第30話 スプーン(武器)
ようやく準備の整った俺たちは鉱山に向かって馬車を走らせていた。
「ほ、本当に移動は馬車でされるのですね。領内なのに……」
一緒についてきた領民が驚きのあまりつぶやいていた。
「当たり前だろう。時間は大事なんだから。移動の時間が短縮できたらその分だけ効率よく作業もできて、早く帰れるだろう? それに移動で疲れないし、ここまでメリットがあるのに金を抑える理由なんてないだろう?」
「……それはそうなんだけどな。でもその考え方が普通じゃないんだ」
エレンが苦笑しながら告げると同じように馬車に乗っている皆が頷いていた。
「まぁ俺の領地にいる限りこれが普通になるから早く慣れてくれ」
「あぁ、それは嫌という程思い知らされてるよ……。なんだ、この重装備は……。どこかに戦争でもいくのか?」
エレンも含め領民は皆、鉄で出来た鎧を着込んでいた。
俺とルーを除いてだが……。
俺は鎧を着てしまうと動きが遅くなって、逆に普段より弱くなってしまったので、今回は着ていない。ただ、ルーの場合は――。
俺は彼女に鎧を着せたときのことを思い出して小さく微笑んだ。
「あーっ、ライル様、また笑いましたね。ど、どうせ碌にサイズが合わなくてブカブカだった上にまともに動くことが出来なくて、その場で倒れて、しかも起き上がることも出来なくて起こしてもらった私に鎧なんて合いませんよね」
頬を膨らせて怒るルー。
「ははっ……、すまんすまん。でも、危険だからルーは俺の後ろに下がっているんだぞ」
「は、はい、わかりました」
ルーは素直に頷いてくれる。
さすがに普段通りの格好をしている今の姿では危険だと思っていたのだろう。
「それを言うならライルは私の後ろに隠れていろよ?」
「いや、俺はそれなりに戦えるぞ?」
「それでも私より弱いだろう? それにライルは私たちの領主なんだ。お前に何かあっては困る」
さも当然のように答えるエレンに他の領民達も頷いてみせる。
「もちろんだな。領主様に何かあってはこんな生活が出来なくなってしまうからな」
「ルーさんと後ろの方に隠れていてくださいね」
「とは言っても俺たちも強い魔物とか現れたらエレンさんに任せるんだけどな」
領民達が笑い合う。
これから危険な所に行くはずなのだが、和やかな雰囲気を保っていられることはとてもありがたかった。
「まぁ、それでも無茶だけはするなよ。最悪装備やその場で採れた物よりお前たちが無事ならそれでいいからな」
「あぁ、わかってるよ。生きていてこそ……だろう? ライルは心配性だな」
◇
朝に出発したはずなのに、鉱山にたどり着くときには既に日は沈み、夜になっていた。
「やっぱり領地の端……ともなると移動に結構距離があるな」
「仕方ないですよ。普通はここまで広大な土地を持っていないんですよ。まぁそのほとんどが大森林みたいな開拓してない場所とか、鉱山とか人が住めるような所じゃないですけど」
ルーが寝床の準備をしながら話しかけてくる。
さすがにこのあたりには宿はない。必然的に野宿をすることになってしまう。
「今日は仕方ないけど、まずは宿泊する場所を確保する方が大事か……」
「……何を言ってるんだ? 鉱山を調べてしまったら終わりだろう?」
エレンが呆れた様子で言ってくる。
「あぁ、そうなんだが、これからここで採掘を行っていくことを考えたら戻ってきたときにくつろげる場所は必要になるだろう」
「遠征をしているんだ。野宿で十分じゃないか?」
「さすがにそれはダメだ。ただでさえ鉱山という危険な場所で働いてもらうんだ。その分他の所では満足できるような環境を作り出さないといけない」
「わかったよ。それじゃあ明日はとりあえず小屋を作るところから始めるか? さすがに専門家じゃないから簡易的なものになるぞ?」
「それは仕方ないな。本格的に鉱山を使うときには必要な施設一式を建築させるか……。人が喜んできてくれるような場所にしないといけないからな」
