花曇りの日、桜のフラッペ。

白里りこ

我が輝かしき青春スクールライフ


「あ〜、くそだりい〜」


 花梨かりんはコンビニで買ったカフェオレのストローを噛みながら、誰もいない公園の柵に座って独り言を言った。


「なんかいいことねえかなあ〜」


 何となく足をぶらぶらさせていたが、ふと思い立ったことがあって、ぴょこんと歩道に飛び降りた。


 そろそろ柚希ゆずきが部活動を終えて帰る頃である。暇つぶしにちょっと駄弁りに行くことにしたのだ。


 沢井花梨には親友がいる。隣の家に住んでいる池中柚希、彼女は花梨がまだ小さい頃に母親と共に引っ越してきた。品行方正で成績優秀、それでいて明るく社交的な、黒髪ロングのお洒落さんである。


 一方の花梨もなかなかのお洒落さんで、高校に入ってからは髪をきれいなピンクに染め、制服にはリボンを付けたりスカート丈を短くしたりと改造を加えている。言動は乱暴で成績は中の下、基本的には一人でいることを好む。


「よぉ、ユズぽん」

 花梨がぶらぶらと歩み寄ると、楚々として下校してきた柚希が笑顔で手を振った。

「カリンちゃん。こんな所でどうしたの」

「ユズぽん待ってたんだよ。なあ、明日の帰りさあ、駅前のカフェ寄ってかねえ? 新作の桜のフラッペ気になってんだわ」

「ああ、桜のフラッペなら、さっき部活の友達と飲んできたの。おいしかったよ」

「マジかよ。じゃー今から一人で飲んでくるかな」

「いや、明日一緒に行こう。私は他のを飲むから大丈夫」

「マジ?」

「マジ」

「いやー、ワリーな! ユズぽん、ちょーやさしー」

「ふふ。カリンちゃんの頼みだもんね」


 そんな訳で翌朝、花梨は雨空の下、白い傘を差しながら、水溜まりを跳ね散らかして、ウッキウキで通学路を走っていた。

 朝はいつも何となく家でダラダラ寝てしまって、学校に着くのが始業ギリギリになるのだ。そのせいで柚希を待たせるのも悪いので、登下校はいつも別々である。


「ふぃー! 今日は間に合ったー! 滑り込みセーフ!」


 花梨はリボンやらバッジやらでデコったスクールバッグを机に放り出した。

 幸運なことに、今の花梨の席は柚希の隣である。


「おはよう、カリンちゃん」

「おはよー、ユズぽん。何してんの?」

「英単語の書き取り。暗記のために」

「へー。相変わらずマジメだなあ」

「今日の一限目、小テストあるからね」

「……マジ?」

「マジ」

「うわー」


 花梨はスクールバックに頭をうずめて机に突っ伏した。


「知らなかったー。そーゆーことなら誰か教えてくれよー」

「授業中に寝てるからでしょ。それにカリンちゃん、私以外に友達いないじゃない」

「痛いところを突かれたー! もうムリ。今日はムリ。やる気ゼロ」

「そんなにすぐ諦めないで、今からでも覚えたら? ヤマ張ったら当たるかもよ」

「ううー、だりいよー」


 その後も花梨は、だるいだるいと言いながら、時にはノートを取り、時には居眠りをしながら、終業を迎えた。


「よしゃー! 今日も無事に終わった! カフェ行くぞユズぽん! カフェ!」

「そうだね。支度するからちょっと待って」


 柚希はスクールバッグに入ったお弁当の包みをよけて、数学の問題集を詰め込んでいる。


「何でそんなもん持って帰んの?」

「明日までの宿題だからだよ」

「……マジ?」

「マジ。カリンちゃん、また寝てたでしょ。後でページ数を教えてあげるから、持って帰りなよ」

「うぇー、だるいんだけど」

「今日はそればっかだね」

「だってだるいんだもん。今日のアタシは桜のフラッペのために生きてっから」

「ふふ、それじゃ早く行こうか」


 柚希は立ち上がった。二人して靴箱で上履きをローファーに履き替えて、駅を目指す。

 雨は上がっていて、空は曇りだった。花梨は白い傘をぶらぶら振り回して歩いた。


「ユズぽんと一緒に帰んの久々じゃね?」

「そうだね。私、いつもは部活の友達と帰るからね」

「そか。今日はそいつらとじゃなくて良かったのか?」

「あらかじめ断っておいたよ。カリンちゃんと予定があるからって」

「あー……。ワリーな、気ィ使わせて」

「いいんだよ。ちょっとくらい普段と違ったって、嫌われたりするわけでもないし」

「そーゆーもんか」


