込むなんて、そんなに警備ザルだっけ? と思ったらそういう事か。ドーセット侯爵家でリリアナ王女が歓待される訳もなく、放置されてる時に接触した、と。うん、ドーセット侯爵家の失態だな。やれやれ、きっとこの失態の責任を取る形で、リリアナ王女の降嫁先はほぼ確定したな。
「リリアナ王女殿下は私達のカーティスに対する復習作戦に、快く参加を申し出てくれた。立てた作戦はこうだ。先ずはお前達夫婦の出席する式典を調べ、潜り込む。適当に経験の浅そうな若い侍従に嘘をついてカーティス・コーエンを誘き出し、お前と引き離す。そしたら後はリリアナ王女殿下がカーティス・コーエンと接触し誘惑する。カーティス・コーエンはお前みたいな尻軽の出来損ないにコロッと体で籠絡されるくらいだ。リリアナ王女殿下の魅力に抗えるわけもない。リリアナ王女殿下の誘いに乗ったところで隠れていたパメラ達が人を呼び、不貞の証拠を白日の元に晒す。そうすれば比翼連理で仲睦まじいと噂になっているお前達夫婦のイメージは総崩れ。カーティス・コーエンも不貞のせいで現国王陛下からの信用をなくし、愛され求められ結婚したと周囲から憧れられているお前は面目丸潰れだ! 後はもう夫の浮気で傷ついたお前を慰める瞑目で私達が接触しても、カーティス・コーエンには止めるだけの発言権なんて残っていない。そしたら私達は酷く傷心中のお前に変わって、コーエン侯爵家からガッポリ慰謝料をふんだくる。カーティス・コーエンはお前とは離婚し、不貞の責任を取ってリリアナ王女殿下と再婚する。全てが丸く収まる、完璧な作戦だ!」
おうおうおう、どこまでも自分達にだけ都合のいい作戦立ててくれちゃってまぁ。一応筋は通っているが、それでも実現にはかなり難しいハードルがいくつも隠れてる。これ、本気で実現できると思ったんか? 頭お花畑? ……元からお花畑だったな、暫く会ってなかったから忘れてた。その作戦で俺の家族は慰謝料という名の金のおかわりを、リリアナ王女殿下は性懲りもなくカーティスとの復縁を望んでいる訳ね。それぞれどこまでも欲望に忠実だ。で、ついでに煮え湯を飲ませてきた俺やカーティス、コーエン侯爵家の評判も貶めたい、と。本当にしょうもない事を考えるなぁ。カーティスが、リリアナ王女とねぇ、ふぅん……。ん? ていうか待てよ、それなら……。
「だったら、父さんは何で今ここで俺に接触してきたんだ? 今聞いた作戦にこの行動は全く必要ないよな?」
「べ、別にそんなのどうでもいいだろう!」
え、これなんか裏あんの。止めてくれよ、面倒臭い。とは言えここで何もせず手を拱いて後手に周り、なにか被害を被るのも癪だ。嫌々ながらも俺は父さんが何を企んでいるか、予想してみる事にした。ヒントはさっき父さんが接触してきた時に持ちかけてきた話。金に困ってる……金をよこせ……金金金金金……。あ、ひょっとして。
「若しかして、計画本番で慰謝料としてせしめる金以外に、俺に働きかけて先に取れる分があったら取っちゃおう、って思ってました? 小切手にでもサインさせて、俺とカーティスが策略に嵌ってワタワタしている間に換金、ボーナスゲット! みたいな」
「はっ!? 何を」
「だとしたら本命の作戦内に入ってませんし、リリアナ王女殿下に無断でやってますね。リリアナ王女殿下は抜きで、家族でだけで山分け……いや、ひょっとして他の家族にも内緒で父さんだけで独り占めですか? で、本命の作戦で手に入れた金の取り分を得てから、トンズラを企んでたとか……」
苛立たしげな表情にどこか焦りを滲ませて、黙ったままの父さん。うわぁ、図星かよ……。しょうもな。どこまで身勝手なんだ、この人は。
「フンッ! さっきから余裕ぶってダラダラ分析しているが、いいのか? お前がこうしている間にも、お前の夫は魅力的なリリアナ王女殿下と二人切り。今この瞬間にもリリアナ王女殿下の魅力に心を奪われているかもしれないんだぞ?」
「あ、その心配は一切ないです。ていうか、多分もうそろそろですし」
「は? 何を言っ」
「オリバー!? 無事か!?」
何も理解できていない様子の父さんが怪訝そうな顔をして、話をしていた時。言葉の途中でテラスへ続く扉が勢いよく開いて、そこから凄まじい勢いで人影が飛び出してくる。その人影は目にも止まらぬ早さで扉近くに居た父さんを掴み上げてから地面に叩きつけ、同時に俺に対して無事かどうか問いかけてくる。ああ、素敵だ。正しくピンチの時に駆けつけてくれる白馬の王子様。とってもカッコイイ。その人が一切躊躇なく地面の上で半ば意識を失っている父さんの腕を捻り上げ無力化している様子を面白い見ものとして見ながら、俺は安心させられるようにこやかに笑って答えた。
「勿論無事さ、カーティス」
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