ただやっぱり労働場所が悪いからな。それだけで人が来てくれるのか不安だった。
◇■◇■◇■
「はぁ……、はぁ……。ど、どうして俺たちが鉱山なんて行かないといけないんだ……」
「仕方ないだろう。言うことを聞くか盗賊になるか……を考えたら言うことを聞くしかないんだから」
ユースリッグ領から鉱山に向かって歩いて行く男達の口々からは不満の声しか出ていなかった。
その上、手にはツルハシを持ち、たくさん物が入ったリュックを担いで歩いているので皆が皆、疲労の色を浮かべていた。
「とにかくもうすぐ鉱山に着く。そこで多少の成果を上げてさっさと帰るしかないな」
「で、でも、本当にいいのだろうか? あの鉱山って隣の領地の――」
「そんなこと俺たちが考えることじゃないだろう。いや、そういえば隣の領地と言えば、以前面白い求人を出していたらしいな」
「面白い求人?」
「あぁ、なんでも働く時間が決まってる上に仕事で使う道具は支給してくれるんだと」
「はははっ、なんだそれは。上の奴らなんて金さえあれば良い奴らばかりだろう? どうせ言ってるだけだ」
「……だよな。だまされていったやつが気の毒だよな。今頃どんな奴隷のような扱いを受けているか……」
「そう考えると俺たちの方はまだマシだろう。とにかくさっさとこんな嫌な仕事を終わらせるぞ!」
「そうだな……、早く家に帰って美味い飯が食いたいぜ……」
「硬いパンだけだと飽きてくるもんな。量も少ないし……腹減ったな……」
再び自然と文句が出始める。
「……ちょっと待て」
男の一人が突然立ち止まると目を閉じて何かの匂いを嗅ぎ始めた。
「どうかしたのか?」
「いや、この匂いはなんだ?」
「匂い……?」
他の男も立ち止まり、同じように目を閉じてみる。
するととてもおいしそうな匂いがかすかにした。
ただ、ここは鉱山近くで人が住んでいるなんて聞いたこともない。
そんな匂いがするはずはなかった。
「こっちの方からだ」
男が匂いのする方へ近付いていく。
するとそこには簡易的な小屋と外で食事を取る鎧姿の人たちがいた。
◇■◇■◇■
「ようやく完成したな」
簡易的な小屋だが、これで雨風がしのげるようになった。
「あぁ、あとは鉱山の探索だけだな。早速いくか?」
エレンがツルハシを担いで中に入っていこうとする。
「いや、もう昼だ。食事をしてからで良いんじゃないか?」
「それもそうだな。じゃあ早速獲物を狩って――」
「ご飯ならもう準備できてますよ……」
ルーが大きな鍋でシチューを煮込んでいた。
「そんな物も持ってきていたんだな」
「はいっ、数日はかかると思いましたので。簡単な物ですけどね」
ルーはよそいだ皿を俺たちに渡してくれる。
「少し多めに作りましたのでおかわりが欲しい方は言ってくださいね」
「おかわりだ!」
エレンが速攻食べ終わるとルーに皿を渡してくる。
それを苦笑しながら受け取る。
「ゆっくり食べてくださいね。まだまだ量はありますから」
エレンに再び皿を渡すと今度は領民達が同じように皿をルーに渡してくる。
「こっちにもくれ」
「俺もおかわりだ!」
そんな様子にルーは自分の分の料理を食べる暇もなく大慌てで皿によそいでいた。
「手伝おうか?」
ルーのことを心配してそう言ってみるが彼女は首を横に振っていた。
「大丈夫ですよ。それよりもライル様もお召し上がりくださいね。冷めてしまいますから」
「それを言うならルーもだろう。まぁ、わかったよ。その代わり俺が食い終わったら代わるからな」
「そ、そんなことライル様にさせられませんよ」
少し慌てるルーを横目に俺は自分の分を食べ始める。
するとそのタイミングでエレンが声をあげる。
「誰だ!」
スプーンを突きつけながら声をあげると数人の男達が姿を現した。
皆一様に疲労が見え、立っているのもやっとのように見える。
ただ、その手に持たれたツルハシ。
もしかするとこの鉱山にやってきたのだろうか?