 そんな話をしながらてくてく歩いて坂を下っていると、不意に、辺りがぼんやりと薄暗くなり、周りの人間が消え去ってしまった。


「は?」


 花梨がびっくりして声を上げると同時に、「ハイヤーッ!」と四方八方から複数人の掛け声が聞こえてきた。


「え? 何?」

「やはり……」


 柚希が呟いたかと思うと、目にも止まらぬ速さで前方に飛び出した。


「ちょっと、ユズぽん!?」

「問題ない。先鋒は片付けた」

「は?」

「所詮は三下による奇襲。闇に隠れて忍ぶのが忍者の掟だというのに──声を上げるなど、愚昧の極み。自ら居場所を教えているようなもの」

「ユズぽん、何か喋り方いつもと違くね? てか今、奇襲されたん? ナンデ?」

「静かに。じきに次が来るだろう。巻き込まれたくなくば、動かぬことだ」

「動かぬ?」

「抜け忍、篠ヶ丘しのがおか基子もとこ──参る」


 シュッ、と柚希の姿が掻き消えた。


「しの……? 何て?」

「我が輝かしき青春スクールライフを邪魔立てせんと企む不逞の輩は、何人なんぴとたりとも生きては帰さぬ。覚悟!」


 柚希が何だかよく分からないことを言うや否や、一瞬にして三方向から「グワーッ!」と断末魔の叫びが聞こえてきた。花梨の元に舞い戻った柚希は、いつの間にやら手に脇差しを持っていた。そんなものを一体どこに隠し持っていたのか。


「てか、何? どーゆー状況?」

「我の誠の名は篠ヶ丘基子。忍びの里で修行を積む一介の忍者であった。しかし血腥い任務や修業に明け暮れる日々に嫌気が差してな。こっそり里を抜け出すことを決意したのだ」

「え〜初耳〜」

「しかし里を抜けることは戒律に反する。我は常に命を狙われることになってしまった。辛うじて変わり身の術で子どもに扮し、幻覚の術で母親役を作り出して、池中柚希として数年ほど暮らしてきたが──遂に見つかってしまったようだ」

「マジ? ユズぽんママって幻覚だったの?」

「静かに。強敵のお出ましだ。我が封印せし力を、解き放つ時が来た……」


 柚希が脇差しを構えて腰を落とした。花梨と柚希の周りに、黒装束の忍者の群れが忽然と現れた。


「ようやく見つけたぞ、篠ヶ丘基子! お命頂戴仕るっ!」

「やかましい──忍びならば忍びらしく、口を噤んでいたまえ」


 柚希の長髪が揺れる。疾風のように駆け巡った柚希は、襲い来る黒装束の者たちをバッタバッタと切り伏せていく。

 しかし、多勢に無勢。形勢は不利。このままでは、柚希はやられてしまう。

 花梨は傘を握る手に力を込めた。


「ちっ、しょーがねーな……アタシも加勢してやんよ!」


 花梨は雨傘に仕込んであった魔法のステッキを引き抜いた。途端に花梨の姿が光の柱に包まれる。


「マジカル☆ミラクル☆ブルーミング☆ 魔法少女、フロス・チェラスス、ここに見参☆」


 花梨の衣装は、リボンとレースがこれでもかとついたワンピースに変貌していた。桜の枝のような長いステッキで、一人の忍者をビシリと指し示す。


「舞う花の如く命を散らせ! エフェメラル・ブロッサム・シャワー!」


 花梨のステッキの先端から、桜色の光線が飛び出した。それは、今まさに柚希に斬りかかろうとしていた一人の忍者の胸に直撃。忍者の体は、花びらサイズに分裂して粉々になり、風に吹かれて舞い散った。

 柚希が危機を脱し、クルクルッとバク転をして花梨のもとに戻ってきた。


「助太刀、感謝する! カリンちゃん」

「おうよ。残りもとっとと片付けちまおうぜ!」


 二人の奮闘で、忍者たちはことごとく倒されてしまった。辺りを暗くしていた結界は解け、通学路の坂道に忍者のご遺体が散乱していた。


「ヤバ」

「おおごとになってはいけない。ここは一旦ずらかろう。共に冷たい茶でも喫しようではないか」

「そだね! 行こ行こ」


 花梨は制服姿に戻った。二人は意気揚々と駅まで向かった。


 その後、花梨は桜味のフラッペを、柚希はアイスキャラメルマキアートを存分に味わい、普段通りに楽しく語らったそうな。


 めでたしめでたし。

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花曇りの日、桜のフラッペ。 白里りこ @Tomaten

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