第14話 亡霊と海賊

「シエルさん、アロエさん、まもなく奴らが現れる時間です。どうか、お願いします。」

 

自警団の団員に促され、シエルとアロエは数十人の自警団員と共に街の入り口へ向かった。

時刻は深夜を過ぎ、月明かりが海を照らし、水面が白く静かに輝いていた。しんと静まり返った港町は、張り詰めた空気に包まれている。


しばらくすると、周囲に淡い霧が立ち込め始めた。


「来ます…奴らが。」


遠くから響いてくるのは、無数の足音。重く鈍い、その音が徐々に近づいてくる。


シエルは剣を抜き、鋭く構えた。アロエも短剣を握りしめ、足音のする方をじっと見つめる。自警団員たちは息を潜め、それぞれの武器を固く握りしめていた。


やがて、霧の中から一つ、また一つと人影が現れた。だが、それは人ではなかった。

シエルは思わず後ずさりした。現れたのは、朽ち果てた骸骨の群れ――かつて人であったことを示すかのように、ボロボロの衣を纏い、瞳のない眼窩を虚ろに空けた彼らが、何を求めて歩んでいるのか誰にもわからない。骨だけになり果てた体で、永遠の時を彷徨う者たちが、静かに行進を始めた。


「一体…なんなんだ、こいつらは!」


シエルは剣を振り、骸骨の首を刎ねる。次々に振り下ろされる剣が、骸骨たちを破壊し、骨はバラバラに砕け散った。だが、その砕けた骨がまるで意思を持つかのように、また一つに集まり、再び動き出すのだ。


「くそっ、これじゃあキリがない!」


「シエル!どうするのよ!」


押し寄せる骸骨たちを前に、シエルとアロエはジリジリと後退を余儀なくされた。街へ迫る骸骨の行進を止める術がない。焦りが二人の心に重くのしかかる。 他の自警団の兵士たちも骸骨たちを薙ぎ払っているが、すぐに元に戻ってしまう。

が、こちらに向け攻撃が来ることもなかった。


何かに引き寄せられるようにただ歩いているだけにみえた。


シエルは決断した。

賭けだが、最近シャナから教わったばかりの魔法を使ってみるしかない。

彼は深く息を吸い、意識を集中させた。周囲に漂う魔力を感じ取り、その力に命じる。

 

「燃えろ!」


シエルの声に呼応するように、目の前に一筋の閃光が走り、次の瞬間、骸骨たちの前に炎の壁が燃え上がった。


「おお、これは…!」


自警団員たちは驚きの声を上げ、その光景を見守った。

 

「すごいじゃない、シエル!いつの間にこんな魔法を覚えたの?」

 

アロエが感心した様子でシエルに駆け寄る。


炎を前に、骸骨たちは足を止めた。どれだけバラバラにされても動き続ける彼らだが、炎に焼かれてしまえば再生はできない。だが、シエルの魔力はやがて限界を迎え、炎は徐々にその力を失い始めた。


「火だ!火を使って足止めするんだ!」


シエルの声に応え、自警団員たちは一斉に街の周囲に火を灯し始めた。炎は次々と燃え広がり、骸骨たちの進行を阻んでいく。行く手を阻まれた骸骨たちは、しばらく立ち尽くし、やがて霧の中へと引き返していった。


「なんとか…追い返したか。」


シエルは肩で息をつきながら、自警団員たちと共に安堵の表情を浮かべた。


町長や自警団から感謝の言葉を受け、シエルとアロエはようやく宿に戻り、疲れ果てた体を休めるために深い眠りについた。


翌朝、街はシエルたちの活躍によって活気に満ちていた。


「今まで火で奴らを追い払うなんて考えもしなかった。これなら次も奴らが来ても大丈夫だ!」


自警団のリーダー格の男が、晴れやかな笑顔を浮かべて喜んでいた。街の人々も、久々に味わう平穏に安堵の表情を見せている。だが、シエルの胸にはまだ重いものが残っていた。これは根本的な解決ではない。その確信が、彼の心を曇らせていた。


「ちょっと、シエル!どこへ行くのよ!」


アロエが足早に歩くシエルを追いかけてきた。


「少し気になることがあって、町長に頼みたいことがあるんだ。」


二人はすぐに町長の元へ向かった。


「町長!少しお願いがあるのですが。」

 