「そ、その、俺たちは怪しい者じゃ――」
「どうみても怪しいだろう! 我が領地に無断で侵入してくるなんて!」
エレンが迫力のある声をあげる。
ただ、スプーンがどうしてもその迫力を殺してしまう。
「い、いや、俺たちは領主様に命令されて……、その――」
「それなら領主直々に話をさせてもらう。呼んでこい!」
興奮したままのエレン。
さすがにこの状態では話せる物も話せなくなってしまうだろう。
「ちょっと待て。後は俺が話す。エレンだと話がややこしくなりそうだ」
「危険じゃないか? 奴らは隣の領の人間だぞ?」
「大丈夫だ。別に害しようとして来たわけじゃないんだから……」
俺はゆっくり男達の前に立つ。
すると男の一人から腹の虫が鳴る。
「……」
「……」
一瞬場を沈黙が襲う。
腹の虫が鳴った男はだらだらと冷や汗を流し、顔が真っ青になっていた。
まぁ、大事な話をするときに腹が減っていては碌に考えられないか……。
「ルー!!」
「は、はいっ、なんでしょうか?」
「あいつらにも料理を出してやってくれるか?」
「わかりました」
ルーが料理を渡していく。
一応攻撃されないかはエレンが注意してみているがそんな気もないようで、皿を受け取るとゴクリと喉を鳴らしていた。
「これ、本当に食って良いのか?」
「もちろんだ。色々話を聞きたいが、腹が減っていては出来ないだろう?」
「ど、毒とか入っていたりとか……」
「食わないのか? 食わないなら私がもらうが?」
エレンが男の皿を取ろうとする。するとルーが慌てて言う。
「エレンさん、まだ少しですけど残ってますので、そっちから食べてください!」
「そうか、それならそうしよう」
エレンとルーが鍋の方に向かっていく。
それを見て男は少しホッとしていた。
ゆっくりとスープを掬うと覚悟を決めてそれを口に含む。
そして、何も言わずに一心不乱に食べていき、あっという間に皿は空になっていた。
◇
「こんなうまい料理をもらってしまってすまない。でも、返すものはないんだ。俺たちは領主様にこの鉱山から鉱石を取ってこい。嫌なら盗賊として捕まえると言われてるからどうしてもここから鉱石を取っていかないといけないんだ」
料理を食い終わった後に男が事情を話してくれる。
「なるほど、そういう事情があるのか……」
ここで鉱石を取らせないと追い返すのは簡単だ。
実際に他人の領地に無断で侵入してきたわけだし、そうされていても文句は言えないだろう。
しかし、この人たちは領主に命令されて無理矢理やらされているだけ。この人たちを排除したところでまた別の人が送り込まれてくるだろう。
それなら上の人を説得するしかないか。
それに、こんな危険な場所にろくに食事を持たせずに人を送るなんて……。
「よし、わかった。今回は俺たちと一緒に鉱石の採掘をしてくれて良いぞ。とりあえず一つ取ってくれば良いんだろう?」
「あ、あぁ……、特に数は言われていない。でも、そんなことを勝手に許可して良いのか? ここまで良くしてくれたのにあとからあんた達が領主から怒られる羽目になるんじゃ……?」
「それは大丈夫だ。この地の領主は俺だからな」
「……えっ!?」
男は目を点にして呆然と俺の顔を眺めていた。
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転生領主の優良開拓〜前世の記憶を生かしてホワイトに努めたら、有能な人材が集まりすぎました〜 空野進 @ikadamo
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