シエルが勢いよく町長室の扉を開けると、町長は笑顔で迎え入れた。


「おお、シエルさん、アロエさん。昨晩は本当にありがとうございました。おかげで街は少し息をつくことができました。とはいえ、まだ奴らの脅威が完全に去ったわけではありませんが、火を使った対策のおかげで希望が見えてきましたよ。」


「そのことで、実は俺たちにも気になることがあるんです。」


シエルは真剣な表情で話し始めた。


「最近この辺りでも海賊騒ぎが起きていて、王国騎士団が対応に向かっているそうですが、俺たちもその海賊討伐に合流したいんです。」


町長は少し驚いた様子だったが、すぐに頷いた。


「なるほど、騎士団の方々はすでに昨日出発されましたが、追いつけるかどうかは分かりませんね。しかし、漁師の知り合いに手配してみましょう。」


「ありがとうございます!」


シエルは深く頭を下げた。


その後、シエルとアロエは町長が手配した漁師の船に乗り込むことになった。海風が港町を抜け、二人の頬を撫でる。アイズンの遥か沖へ向かう船の上で、シエルはしっかりと剣の柄を握りしめ、目を細めて遠くの水平線を見つめていた。

 

漁師の船は、風を受けて帆を大きく広げ、波を切り裂きながら騎士団の船へと急速に近づいていた。追い風に乗った船は、まるで空を飛ぶかのように軽やかだった。


やがて、騎士団の船が視界に入ると、その向こうには黒い帆を掲げた一隻の船が見えた。海賊船だった。


二隻の船が向かい合い、甲板からは雄叫びがこだましていた。剣がぶつかり合う鋭い音や、鎧が甲板を踏み鳴らす重い音が風に乗って響いてくる。

 

「シエルさん、どうしますかい?」

 

漁師の船長は少し焦った様子で尋ねた。海賊と騎士団の戦いはすでに始まっている。

船の甲板はまさに戦場となっていた。


「アヤメはどこだ?」

 

シエルは周囲を見渡し、アロエも目を凝らして探した。


「シエル!あそこ!」


アロエが指差した先に、騎士団を率いて敵を蹴散らすアヤメの姿があった。彼女は風のように軽やかに動き、海賊たちを次々と斬り伏せていく。その様子を見て、騎士団の士気もさらに高まっているようだった。


「シエルさん!あそこのロープを使えば上がれますよ!」


漁師が指さしたロープを見つけると、シエルとアロエは素早くそれに飛びつき、騎士団の船へとよじ登り始めた。


船上では、海賊たちと騎士団が激しい戦闘を繰り広げていた。剣閃が飛び交い、甲板は騒然としていたが、二人は物陰を使って慎重にアヤメの元へと進んだ。アヤメは次々と敵をなぎ倒し、その剣さばきに周囲の騎士団員たちは目を見張っていた。

彼女の名声はこうして築かれていくのだろう。


「アヤメ!待ってくれ!」


シエルの声がようやくアヤメの耳に届いた。


「シエル!?なぜここにいるんだ?」


アヤメは驚きつつも、敵を迎え撃ちながら二人の姿を確認した。シエルも、迫ってくる海賊の攻撃に応戦し、アロエは物陰に隠れつつ周囲を警戒していた。


「話があるんだ!」


シエルは斬りかかってくる敵をいなしながら叫んだ。


「この海賊たちの目的が何なのか、わかるか?」


アヤメは一瞬、視線をシエルに向けて首を横に振った。


「まだわからない。だが、こいつらの動きには妙なところがある。海賊と名乗っているが、統率が取れていてまるで訓練された軍隊みたいだ。」


その言葉にシエルは納得した。海賊らしい粗野な見た目に反して、彼らの動きは規律があり、まるで兵士そのものだった。


「行くぞ。」


アヤメは迷いなく、敵の頭目へと歩みを進めた。鋭い眼差しで、海賊の頭目を見据えると、剣を向けて静かに言い放った。


「お前がこの賊の頭領だな。覚悟を決めろ。」


「くそ…『紫閃の剣姫』か…」


海賊の頭目は明らかに怯んでいた。

彼は一歩後ずさり、アヤメの剣先から目を逸らした。その緊張が、甲板に重苦しい静寂をもたらした。

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蒼穹の風 奏人 @kanatohibiki

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